いいこと書いてる。
全くその通りだと思いますよ。
全くハゲ同というやつ。
ただの禿ではなくつるっぱげ同
だ。
私ももう10数年近く前の従前か
ら、ナイフでのバトニング薪割
りは、非常時のスキルであって、
それが常態となるのは間違って
る、という主張をしていた。
ブッシュクラフトという言語を
私が初めて使用したのは今から
14年前の2012年頃だったかと

思う。
日本では数年前に終了したニワ
カキャンプブームによって、国
内にナイフ=バトニング=キャ
ンプという不見識が蔓延した。
根底的に誤った考えが商売人と
仕掛け人たちによって広められ、
ブームという流行を追う軽佻浮
薄な大衆層が洗脳されてそれを
盲信して物品を大量消費した。

ただし、刃物の棟打ちによる切
削という点については、日本の
伝統文化としては刃物によるバ
トニングは江戸期から存在した。
それは木工における鉈等の棟を
バトニング棒=片側小鎚のよう
なしばき棒で叩いて木塊を削る
作業や、竹細工で短刀の棟を叩
いて工作する時に使われて来た。
近年の取って付けた洋式ナイフ
のバトニングではなく、日本の
古来からの切削作業技法として
刃物の棟を棒で叩く事は行われ
て来た歴史がある。
実際に私自身も、1960年代のキ
ャンプでの薪割では鉈の棟をバ
トニングしていたし、うちに残
っている戦前からの鉈も棟には
バトニングの痕跡が無数にある。
明治時代生まれの祖父が薪割り
で焚き付けを作る時に棟を叩い
たのだろう。

近年、近所の古道具屋で1000円
で買った半世紀以上前の小割り
小型鉈も、棟の部分に打撃痕が
無数に残っている。
日本の伝統工作ではバトニング
が常用されていた証拠だ。



刀身=ブレードの薄い洋式ナイフ
で棟側をひっぱたいて無理やり作
業をしたら、ナイフが壊れるのは
当たり前。
当たり前の道理が理解されず、ナ
イフ売り商売人とネットインフル
エンサーによって、ナイフでのバ
トニングがブッシュクラフトやキ
ャンプの本道であるかのような誤
認、不見識が10年ほど前から数年
前まで日本では広められていた。
それによって、多くのニワカがそ
れに乗ったが、ニワカはニワカ、
贋物は贋物。
今、それらのニワカなんちゃって
キャンパーやブッシュクラフター
は野外活動などはとうにやめて、
現在、市場ではそれらのニワカら
が「処分」として売りに出したキ
ャンプ用品、ナイフ等で溢れかえ
っている。もういらね、てな具合
でね。自分の子どもや配偶者もそ
のように「もういらね」となって、
真新しい対象に目移りしたらポイ
捨てするのだろうか。するんだろ

うなぁ。軸線はそれらの人間は深
いところでは同じだから。人間が
作った物に対する態度には、人そ
のもに対するその人間の態度の根
幹部分が表出する。これは必ず。
社会学的な学説、心理学での分野
の分類学説を引用せずとも、社会
現象としてそれは確実に存在して
いる。

元々ナイフや野外活動への愛や親
近感や熱意もない連中だからね。
ブーマーという連中はどのジャン
ルでもそうだけど、目先の事に飛
びついて、飽きたらポイ捨て。
でもポイ捨ては勿体ないからと物
品は少しでも金に換えようとする
あさましさ。
道具への愛などは微塵も無い。
バークリバーのナイフなどは笑え
る程に「嘘に乗せられた、自ら乗

っかった」連中が大放出し始めて

いる。
ずいぶんと無責任なもんだ。
目先の事だけ、ネームバリューに
流行とやらで乗っただけ。
浅すぎて、もはや笑いも出ない。

今、ビリヤード界では全く似たよ
うな現象が発生していて、誰もが
金太郎飴で、黒い化学素材の棒を
使って、ほぼ全員に近い人間が手
袋をはめて、撞球ではなくチョン
突き転がし玉をやってビリヤード
でございとそのつもりになってい

る。
ニワカ贋物キャンプブームとそっ
くりだ。
くそくだらん。商売人や仕掛け人
らの策動にまんまと乗せられて、
内実も中身も無し。ゼロ。
アウトドア業界もインドア業界も
軽佻浮薄な大衆は同じ層であるの
で、いつでも仕掛け人たちに乗せ
られて洗脳されて行動する。
それがいい例は、先の衆院選挙だ
ろう。
もうね、われらが国民よ、おまい
さんらはアホか、と。
もうちょいと流されずにシャキッ
としてくれよ。頼むよ。