いざ星に願いましては
原作軸ちょい未来、やることやっててデキてないよだつか。☀が星占いで二人の未来を占ってもらおうとして酔っぱらって勢いで結果として夜這いみたいになる話
大注意:54話の情報を含みます
中注意:占いについてすべてがでたらめ、占いを揶揄する意図はありません
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「見なよ……星の導きを」
泥酔手前の女占い師は両目をきゅっと瞑ってみせた。
夜に座るもの。
大通りから二本も奥に入った地方銀行の前、布のかかった小さな机を出して、椅子に腰を下ろして風景に沈んでいる。
つまり彼女は占い師だった。
「ねえ、ねえ、暇なら占いでもどう」
「ええと」
普段なら司は上手に視線を合わせずに通り過ぎるのだが、この時はふしぎと足を止めてしまった。
さっきまでの飲み会で飲んだアルコールが好奇心に作用して、理性を鈍らせる。
小さな、いまどき公立の小中学校でも珍しいような机に黒い布を被せて、電卓と定規や分度器やペン、それから何冊かのノート。
黒いワンピースにくすんだピンクのカーディガン、髪の毛を一つに高く結んで、妙な色付きレンズのメガネ。
若いのか歳なのかわからないなんだかピアノの先生みたいな格好だなと司は思った。
「うまいわよ~」
「うまいとかへたとかあるんですか?」
ちょうど、若手コーチ飲み会で出た話題でもある。
うまいって褒め方をするのって難しいよなあ。うまいって言うと、へたもあるってことだし。と財布を忘れた彼はぼんやりと言った。
彼の財布は結局、五里の車にあったらしい。
「あるわよ、財布はあったの?」
「え?」
「なんだあんたのじゃないのね、じゃあ2,000円と500円」
「500円はなんですか?」
「椅子代、そこで立って聞きたきゃ2,000円、あるだけしか取んないから安心しなさいよ」
「はぁ……」
占い師は早口で言うと椅子を示した、司は中腰になり、伸びて、そのまま棒立ちになった。
「2,000円ね。毎度。毎度って初見でも言うのかなあ。じゃあ生年月日と生まれた場所、身長、結婚それから離婚してるか、それから手術とか大きな病気、引っ越しとか教えて」
「そういうのって顔見て当てたりするんじゃないんですか」
しらっと眼鏡の奥で人工的に濃ゆい睫毛が司を睨んだ。
「うちは星占いね。おとめ座とかやぎ座とか」
「はあ、……俺はおとめ座です」
あの人はやぎ座だ。
「まあもうちょっと広いやつ。人に星を当てはめて、こうだああだとああだするだわけよ」
「はぁ」
「つまりさ、貴方の星をいくつかの数字からこれこれ計算して見つけて、その星がどう動くのか……だからさ、星占い」
「説明がざっくりすぎる」
「細かく言われたって困るでしょうよそんで、数字」
「……ええと、せ、生年月日は――」
ありとあらゆる、思いつく数字を司は述べると言うより吐き出すようにして占い師へ捧げた。
「ふんふん、ふぅん……」
占い師はさっきまでの気だるい雰囲気とは打って変わってきびきびと、電卓を左手で猛烈に叩いては出てくる数字をノートにペンで書きつけていく。
最初机にかけられた黒い布に見えたそれは実はA4の幾枚もの紙で、それには真っ黒に見えるほど細かく数字だの文字だのが印字されている。
計算のたび、紙をあれでもこれでも手に取って見比べながら、
「小学校卒業、中学入学……兄弟は四人、全員男、ふぅん、高校卒業までに引っ越しは二回、記憶力いいわねえ、電車通学?」
「いえ、自転車……それが何か?」
占い師が眼鏡をはずした、目は大きくも小さくもならなかったのでそれが老眼鏡なのか普通の眼鏡なのかもわからない。
「伊達よ、うちはありったけ数字はあればあるほどいいの、もちろん本当の数字じゃないとだめ」
「本当の数字……それで、」
「だいたい20個ぐらいに絞られてきた」
「多くない!?」
ヤバい、ヤブかも――いや、医者じゃないんだしヤブとはいわないか。インチキ?
