夜よ、明けろとの祈り
明浦路司と夜鷹純がアイスショーにペアダンスで出演することになる話
※ブロマンスです。お互いのことを特別視してはいるけれど、仲良しという言葉では当てはめられない、そんな関係。互いに恋愛感情はありません。タグは保険。
※夜鷹→司→いのり、で視点が進みます
※番外編できました。スレ風です。novel/24155000
明浦路司に能を焼かれた勢いで書きました
見なよ、俺の司を……
メダリスト面白すぎる
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氷の上でしか生きられない。
氷上で独り、冷たい空気で肺を満たすとき、やっと生きている心地になれた。自分が形を持ってそこにあると感じられるのは、そこで舞っている間だけだった。
「あぁ! またスマホがバキバキになってる……!」
悲鳴混じりの声は、まるでメガフォンを通したかのように脳内に響いた。暗闇に沈んでいた思考が引き上げられていく。のろのろと瞼を持ち上げると、金糸が視界に舞う。その色彩が目を焼くようで、夜鷹は再び目を閉じた。
「夜鷹さーん、おはようございまーす」
明浦路司。名前から外見まで光に満ちた男は、その声すらも明るい色を持つ。微睡みに戻ることを許さないとばかりに、何度も名を呼ばれ、夜鷹は渋々目を開いた。眉間には深い溝が刻まれていることだろう。
「あ、起きた」
「起こされたんだ」
「はは、そうですね」
「なに」
「連絡つかないなーと思って来てみたんですよ。またスマホ壊したでしょ」
長い指が、夜鷹の眼前でうんともすんとも言わなくなった板をぶらぶらと揺らす。真っ黒な液晶には蜘蛛の巣状にヒビが入っている。
「いま何時」
「スマホがあれば時間も確かめられるんですよ」
「いらない」
「現に今必要だったじゃないですか。あと今は6時です」
「どっちの」
「夜のですね」
光の稽古がある時は辛うじて保たれている時間感覚だが、いくらか間が空くと夜鷹の生活では意味をなさなくなる。いつの間にか日は昇り、また沈んでいたらしい。自分の手の輪郭がぼんやりと分かるほどの暗い部屋で、やはり司だけが際立って明るく見えた。
「なんで君がここにいるの」
「今日リンク貸切の日ですよね? 鴗鳥先生が急用で行けなくなったらしいんで代打です」
「別に一人で行ける」
「残念ですが、貸切の名義は鴗鳥先生になっていて、今は俺に譲られています。よって俺がいないとあなたはリンクに入れません」
思わず大きく舌打ちをする。司はそれにも余裕の笑みを浮かべている。以前は夜鷹の一挙一動にビクビクと肩を揺らしていたくせに、いつからこんなに図々しくなったのか。今だって、「早く準備してくださいよ」と夜鷹に言いつけて、自分は鼻歌交じりに散らかった部屋を片付け始めた。一体なんなんだこの男は。
明浦路司。その名を認識したのは最近のことだが、その存在は随分と前から記憶に残っていた。
たまたま居合わせたペアダンスの日本選手権。司のスケーティングは夜鷹の興味を引いた。しかし、それきりだった。夜鷹はわざわざ声をかけに行くような質ではなかったし、司からは夜鷹にコンタクトを取ろうなんて思いもしなかっただろう。
そうして、年月が経ち、互いに知らぬところで指導者となった二人の道が今度は交わることになった。
結束いのり。あの子どもを勝たせると啖呵を切った司は、なぜだか今、夜鷹の世話をせっせと焼いている。
きっかけは慎一郎だった。夜の貸切。ひっそりと行われていたはずのそこに、時折、司が混ざるようになった。最初は慎一郎が連れてきていたのだが、いつしか司にも当たり前のようにスケジュールが共有されるようになり、慎一郎がいる居ないに関わらず参加するようになり。遂に夜鷹への連絡や、リンクへの送迎までも慎一郎と分担されるようになった。
慎一郎に「なぜ」と問うと、彼は「純君が嫌がらなかったから」と答えた。確かに、とぼんやり思った。司はひどく暑苦しい男だが、それを鬱陶しいとは思わなかったし、リンク上の人数が一人増えることになるのも邪魔だとは思わなかった。そんな自分が不思議だと思った。
そうして拒絶しないでいる内に、司は慎一郎が行っていた範囲を大きく超えて、夜鷹の私生活まで踏み込み始めた。主には掃除、洗濯、料理。夜鷹を迎えにくるついでに、なぜだか家事までこなしていく男に、これまた「なぜ」と問いかけると、「いや、なんかこの惨状を見て放っておくの気持ち悪くて……」と抜かした。明浦路司。救いようのないお人好しだ。
ごうと吹き過ぎる風が、目にかかる髪を揺らして去っていく。ぱっと開けた視界に、金の残像が残った。ザッと氷を削る音。一拍置いて、着氷の轟が静かなリンクに響く。4回転サルコウ。
「うおー! できたー!」
両手を高く突き上げた司が、満面の笑みで夜鷹の元へ滑ってくる。過去を彷徨っていた思考が引き戻された。
