アニメ『少年忍者 風のフジ丸』(1964)
テーマ:映像作品
こちら原本
こちらカラー再構築リプリント
(本編はモノクロ作品)
私が幼稚園(2年保育)に入る前の
4才の時のTVアニメ作品。
今でもOPの曲はソラで歌える(笑
エンディングは「じっぽーしゅり
けん」て歌詞が鮮烈に記憶に残っ
ている。「なんだそれは?」と。
本当は「忍者」という単語は歴史
上、武家政権時代には存在せず、
アニメやドラマや映画のような回
転式手裏剣なども不存在だった事
を知ったのはずっと後年だった(笑
ニンジャという名称をバイクの製
品名に付けているカワサキはちょ
っち恥ずかしいと感じたりもする。
「フジヤマ」「ゲイシャ」「ショー
ガン」「スーシ」「サミュライ」に
並ぶのが「ニンジャ」だからだ。
忍びの者、ラッパ、スッパ、隠密
は戦国期にはいたが、「忍者」と
いう者はこの世に存在しなかった
し、忍びは諜報活動と敵地でのか
く乱工作を主任務とした。戦闘は
専らとはしない。服部半蔵は武将
であり、ニンジャではない。
1960年代、ニンジャものがやたら
日本で流行った。
昭和時代に創作された架空の戦闘
ヒーローだった。
少年たちだけでなく、大人も時代
劇で「ニンジャ」の活躍や暗躍や
謀略劇を創作物の物語の中で楽し
んだ。活躍がダイナミックだった
からだろう。
ただ、私個人は昭和時代に大流行
した野外でのチャンバラごっこの
時でも、ニンジャ役は嫌だった。
私は剣士の役のほうが好きだった。
剣道をやるようになってから、父
からチャンバラ遊び禁止令が出た。
剣筋を学んだ者が参加すると、た
とえ年端が行かなくとも、児戯の
遊びにならなくなるからだ。
それでも、禁を破って、お遊びチ
ャンバラとかは外でやっていたけ
ど(笑
記憶にあるのは、小6の時に近所
のモデルガン友の学年1下の子と
短い鉄棒同士でチャンバラではな
く「切り返し」をやった時、その
子が「怖いからもう嫌だ」と言っ
てすぐに棄権、放棄した事だ。
学ぶ者と学ばない者は、たとえ遊
びであっても、それほど違う。
心の在り方からして。
成人してかなり経ってからの30代
の頃、神奈川の師匠自宅にある居
合道場で、防具無しの素面で竹刀
を手にして刀術撃剣稽古をする時
があった。
剣道を年老いてから始めようとし
ていた年上だが全県連居合道は同
期の居合剣士がいた。居合の大会
では常に上位入賞、優勝ばかり、
という。私は各段位総員500名程
が参加した関東の居合大会で、決
勝でその男に敗れて準優勝だった
事がある。毎年開催される剣道連
盟協賛の大きな全剣連所属居合道
部の大会で、私と神奈川の師匠が
共に何度か居合真剣刀法試斬を会
場で演武披露した大会でもあった。
そこで、居合道の決勝で私は判定
2-1で負けた。その時の段位の部
は70数名の参加だった。
後に全日本で三位に入賞した同段
の年上の先輩と決勝であたるのを
楽しみしていたが、先輩は準決勝
で珍しく敗退してしまった。
その時に、決勝で私に勝った同期
の男の話。
神奈川の師匠の道場での竹刀撃剣
の試し稽古の場面で、その男が、
師範代との切り返し稽古の時に、
「うわっ」と言って怖がってすく
むように目を閉じた。切り返しが
初めての経験だったようだ。
刹那、正座して見ていた私は道場
中に響く大声で一括した。
「剣を手にしたら絶対に逃げるな!」
と。
一瞬、その男はビクッとなって硬
直し、そして、道場中の見守る人
たちはシーンとなった。
10秒以上。
そして、師匠が「言う通りだ」と
言葉を繋いだ。
居合だけしか知らない人は、もし
かすると竹刀剣術での「猿叫」を
初めて目の前で聴いたらビビるか
も。
私も5才の時に剣道場に父に連れ
ていかれて見学した時、あまりの
激しい打ち込みと叫びにびびりま
くって「こんなことは怖くてでき
ません」と母に言った。幕末の剣
豪白井亨の幼い時のように。
そして、帰り道に「着せ替え人形
(スカーレットちゃん)買って欲し
い」と言ったら、父は激怒。
家に引きずるように連れ帰られ、
正座させられ打擲を伴う折檻だっ
た。このたわけ者、心得違いが過
ぎる、との事で。母がとりなして
なんとかその場は収まったが。
現代なら逮捕案件なのだろうが、
たとえどんな事情であろうと、家
族を官憲に売り渡す家族などは、
そちらのほうが非道であると私は
現在でも思っている。
私は最初こそいやいや剣を取るよ
うになったが(家系的なのか何かは
知らないが、剣法習得必須の家。
何百年も)、やがてドはまりする
ようになる。
私の子の代まで、血脈は剣法を修
めた。
「忍者」は影丸、フジ丸、等々
「~丸」という名が一つの定番に
なっていた。
海外で「Ninja」が大人気になっ
たのは1980年代以降かと思われ
る。
江戸期には幕府はじめ各藩に隠密
探索方はいたが、「忍者」は歴史上
存在していない。
私の先祖にも、明暦年間に命を帯
びて四国に出国したまま不帰の為、
推定死亡との事で受戒処理された
者がいる。
だが、たぶん、誅殺されたか、ど
こかで毒殺されたか何かだろう。
されども、お家は断絶せずという
摩訶不思議な異例の一件これあり。
表に出ない歴史の深い見えない闇
がある、というあたりだろう。
『柳生一族の陰謀』での柳生但馬
の「夢だ、夢だ、これは夢にござ
~る」のような。
あるいは謀殺ではなく何者かに斬
り伏せられたか。
真相は闇だが、腑に落ちない点が
多くあるのは事実。
これと同じ絵柄のジャケットの
ソノシートを持ってた(笑
1964年にタイムリーに(笑
たしか、円盤の色はやや緑がかっ
た水色。
もう62年前の事である。
再生するのは家にあるアンティー
ク調のステレオだった。脚の付い
てる奴。VICTORの。そのステレオ
のロゴ表記を親戚のねーちゃんが
「ビクトル」と呼んでいて、違う
んじゃね?と小1の時に思ったが、
言わなかった。
当時テレビにも一般的に脚が付い
ていた。
あれはなんざましょ。