「ちょっとあのね、空に星がいくつあると思ってんのよ、うちじゃこの星を見つけるとこに1番時間をかけてんの」
司は諦めて、椅子に座った。後で500円多く払えばいいや、そんな気持ちだ。
道路は水はけを考えて、やや傾斜がつけられている。少し、身体が傾いているのを感じた。アルコールはまだ、残っている。
三度ほど黒い紙の文字列を人差し指で擦ってから、ぽつっと占い師がつぶやく。
「――中学二年生ぐらい、人生変えちゃうほどの大恋愛した?」
「――」
完全に不意を打たれた。
「あぁいまのなし」
「なしってあるんですか」
「血液型でも星占いでも手相でもいいけどさ、やたらと過去を当ててくる占い師は気をつけなよ」
髪の毛をぼさぼさ短い爪で掻きまわしながら、口を尖らせる。
「なんで」
「占いっていうのは未来のためにあるもんだから。『兄弟仲と――お金でとても苦労してきた』とかさあ」
「ドキ」
「ドキじゃないのよ、よく考えてみなさいよ、男四人よ、苦労しないわけないじゃないの」
「……じゃあ、でまかせ?」
「ね、そうなっちゃうでしょ。兄弟仲やお金で苦労してそうなら黙って星を絞り込めばいいだけ、でもこうやって言っちゃうと、お客さんがこっちを試そうとしたり逆に盛って話すと計算がズレる」
中学二年生の時の大恋愛とは。思い当たる節しかなかった。
「だから無し、たぶんこの星かな思うなってところまできてて、そしたらその星がそれぐらいの時期に大きく動いてる、そんでその動きが――恋愛みたいな動きをしてた」
「もう俺の星は見つかったんですか」
「だから20個ぐらいだって、」
「20個も中二に大恋愛してるんですか!?」
「するわよ、空に星がいくつ――まあいいや、でもさ、中学時代なんか感受性豊かでしょ、なんか目覚めるにしたって普通じゃない」
「はぁ……」
「でもあまりに――ふうん、過去の事言うとツマんないから無し――いま29歳だっけ、じゃあ、それでさ、今の仕事は3年位?」
「はい」
電卓の上で指が止まらない、ゲームセンターに昔あったダンスゲームをふと思い出した。
「うーん、ふうん、ギャンブルとか株とか地下アイドル応援とか――そういうのやったりしてる?」
「いいえ!?まったく!!」
思わず腰を浮かせかける、
「何かに賭けているような」
「!」
「こんな感じ」
占い師は何を取り出すかと思えば方眼紙だった。方眼紙の中心に黒く点をひとつうち、懐かしのコンパスでもっていくつも大中小の円を描いて見せた。
そしてその後、円の助けを借りてするりするりと曲線を引く。その動きはコンパルソリーダンスの軌道のようで司の目にはそれは美しく映った。
「太陽とか月とか、金星も、まあ地球もいろんな星と関係してるでしょ、ふうん、だから星もそう、あなたの星は自分の軌道というより――何か別の星の影響を受けている」
司の軌道の横に、新しく赤い点がひとつ打たれる。
「星だって他の影響受けるんだから人間なんか全然そう、そんでこれかなってのがこれなんだけどさ、この子が何かにぶつかってはあんたも起動を変えるような感じ――あ、先生?」
「――はい」
「じゃあこれが近いかなぁ、これだと仮定して話すわよ、違ってたらあたしがヘボ、だけどお金は取るからね」
二枚、紙を抜き取ってのこりの黒い紙をぱつぱつと束ね、クリアファイルに入れて机の中へしまう。
神秘的に見えた占いのテーブルはなんだか、2枚の黒い紙、方眼紙、電卓、定規、――ただの事務机になった。
すうっと占い師が深く息を吸い、沈黙をした。司もどきりとして緊張を走らせる。
化粧の赤なのか本人の唇の色なのかわからない、ともかく血の色に近い赤が結ばれて。開かれて。
「――あのさ、なにを占いたいんだっけ?」
「えっ」
「ちょっと、すっかり忘れてた、よくやんのよ、星を見つけるのが楽しくてこれやってるまであるから、だから、たとえばこれからどうなるかを知りたいとか」
「ええと……」
何を占って欲しいのか聞かれて、司は眉を困らせた。何をって……いのりさんがオリンピックで勝てるかどうかとか?
