【狼竜】間隙のセリフ
狼谷のあのセリフめっちゃ棒読みだったけど、竜一を本気で心配したらマジトーンになるんだろうな、なんて妄想。後で少し冷静になって恥ずかしくなればいい。
両片思い(両方無自覚)みたいなん好きすぎて、周りの方がもだもだするようなのが好み。
女生徒Aになって「早く付き合え」って叫びたい。
続きました→novel/9286455
- 686
- 714
- 12,621
「ね、君可愛いじゃん。彼氏とかいんの?」
「休憩入ったら俺らと一緒に文化祭回んない?」
――ど、どど、どうしよう。
気さくな笑顔で話しかけてくるのはどうやら他校の男子生徒たち。俗に言うナンパってやつだろうか。話しかけられているのは女の子じゃなくて、れっきとした一男子生徒、名を竜一――というより俺自身だった。振り返ってみてもこの人達の視線の先には俺しかいないし、自分に話しかけているのは間違いなさそうだった。
普通なら男が男に対してこんな誘いをするのは、うん、まあ偏見がある訳では無いけど、そうありえる光景ではない。ただ1つ、そうなるような誤解をされてもおかしくない要素があった。それは俺が今着ているもの――メイド服、それと長髪のカツラ。今まではメイド服じゃなかったけれど、何度か経験したような格好だ。少し慣れ始めてしまっている自分が悔しい。自分では似合ってなんかないと思ってるけど、クラスメイト達によると「どこからどう見ても女の子にしか見えない」らしい。
事の発端は、文化祭のクラスでの出し物を決めたときだ。
嘘川や多数の男子生徒によってゴリ押しされ、俺たちのクラスは「喫茶店」をやることになった。それもただの喫茶店ではなく、女子にメイド服を着せて給仕してもらうタイプの形式で。俺は詳しくは知らないけど、今はそういうのが流行っているらしい。
初めは駄々をこねていた女の子たちだったけど、「なら男子は執事服を着てほしい」と誰かが言い出したのをきっかけに、たちまち合意。かくして喫茶店が開かれることになったのである。多分女の子たちは狼谷の執事服を見たいという思いもあったのだろう。狼谷はモテるし、実際執事服を初めに試着した時も(本人はいやいやそうだったけど)すごい似合っていて黄色い声が上がったほどだ。
初めはベビーシッター部の出し物もあるしあまり参加出来ないと断ろうとしたが、去年は子供たちが出し物に精一杯であまり見て回れなかったため、ベビーシッター部は出し物をお休みして文化祭を楽しむ側に回ろうという話に決まり、俺たちは喫茶店の店員として駆り出されることになったのである。
そこまではよかったのに、なぜか気付いたら男子の中で俺だけメイド服を着ることになっていた。衣装担当が衣服の製作数を間違えていたみたいで、執事服が足りなくなったのだ。文化祭準備期間、普段通りにベビーシッター部から帰ると、既に全部事が決まったあとで、俺の虚しい拒否の言葉は宙に流れて誰も聞く耳を持たなかった。狼谷なんて、「お前、前はノリノリだったじゃねえか」なんて言い出すほどだ。
観念して試着した時も、クラスの男子達はふざけて「すっげー似合ってる」「彼女にしたい」とか言って茶化してくるし、女の子達も「嫉妬する可愛さ」「いっそ羨ましい」とか冗談みたいなことばっかり言ってくる。助けを求める俺の視線に狼谷が見かねて時々間に入って止めてくれなければ、恥ずかしさで死にかけてたかもしれない。
そんな経緯で気付けば当日を迎え、女の子達がしてくれた軽いメイクのおかげもあるのか、俺が男だということはなぜだか周囲にまるでバレていなかった。メイクってすごい。
喫茶店は大盛況で、竜子ちゃんのおかげだな、なんて茶化されたけど、盛況の原因は主に狼谷だと思う。狼谷の執事服はすごい人目を引いていて、集客力抜群だ。よそのクラスや他学校からも色んな女の子が来て、入りきれない喫茶店の外から狼谷を覗いている。男の俺から見てもカッコイイと思ってしまうくらいだった。大体ガサツで振る舞いも乱暴だけど。