「見ましたか夜鷹さん! 今のサルコウ!」
「見てない」
「ちょっと! 嘘つかないで!」
大会であれば、間違いなく加点のつくジャンプだった。でも素直に言うのがなんとなく癪で、眉間に皺を寄せる。そんな夜鷹を意に介さず司は軽やかに笑った。
「やっぱり間近で見るのが1番上達するな~」
夜鷹を見る司の目は、いつもどこか必死さを湛えている。ギラギラと夜鷹を燃やし尽くすように、全てを食い尽くそうと見つめるくせに、なぜか哀願をされているような気分にもなる。
「……誰でもいい訳じゃない」
「はは! 夜鷹さんだからこそ、ですよね」
そうだけれど、それだけじゃない。夜鷹と同じ眼を持つ司だからこそ、トレースする相手は完璧じゃないといけない。“正解”を選びとってこそ、その眼は力を発揮する。
再び滑り出した司は、もう夜鷹を見てはいなかった。
ことり、と目の前に皿が置かれる。その上には一口で頬張れる大きさの米の固まりが数個。司はこれを「ころころおにぎり」と呼んだ。
「どうぞ召し上がれ」
控えめによそった味噌汁の椀も夜鷹に差し出して、司はテーブルの向かいに腰を掛けた。
「ねえ」
「まあそう言わずに」
「要らない」
「ん、わかりました」
夜鷹の拒絶を何でもない顔でさらりと受け取って、司はおにぎりを一つ摘んだ。大きな口にひょいと放り込む。「うん、うまい」と頬を緩ませる司から視線を反らして、夜鷹は息を吐いた。
共に滑った後、司は夜鷹をマンションまで送り届ける。そしてさも当たり前かのように部屋に上がり込み、料理をする。司が作るのはいつもこれだ。彼の居候先の子ども、司曰く少食で偏食、がこのメニューを好んで食べるらしい。一つ一つが小さいため、自分で食べる量を調節しやすいのがいいのだとか。聞いてもいないのにペラペラと喋るものだから、夜鷹の記憶のリソースにはいつの間にか司の周辺の出来事が幅を取っている。
「今日のは梅とおかかなんですよ。酸っぱいのと甘辛いのとが絶妙なんですよね~。黄金の組み合わせ! これ考えた人にお礼言いに行きたい! 夜鷹さんはこれ誰が考えたか知ってます?」
「知るわけないでしょ」
「食べ物の発明する人ってすごいですよね。どうやって思いつくんだろう」
「どうでもいいよ」
「コンビニとか行くとワクワクしますもん」
「……」
なぜこの男は夜鷹の家にいて、料理を拵え、一方的な会話を繰り広げているのだろう。しかし、これもいつものこと、だと思うほどに、この流れは習慣化している。最初はもっと明確に拒絶の意を示していたのだが、図々しく居座る司に押されて、最早どうでもよくなったというのが現状だ。
「はい」
「……熱い」
「あちゃ~、まだダメだったか。夜鷹さんけっこうな猫舌ですよね」
じっくりと咀嚼して、やっとのことで飲み込むと、またおにぎりが差し出される。仕方なくそれに食いつくと、司は満足気に口角をあげた。
目の前で食事をする司を見ていると、少しなら自分も食べてもいいかという気になる。司が決して食事を押しつけるわけでもなく、ただ普通に食べているからだろうか。夜鷹が嫌う食事を、司が目の前で楽しそうにしてみせるから、どんなものなのか少し気になってしまうのだ。そうして少し気持ちが軟化したところを見計らって、司は夜鷹の口におにぎりを放り込む。絶妙なタイミングでやってくるそれを、夜鷹はいつも拒めない。でも、まあいいかと思ってしまうのも司の力だろうか。
「次はどんなおにぎりにしようかな。羊さんはチーズ入りのやつとか好きなんですけど、夜鷹さんチーズは食べられます?」
「嫌い」
「うーん、じゃあやめとこう。……ちなみに加護さんは大葉入り、いのりさんはツナ、理鶯さんはウインナー、瞳さんは高菜が好きなんですよ」
「そう」
司の話には、いつも多くの人々が登場する。光を纏う彼はきっとそれらを引き寄せるのだろう。
だからこそ、夜鷹は司を理解できない。
自分が氷の上に居るのは、そこでしか生きられなかったからだ。魚が水中でしか息が出来ないように、自分も氷上でしか呼吸の仕方が分からなかった。その生き方を卑下するわけではない。プライドも誇りも持っているつもりだ。だけど、陸の上となると、自分がまるで何も出来ないような気がしてしまう。
司は違う。彼はきっとどこでだって生きていける人間だ。それなのに司はスケートに縋り付いた。スケートでないといけない理由なんて何もないのに、スケートじゃないと嫌だと全身で叫んだ。
だから夜鷹は司の踊りに興味を引かれるのだ。自分と正反対の男が、自分をトレースするように滑る。そのことが不思議でならない。彼が滑ると、否応なしに目がその軌跡を追う。まだ彼には氷の上に居場所がある。でも司はそれを振り切った。その傲慢さに苛立ち、だがもっと知りたいとさえ思う。氷上の“絶対”を確かなものにするために。