「あーごめんね、勝敗とかは占わないことにしてんのよ、悪いね、どうしてもって言われたら負けますって言う」
「それは俺も聞きませんけど……それでいいんですか?」
あれ俺コーチってはっきり言ったっけ?
「それでいいんだわ、だって負けますって言われてじゃあやめようっていうならそれまでだし、負けますっていわれて負けませんっていう人は言われなくても勝つか、勝つまでやめないわよ、だいたい占いなんかほとんど一度こっきりなんだから無責任なもんよ」
「じゃあここでは皆、何を占ってもらうんですか」
「たとえば恋占いよ、素敵な人がいつ現れますかとか、どんな人が合うかとか。それから今の仕事がどうなるのかとか。あと寿命聞いてくるへんなのもいるわねえ、わたくし全身あちこち悪いんですけど、どうかしら――っつって」
「…………俺が好きな人とうまくいくかどうかとか――……は」
占い師は大きくまばたきを二度した。司はいたたまれなくなってその凝視から目をそらす。
「なによそうなの?もう居るの!あっそう、最初っからそう言いなさいよ、あたしが聞くの忘れちゃったんだけどね、それなら相手の星も占うからそれは倍なんだけどさ、あたしが聞き忘れたからね、恋占いあたし得意よ」
言葉の量に反してまるで中身のない事を言いながら、占い師はガサガサと店じまいをはじめる。机の下に入れていた黒い鞄にごそごそと詰め込んだ。
眼鏡をはずしてケースに入れ、カーディガンも脱いだ、どちらも鞄に入れる。
「じゃ悪いけど椅子だけ持ってきてくれる?」
ガタンと机を持ち上げて運ぼうとした。
「!?ど、どこへ」
「店よ」
「店!?」
「ほら隣、ここ」
閉店済みの地方銀行の隣には、よく見ればまるで目を惹かない店がある。どこの街にもあるさびれたスナックがあった、店名は『いきどまり』
ドアを開けば中はぼんやり薄暗く、年齢不詳の黒髪のお姉さんが「はやかったね」などと占い師に向けて言う。
「1時間2,000円飲み放題、それと500円ね」
「また椅子ですか」
「あたしのビール代、二杯目からはあなたの飲み放題わけてもらうから安心なさいよ」
「はぇ……え、これもしかして客引きだったの!?」
「悪いようにはしないったら」
まるきり悪役の台詞を吐いて、占い師は水商売の女にもなった。
結局机も椅子も司が運んだ。目の前で自分より小柄な人がはたらいているのを見逃せないたちである。
スナックいきどまりは古い店だが清潔な店だった、ありがちなトイレの芳香剤やおしぼりの柔軟剤の匂いもしない。
だが全体に酒と煙草の匂いがしみ込んでいる店だった。
テーブルとソファ、それからバーカウンター、スツール。質素なシャンデリア。
観葉植物や水槽などは置かれていない。代わりに衝立――いやキャスターつきの会議室にあるようなホワイトボードがある。
「机と椅子ありがとね、そこ置いて。奥にカラオケの機械あるわよ、1曲100円」
懇親会などでスナックに連れていかれたこともある、横浜時代などは匠のお供で週に1度ぐらいいっていたこともあった。
テーブルにクリアファイルと電卓、定規、分度器、コンパス、栓抜きを並べていく。ビールねえ、瓶で、奥から冷えたやつ出して。とお姉さんに占い師は声をかけた。
「じゃあその男の、わかる限りの情報。あと出会った日とかわかれば」
「占うんですか」
「占うわよ、あたし占い師だもん」
じゃあ最初から店に来ればよかったんじゃないか?俺、路上の分ぼったくられたんじゃ……司が口を詰まらせていると。
「はやく、酔うと手元が狂うわよ」
瓶ビールとグラスがふたつ運ばれてきた。占い師が顎をしゃくる、司は言われるまま栓抜きでビールを開けてタンブラーに注いだ。
どうにでもなれ、自分の分も注ぐ。
「はい乾杯、」
「かんぱい」
司はコッ、と喉を叩くようによく冷えたビールを干した。
男相手って言ったっけ。司が思う暇もなかった。
「――相手は誕生日は12/30で、生まれた年は――」
「ふうん、ふうん、」
占い師は司よりも早くビールを干していて、もう電卓をたたいている。ぺちぺちぺちぺち、
「ふうん、ふうん」
「Wikipediaの情報でもいいんですか?」
「いいよ、ファンなんだ」
「えっへ……」
「まあ実際の情報と食い違ったらその分精度は落ちるからね」
「はい!じゃあ俺が実際に知る情報は後で。――スゥーッ、19XX 彼はまだあどけない顔ながらも既に絶対王者の片鱗を見せながら突然氷の上に現れ――」
「え!?待って伝記映画始まる!?」
「彼は5歳にして――」
ぺちぺちぺちぺち!