俺はというと、なぜか男のお客さんに直接指名されてテーブルに行くことが多く、喋ると声でバレてしまうので適当に頷きながら接客を行っていた。そうしてせっせせっせとこなしていて、もうすぐ休憩かと思うタイミングで今に至る。
お断りしようにも声を出すわけにもいかず、困惑しながらも軽くお辞儀だけして立ち去ろうとする。立ち去ろうとした。
「あ、ちょっと逃げないでよ」
――のだが、その俺の腕を掴んで彼らは俺を引き止めたのだ。これ以上ここにいたらボロが出るから止めてください! そんな俺の叫びなど聞こえないように彼らはナンパな言葉をひたすらかけてきてちょっと怖い。今なら満員電車に怯える女の子の気持ちがわかる気がする。
耐えきれなくなって、腰を引き気味にしながらも助けを求めて周囲に視線をさ迷わせようとすると、背中がとんと何かにあたる感触があった。
「お前らいい加減に離せよ」
頭上から降りかかるのは狼谷の声で――聞き慣れた友の声に思わずほっとする。狼谷は左手で俺の肩を引きながら、右手では俺の手を掴んで離さない相手の腕を逆に掴みあげていた。この登場タイミングはカッコよさ的にちょっとズルすぎると思うが、助かったのは事実で、それと同時に狼谷が他校生徒に殴りかかったりしないだろうかと冷や冷やしながら顛末を見守る。
目の前のちょっとチャラめの男たちは、突然現れた狼谷に一瞬ギョッとして、あからさまに動揺しながらも食ってかかってきた。
「う、うるせえ。俺達は彼女と遊ぶ約束してただけだっつうの」
「見え透いた嘘吐いてんじゃねえよ、めんどくせえな」
「う、嘘じゃねえっての」
「お前ら気づいてないんならいうが、大体こいつはおと」
――うわああああ!
声に出すとバレてしまうから、内心で叫びながら狼谷の口元を両手で抑える。怪訝な顔をする狼谷に向かって、必死に首を振った。周囲をそろりと見渡すと、教室の中央近くで騒いていた俺たちの異変に気づいたのだろう、あたりはしんと静まり返り、クラスメイトやお客さん達、そして教室の外に群がる女の子たちの視線が、至る所から注がれているのを感じる。こんな状況で俺が男だなんてバレるなんて恥ずかしすぎる。自分の趣味でこんな格好をしているわけではないけど、事情を知らない人から見たらどう思われるかなんてわからない。
必死な無言の俺の抗議を理解してくれたのか、抑えた両手の下で口を開くことは無かった。ひとまずほっとして両手を外す。オブラートという言葉を頭の辞書から削除した結果、狼谷の口からストレート過ぎる物言いが溢れそうになるのを止めるのは、別に普段からあることだ。だけど、それを見ていた目の前の男子生徒たちは違うように映ったらしい。
「イチャついてんじゃねえよ!」
「お前はこの子のなんなんだよ!」
イチャついている……? 一瞬言葉の意味が理解出来なかったが、そういえば今俺は彼らに女だと思われているんだと思い出す。男同志だったらこの程度のスキンシップ普通にあるかもしれないが、男女で通常のクラスメイト程度の間柄ならあまりないかもしれない。
声も出せないため、どう返答したものか対応に困る。思わず、なんだかんだでいつも助けてくれる狼谷を縋るように見上げた。ただの友達だと言えばいいだけだが、そう答えたらそれはそれで余計にナンパを止めてくれなくなるだろう。俺の視線に気づくと、狼谷はしばし俺の目を見つめ返していた。すると突然なにかを思いついたかのように俺の肩に載せた手に力を入れて、俺の体をそのまま狼谷の方へと引き寄せた。体のバランスが崩れそうになると、その胸に抱きとめられる。狼谷が息を吸った。
「――こいつは俺の女だ。諦めろ」
頭上から降りかかる声。
思考がフリーズする。それは教室にいたみんなも同じみたいだった。教室に舞い降りる静寂。
止まりかけた時が動き出したように、少し遅れてから、悲鳴のような、黄色い声のような、怒声のようなものが混じりあった歓声が一斉に響き渡る。ひゅーひゅーと口笛のようなものも聞こえてきた。
