light
この作品「その扉はまだ、」は「メダリスト(漫画)」「明浦路司」等のタグがつけられた作品です。
その扉はまだ、/アオアシカツオドリの小説

その扉はまだ、

3,591文字7分

2作目です。
理凰くんといのりちゃんの淡い恋心を書きたくて。
司先生はきっと無意識に全方位初恋泥棒しちゃってると思う。

8月上旬に単行本を揃えて、とうとう最新話まで追いついてしまいました。
司先生といのりちゃんの関係性に「尊い」って言葉以外出てこなくて、語彙力失うってこういうことかと学んだ2022年の夏……。

1
white
horizontal


 氷上の社交ダンスとも称されるアイスダンス。
 一組の男女がカップルを組み、音楽に合わせてステップやリフトなどの技、そしてその美しさを競い合う。観客は時にストレートステップで初恋の初々しさを、時にスライディングムーブメントで別離の悲しみを感じとり、男女が織りなす氷上のストーリーに酔いしれる。そして演技終了後には、さながら一本の恋愛映画を鑑賞したかのような充足感を得るのである。

「……無理っっっ!!」

 まだ声変わりを終えていない少年の叫び声が、敦賀のスケートリンクにこだました。
 少年――理凰はうるさく鳴る心臓を押さえながら、氷の冷たさも気にならない様子でうずくまる。それを見下ろす司は困ったような、納得がいかないような表情をして言った。
「えぇ? まだ何にもしてないよ?」
 ねえ? とスケート教室の生徒たちに同意を求めるが、生徒たちはあちこちに視線を移して聞こえていない振りをした。いやだって理凰くんの気持ち分かるもん。私もおんなじ反応しちゃう。
 理凰はリンクサイドにほうほうの体で移動すると、化け物でも見るかのようにヘッドコーチである瞳を見た。瞳は「びっくりしちゃうよね~」なんて言いながら楽しそうだ。
 この人、明浦路先生の現役時代パートナーやってたんだよな。どういう気持ちでやってたの? もしかして付き合ってた?? アイスダンスって恋人とか夫婦でカップル組むのが定番だよな……。
 もやもやした気持ちを抱きながらも、瞳の左手の薬指に指輪が嵌っているのを確認する。結婚している、と思う。明浦路先生は指輪をしていないし、その言動から独身だろう。
「いや~でも司先生、ギャップすごいですよね。昨日のプロの時も思いましたけど」
「スイッチ入ると別人みたいでしょ。ナッチン先生はエキシとかで誰かと滑ったことは?」
「うーんあるっちゃあるけど、やっぱり親密度ってか距離感? 違うじゃないですか」
「シングルの選手からすると戸惑いますよね~」
 瞳と話すのは、今回ルクス東山の夏合宿に特別コーチとして呼ばれた鞠緒だ。お互い普段は同世代の同性コーチと話す機会が少ないからか、今回の合宿では和気あいあいと話している姿をよく見かける。

「つぎ、次は私の番です先生!」

 シュバッ! と前のめり気味に手を挙げながらアピールするのはいのりで、その隣では涼佳が雪の手を借りながらヘアアレンジの乱れを直していた。
「イノリ、チャレンジャーだら……」
「でも先生のアイスダンスは貴重だよー」
 ルクス東山には大会優勝経験もあるアイスダンス選手も在籍している。瞳の指導にたまに司が呼ばれている時もあるが、コーチの二人がプログラムを滑っているところは見たことがなかった。『筋肉ムキムキの大きな熱血お兄さん』という司のイメージが『筋肉ムキムキで大きくて熱いけどプロ踊ってる時はイケメン』と評価が変わったのはつい昨日のことで、じゃあアイスダンスの時はどんな感じに豹変するの? という生徒たちの好奇心が結実したのが今の時間である。
 だがアイスダンスは二人で息を合わせながら滑る競技だ。一朝一夕でできるものではないし、怪我でもしたら目も当てられない。そこで内容は安全を考慮して、以下の通りとした。

 使用する曲はド定番と言ってもいいベートーヴェンの『Moonlight Sonata』、スタートポジションは立位での背中合わせ。荘厳でゆったりと曲が流れ始めると司がパートナーの体に手を這わせながら振り返り、見つめあったまま騎士のように片膝をつく。そして流れるような動作でパートナーの手を取りキスをする――ふりをして、横抱きリフトでいくつかのターンとステップでフィニッシュ。

 時間にして約15秒、技術的には何ら難しいものはない。はっきり言ってパートナーは立っているだけである。
 しかし、立候補した第一号被験者――語弊があるかもしれない――の理凰は、曲が流れてから5秒で陥落した。司が理凰の手を取ったところで恥ずかしさが勝ってしまったのだ。
 普段とは違う司の雰囲気や手つき、表情、視線、その全てを浴びてしまって悲しいかな処理落ちした。これが児戯程度だとは理凰だって理解している。アイスダンスはもっとこう、組んずほぐれつの大人の世界だ。手の甲へのキスで恥ずかしいなんてへそ茶ものであることぐらい分かっている。分かってはいるのだが。
 もう一度横目で瞳を見た。大人ってこわい……。