「ノービスBで3Aを完成、ノービスBっていうのは年齢が――」
「世界大会で金メダル、この世界大会の開催場所は――」
「全日本ジュニアを連覇、この時に4Lzを完成させ――」
ぺちぺちぺちぺち。
ぺちぺちぺちぺち。
司こそが神を降ろしたかのよう。焼酎のボトルやセットを運んできたお姉さんがテーブルに繰り広げられている紙と情報のやり取りを見て、慣れた様子で隣のテーブルを引き寄せるとそこに置いた。
「……20歳の若さで現役を引退」
そこでようやく、司が息をついた。しばらくぺちぺちぺちぺちと電卓と、書きつける音だけが響く。
「……織田信長のWikipediaかってくらい情報量あったわね……暗記してんの?」
「はい!」
もちろん夜鷹純のWikipediaなのだが。それにそれを言うなら織田信成のほうだろう。スケートなのだから。
「ではここからは俺が実際に知るプライベートな情報ですね。出会ったのは3年前――身長は176cmで、体重は……たしか二日前計った時が……現役引退後から煙草を吸い始めて、二年前東京にも転居して、でもその間も名古屋にも家が有って――」
「ふうん、ふうん」
さっきよりも計算は少なく、かわりに星見の紙の上を指が何度も滑った。
どれぐらい時間が経ったか、ビールは1本空いていつのまにか2本目だ。あれ、これ俺が払うのかな……司は不安にもなったが、些細な不安だった。
久しぶりに夜鷹純のWikipediaと脳内Wikipediaをそらんじることができて、脳が出すもの出してスッキリとしている。
「じゃあもう、星はこの辺でいいかな」
新しい方眼紙を一枚取り出すと、星を一つ打つ。真っ黒なペンで打たれた星。司が何か言うよりも早く、もう一つ黒い星が少し離れたところに打たれた。言われなくても司にはそれが狼嵜光の星だとわかった。
「ふうん、ふうん……似たような星が少ないねえ。何かに衝突されたわけでもないのに、20歳で突然軌道が変わったというより、停まった」
こんなふうに、占い師はフリーハンドで激しく動かしたその星の軌道を途切れさせた。心電図なら医者が駆けつけてくる。
「……とどまり続けて、また動き出す星なんかそうそうない。誰にも妨げられなかった、どこにも留まれなかった星が停まって、この星を導いて、離れてそれでまたゆっくり動いて――なに?」
「今、停まってないんですね」
「この星がそうならね、まあ、変わった――すごい星だと思う」
「……はい、すごいんです、前人未到で空前絶後で、最強で!」
「かみさまみたい?」
「……そう、かみさまみたいな」
司は萎れた。
風船に針を刺したような、いやそんな元気なものではない。風船にセロテープを貼り、そこへ針を刺すと破裂せず、じわじわと空気が抜ける。
そんな様子で司はビールのタンブラーを手にした。占い師のほうのグラスにも継ぎ足してやった。
じろりと睨まれた、どうやら飲み切ってから注いでほしかったらしい。
「ああそっか、つまりさ、このあんたの14の大恋愛もこのかみさまみたいなわけ」
「バボ」
司がビールを噴きかけて、飲食物を無駄にできない性格がわざわいして一息に全部飲む。
「さっき、初めて実際に会ったのは3年前って言ってたけどさ、でももっと前からなんか5年前くらいからなんかあるんじゃないの」
「ああ、向こうが俺を見かけたって言ってたような」