「か、かみたにっ!?」
俺も我に返ってから思わず声を出してしまったけど、悲鳴やら何やらに混じって近くにいた狼谷にしか届いてなかっただろう。
俺たちにちょっかいをかけていた男子生徒たちはというと、狼谷の言葉や周囲の突然の大声に驚いているのかぽかんと口を開けている。俺は注目されて恥ずかしいやら突然の台詞に頭が追い付かないやらで、傍から見たらきっと顔が真っ赤になっている。
狼谷はそんな俺の様子など意に介さないように手首を掴んで引っ張ると、
「そろそろ休憩の時間だろ。俺たち上がるわ」
と受付の女子生徒に一方的に声をかけて外に出ようとする。入口にはまさに阿鼻叫喚といった図の女子生徒たちで溢れかえっていたが、狼谷が持ち前の目つきの悪さでひとつ凄みをきかせるとおずおず道を作った。色々な意味で怖くて顔が挙げられない。
それから、狼谷に引かれるようにしてずんずんと人混みの中を掻き分けてどこかへと向かっていく。
「か、かみたにっ!」
周囲の人気が減ってきたのを確認して、黙々と歩き続ける友人の背にもう一度声をかける。普段から何を考えているのかわかりづらいところはあるが、顔が見えなければ余計に思考なんて読めない。狼谷は俺の声に振り返ると、つかんだままの手を見て、今初めて気づいたかのように指の力を抜いて手を離した。ようやく手を離してもらえて、ほっと胸を撫でおろす。
「ああ、わりい」
「い、いや……助けてくれて、ありが、とう」
狼谷があのときどんな意図であんなことを言っていようが、俺が困っていたのも、それを助けてくれたのも事実だった。手法はともあれ、お礼は言っておくべきだ。それはそれとして、と。
「だ、だけど、なんであんなこと言ったんだよ!」
そう指摘しても、あんなこと? と狼谷はまるで心当たりがないように一瞬考えてから、ああ、と頷いた。
「悪い男を追い払うセリフなんだろ、あれ」
――こいつは俺の女だ。諦めろ。
狼谷がそこまで言って、少し逡巡してからようやく俺も思い至った。狼谷の先ほどの問題発言は、前に犬井先輩の前で演技した時のセリフそのままなんだ。狼谷はそれを思い出して、同じことを言えばあの男子生徒たちが身を引くと思ったんだろう。
ほっとしたような肩の力が抜けたような。無駄にドキドキしていた自分を返してくれ、狼谷。口には出さないけど、そんな意味を込めて溜息をはーと大きく吐いた。
「キモチわりいから、変な勘違いすんな」
念を置くように、狼谷は重ねてクールに言い放つ。
人の心を読まないでくれ、狼谷。それと、キモチわるいとまでは言わなくてもいいんじゃないか。そもそも誰のせいなんだ。言い返そうと顔をあげると、
「ガキども迎えに行くんだろ。行くぞ」
と狼谷は既に背を向けて歩き出していた。だけど今更、その耳がなぜだか赤くなっているのが目に入る。珍しい友達の様子に一瞬目を丸くして、それからつい頬が緩むと、狼谷が横目で舌打ちをした。
「今更自分のしたこと思い出して恥ずかしくなるなら、初めからするなって」
「そんなんじゃねえよ」
「狼谷って、演技下手だよな」
「うるせえ、置いてくぞ」
「待てって」
狼谷はバツが悪そうにさっさと歩きだしてしまって、慌ててその後を追った。
演技は下手っていったけど。
――こいつは俺の女だ。諦めろ。
さっき狼谷がそうやって助けてくれた時は、思わず俺も本気になって動揺してしまうくらい、演技だ、なんて思えなくて。少なくとも前の棒読みの時とは全く違っていて、そんだけ本気で俺のことを守ろうとしてくれてたんだな、なんて――都合のいい解釈かもしれないけど、そうすると少し嬉しい気がしてくるのは、狼谷には秘密にしておこう。
「狼谷君に彼女が出来たってほんと!?」
「やっぱり二人ってそういう関係なのかな!?」
事情の知らないクラス外の生徒と、狼谷に連れ去られた女子生徒の正体を知っているクラスメイトたち。
それぞれが違う噂で盛り上がっていることを、二人はまだ知らない。