高市早苗政権が発足して1カ月が経過したが、世論調査では高い支持率を記録している。ここでは高市首相の「奈良のシカ」発言に改めて着目したい。すると、「いつまでそんなこと言ってんだよ」の声が聞こえてくるだろうが、昨今の政治は、とにかくこの声の発生を待ち焦がれている。森友・加計・桜の諸問題然り、政治とカネの問題然り、この声の発生を確認すると強気に切り替える。いずれも問題の発生源が曖昧なままなのだが、この声を味方にして乗り越えようとする。
たとえば、裏金作りを始めたのは誰か、再開させたのは誰か、これに答えられる人はいない。あなたが働いたり通ったりしている場所で、いつの間にかお金が無くなったり、明らかに不可思議なお金の流れが発覚し、そのままになっているとして、「いつまで言ってんだ」との声が出るだろうか。出ないはずだ。なぜなら、放置していると、あなたが疑われる可能性もある。「え? ちょっと待ってください。ハッキリさせてくださいよ」と申し出ないだろうか。「いつまで言ってんだ」には、この視点が欠けているのが実に不思議。その視点が広まらないように心がけているのだろうか。
「奈良のシカ」発言の迷走は、後の存立危機事態をめぐる発言に通じている。問題視された後、火消しの方法を間違え、依怙地になることで、問題の終わらせ方が見えなくなる。なんとかしてズラす方法を模索するのだが、ズラす様子がすっかり可視化されてしまう。その「ズレ」を冷静に指摘すると、「いつまで言ってんだ」が飛びかかってくる。
「いつまで言ってんだ」に対して「いつまでも言うよ」では泥仕合になるので、淡々と経緯を列挙したい。「奈良のシカ」について発言したのが、9月22日に行われた自民党総裁選の「所見発表演説会」。このように述べている。
「奈良のシカをですよ、足で蹴り上げるとんでもない人がいます。殴って怖がらせる人がいます。外国から観光に来て、日本人が大切にしているものをわざと傷めつけようとする人がいるんだとすれば、皆さん、何かが行き過ぎている、そう思われませんか」
「日本人の気持ちを踏みにじって喜ぶ人が外国から来るようなら、何かをしないといけません。私、高市早苗、日本をかけがえのない国にしてきたこの古来の伝統を守るために体を張ります」
この時点では、本人が見たものなのか、誰かが見たものを伝聞によって知ったのか、ネット動画などで見かけたのか、よくわからない。この時点でも次なる首相の有力候補だったので、当然、その情報源を問われることとなった。
2日後の24日、日本記者クラブ主催の討論会でシカ発言について問われ、「自分なりに確認した。奈良公園のシカも被害を受けており、こういったものが流布されているということによる不安感、怒りがある、これは確かなことだ」と述べている。「自分なりに」との表現が曖昧だ。直接見たようにも思えるし、やはり伝聞だったのか、よくわからない。ただ、実際に本人が確認しているならば、曖昧にする必要はない。「私が見た」と言うだろう。
翌日25日、奈良2区の地元事務所の秘書が、「自分なりに確認」の真意について答えている。朝日新聞デジタル(9月25日)の記事によれば、公園周辺のパトロールのボランティアや旅館関係者から「(シカの)角を持って振り回したり、頭を叩いたりという行為は頻繁にある」と聞いており、「外国人観光客だけではなく、日本人観光客の一部も、そうしたことをするのは承知している」が、「奈良公園に来ている方の8割くらいが外国人観光客なので、事案として見受けられるのはほとんど外国人観光客ということになる」と語っている。実際にあるとの話は聞いていて、そこにいる多くは外国人だから、たぶん外国人なのだと思う、としている。これ、だいぶ乱暴な論理展開だ。
〇〇県のスーパーにいる人は大抵が〇〇県の人だから、そのスーパーで万引きがあったら、ほとんど〇〇県の人だ、としてしまう。それは推測にずぎず、事実ではない。推測を力技で事実に切り替えるのはあまりに非論理的だ。でも、それをやってみせた。
11月10日の予算委員会で再び問われた高市首相は、「英語圏の方だが、シカの足を蹴っているという行為に及んだ方に、注意したことがある」と言った。いきなり、このタイミングで、私が英語圏の人を見て注意した、という具体的なエピソードに切り替わったのだ。信ぴょう性はさておき、当初、ネットで拡散されていた動画はアジア圏と思しき人で、高市首相はその動画を見て言っただけではないかと疑われてもいた。だからこそ、「英語圏」と具体的に言及したのだろう。だが、ここまでの経緯を考えると、だいぶ唐突だった。
高市首相の発言は勇み足が多く危なっかしいが、シカ発言のように総裁選の演説時点で不安定だった。しかし、不安定だろうが、力強く言い切る様子を見せて支持者を興奮させるのを優先した。「いつまでシカの話してんだよ」と呆れている人がここまで読み進めてくれるとは思えないのだが、どうだろう、高市首相の発言、その場しのぎが多すぎないだろうか。その都度の発言に興奮するのではなく、経緯を頭に入れて、疑問点を問う。これをやらないと、思いつきの踏み込んだ発言で、生活する上での土台がどんどん揺らいでいく。シカの話、というか、シカの話がどんどん変わっていったことが、放置されたままになっている。
文・武田砂鉄
編集・神谷 晃 AKIRA KAMIYA(GQ)