「は~~よく見ると、あんたとこの人、真逆なんだか似てるんだか」
「似てるわけないでしょ」
氷に愛され、引き留められ、出ることを許されなかった彼。
氷に拒まれ、追い出され、乗る事を許されなかった俺。
「そうかなあ……まあひとつ星だね。近いところにあんまり星がなくて……最近は増えたかな」
「……さみしいひとってことですか?」
司は夜鷹の顔を思い出した。
不機嫌な顔を見せられることが多いが、不機嫌な方がまだマシだった。
感情が抜け落ちている彼の顔を見ると、美しいとかカッコいいと思うよりも、大丈夫かなと不安になる。
「そうは言ってない、物は言いようってのがあるでしょ。孤独って言えばアレだけど、孤高っていえばソレじゃない」
「……」
「あんただって人に囲まれる星って言えば聞こえはいいわ、でも人に埋もれた星とも言える」
「う」
誰の助けも借りず自分の力だけの彼。
誰かに助けてもらってばかりの俺。
そして、人に埋もれた星。司は目を伏せて白状した。
「俺は――どこかで一人になりたかった、と思います。彼のように」
司の物心ついた時にはいつだって誰か居た。
狭い家で完全に1人になれる時間なんかトイレぐらいのもの、それだって外からノックされることだってしばしばだ。
そういえば、中学時代はオナニーに苦労したことを思い出す。しょうがない、子供が男になってしまったので、朝起きたらそうなっていた。
兄は何も言わずにからかったりしないでいてくれたことはありがたかった。
弟たちはもう反抗期も盛りだったので苦労した。
学校だって、どこだって人が居る。それが当たり前すぎて、珍しく家に一人の時などなぜかそわそわしたものだ。
そう、そのたった一人で家に居た時につけたTV――そこで、司は夜鷹純と出会った。
フィギュアスケートやバレエなどは女のやるもの、というクソガキ精神をまっとうに有していたはずの司は、せせら笑うような気持ちだったはずだ。
白いリンクの上にただひとり立ち、取り囲む人々を圧倒していく。
彼の呼吸音の方が聞きたいのに、自分の心臓の音が聞こえたのを覚えている。
観客たちは見守るのでも励ますのでもなく、誰もが彼を畏れ敬い、ただ極上の夢が与えられるのを待っていた。
ひな鳥みたいに、ただ口と目を開いて見ているだけで与えられるあの時間。
夜鷹純はリアルタイムですらない録画の、画面越しにすら司を黙らせ、わからせ、作り変えてしまった。
もうそれで、無かったことにはできなくなってしまって。
「俺もあのひとみたいに、たった一人になってみたかったな、同じ風景を見たかった」
怖がられたっていい、避けられたっていい、誰にも阻まれず、目の前は真っ白く開けていて、励まされなくてもいい、
いや、最悪観客が誰もいなくてもいいし、ブーイングをくらってもいいとすら思った。
ただこのリンクの上でなんの制約も受けずに踊っていたかった。
誰かに自分の強さだけに焦がれられてみたかったとも思う。俺にそんな強さがあったなら。
「ふうん、ふうん……ああごめん、これは相槌みたいなものだと思って、手が計算をしようとしちゃう」
占い師はペチペチペチと電卓をたたいた。
「そういえば、あの人も最初は俺に……」
「ふうん」
「一人になりたかったなんて、俺、すごく傲慢なことをどこかで思っていたんです」
司くんはいつも人に囲まれているね!