 さて理凰が思春期を爆発させているあいだに、気づけば司といのりがスタートポジションについていた。理凰の時とは違い、背中合わせではなく最初から騎士ポーズだ。
「!? え、な、なんで??」
「あんたがウジウジしとるあいだにイノリたち話し合って変えただに」
「いのりちゃんは司先生に耐性あるから」
「あはは理凰くんへたれ~」
「総太くん!?」



 ――ガヤガヤとした理凰たちの声が、音が、いのりの耳から消えていく。
 いのりは日常的に司と対面し、目を合わせることに慣れている。その大きな背中に負ぶってもらったこともあるし、陸上だがリフトもしてもらったことがある。
 大きな人だなとか、筋肉ムキムキだなと思ったことはあるが、はっきりと異性だと意識したことはなかった。コーチと生徒、大人とこども。関係性はそれだけだった。
 だからこのアイスダンスチャレンジだって、そこに恥ずかしさは無いと思っていた。なのに今はどうだろう――顔が熱い。血流がそこに集中している気がする。いのりに注がれている視線は、まばたきすら惜しいというほどに恋焦がれている人のそれだった。狂おしいほどの慕情を向けられている、ような気がする。真剣な眼差しを受けるのは初めてじゃないのに、今までのそれとは違うと感じた。どうしてだろう?
 リンクメイトやクラスメイトがしている恋の話は、いのりにとってさざ波のようなもので意識しなければ無いのと同じだった。自分事として考えたことがない。フィギュアスケートが楽しくて、出来なかったことが出来るようになることが嬉しくて、毎日がそれでいっぱいだった。

 なんだか開けちゃいけない扉の前に立っている気がする――。

 そう本能で感じたところで、音楽が流れ始めた。日本では『月光』と呼ばれるこの曲は、諸説あるがベートーヴェンがジュリエッタという乙女に捧げた曲とされる。ジュリエッタに恋心を抱くベートーヴェンだったが、その恋は身分差もあって実ることはなかったのだとか。
 切なくも苦しいピアノの旋律に合わせ、司が恭しくいのりの右手を取って甲にキスするふりをする。そしてすぐさま立っていのりの左手を上げてくるり一回転させ、横向きに抱き上げた。そのままリンク内をS字を描くように軽く滑ったあと、いのりを左肩に座らせるように持ち上げた。体重を感じさせないスマートな移動動作に、理凰をはじめ観衆が感嘆の声を上げる。
「わっ――……」
 その視線の高さに思わず声を出して、いのりは咄嗟に司の頭を掴んだ。事前に話しあっての片側肩車だったが、想像以上の高さだ。
「どう? 怖くないかな?」
 いのりが落ちないよう細心の注意を払いながら司が訊ねる。
「はい! このまま違うリフトでも大丈夫です!」
「それは喜びGOE+5のときのために取っておこうね」
 はははと明るく笑う声が下から聞こえてきて、いつもと違うシチュエーションにまたまたびっくりしてしまう。もっと速く滑ることも出来るだろうに、きっと怖がらないようにゆっくり滑ってくれている。先生って本当に優しいんだなぁ……。胸の奥がぽかぽかして自然と顔がほころぶ。視点を下げると、瞳先生、ナッチン先生、ミケちゃん雪ちゃん総太くん――理凰くんはちょっと怖い顔してるけど、みんなが笑っていた。それが嬉しくって誇らしくって、ほら、私の先生ってすごいでしょう、スケートが上手で、みんなをこんなに笑顔にもできる、素敵な先生なんだよって自慢してまわりたくなる。
 ずっと先生と一緒にスケートしたいな……。
 いのりはぎゅっと自分の胸をおさえる。一瞬走った痛みを、今はまだ追いかけたくなかった。
 氷の上に降ろしてもらうと、「どうだった?」「最初のあれカッコよかったね」「肩車こわくなかった?」とリンクメイトたちがいのりを囲んだ。それに笑いながら答える。
「調子にのんなよ……」
「理凰くん! のっ、のってないよ⁉」
「自分が出来んかったからって絡むのまじダサい」
「お前は黙ってろよメンダコ頭」
「ネコ耳やって言うとんの分からんだら⁉」
「み、ミケちゃ~ん……」
 


 氷上の社交ダンスとも称されるアイスダンス。
 子どもたちが恋のストーリーを滑るのは、まだ先の話になりそうだ。

コメント

  • yuma

    私が読みたかったのコレです!!初恋泥棒の司先生さいっこうです!先生の普段と氷上とのギャップでグルグルしちゃういのりちゃんとりおうくん良き……永遠に見てたいです…… 素敵作品ありがとうございます!!

    2025年2月4日
  • katura
    2023年11月23日
  • ゆずる
    2022年11月21日
センシティブな内容が含まれている可能性のある作品は一覧に表示されません
人気のイラストタグ
人気の小説タグ