賑やかだと思ったらやっぱり司くんだ
司くんがいると皆盛り上がるね
司はこれらの誉め言葉を言われることが多かった。例えば一日限りの派遣ですら、また来て欲しいと言われることも珍しくない。
これだけ人に助けられて生きてきながら、一人になりたいだなんて。
俺は一人になりたかったのか……。司は自分自身に、呆れてしまった。
「ふうん、そんでさ、柿ピーワサビ食べなよ、タダだから」
占い師はもう電卓をたたかない。星をぞろぞろ書き綴った紙をファイルに戻すと、司や夜鷹の星(暫定)の軌道を書きなぐった方眼紙を並べた。
「あ、いただきます」
代わりに、小皿へ柿ピーワサビをあふれるほどに乗せた。やや湿気った柿ピーをぎちぎちと噛んで笑う。湿気ると辛さが強くなるという噂だ。
「あたしこれ好き、ねえクリームチーズ欲しくない?Kiriタダだよ」
「欲しい」
司はのめりこみかけていた息をふはっと吐き出すと少し笑った、なんか、なんかさあ、わはは。
「俺は梅ざらめのやつも好きです」
「あるわよ」
「タダならください」
「……ふうん、」
占い師は笑って、柿ピーの梅ざらめを新しいさらにこれまた、ざらざらと乗せた。
ま、としおらしい声を作って焼酎のボトルをキャップを手のひらに包むようにして外した。
こうした店では、空いたボトルを洗って使い回すことはよくある。新品ならパキリと小さな音がするのだが。
占い師はおしぼりで手を拭くと2つのタンブラーにアイスペールから歪な氷を素手で掴んで放り込んだ。
「うすめで」
「タダだよ」
「……ふつうで」
つい、貧乏性が出た。ドブドブと焼酎が注がれて、思い出したように炭酸が追われた。
かき混ぜもしない焼酎炭酸割をデンと出される。
「あっ時間つけるの忘れちゃった、じゃあこっから一時間ねェ。はい乾杯」
「……かんぱい」
タンブラーに口をつけると一瞬だけ炭酸が鼻にぱちっと跳ねたが、後はもう全部焼酎だ。暑かったこともあって、ぐんと喉に落ちていく。
「濃ゆい!」
「タダだよ」
「タダではなくないですか?」
Wikipedia暗唱を考えれば、結構な時間が経っている。
「はい一時間ね~、ママの伝票、いつも時間が雑」
カウンターのお姉さんが笑った。いいじゃないのよあたしの店なんだからと言い返す。
「ここ貴方のお店なんですか!?」
「そーよ、言っとくけど隣の銀行だって、裏のあれだってもともとうちの土地よ、占い師だけで食べていけるわけないじゃないの」
「おかねもちだ」
大通りから少し裏だとはいえ、急行も止まる駅から10分以内だ。かなりいい土地と言える。普段なら言わないような一言が出た、喉の奥がカッと熱かったので。
「……俺ってどうなんでしょう」
「恋占いやめんの?まあいいけど、どうって、かわいい顔してるわよ、町内会のおばあちゃんにひろ~くモテるでしょ。あと、一部の厄介な年上」
「さいごの、星占いですか?」
「さあね、」
お酒のおかわりが出てくるのが異様に早い。タダだから、ともう一度言われて司は飲んだ。
「どうなんでしょうっていうのは……星はどうだって言ってるかわかりませんが、俺はこんな感じで、自分一人で人生もやっていられない、今だってたまにバイトするぐらいなんです、いい年して」
「女の前でいい歳って言うなよ」
「あっええと!ウー……まあとにかく、あんまりしっかりしていなくて」
「ふうん、ふうん……つまりお金の話。あたしが土地持ちだってわかったから、自分のお金の事を思い出したわけね」
「……」
恥ずかしくなってしまった。
「貧乏なんだ」
「以前と比べれば安定しています、でもそれも……」
「夜鷹純に出してもらってんの?」
「違います!夜鷹純は彼氏じゃなくてっ……別の人のお家に居候させてもらってます……」
「へぇーえ、それでお嬢さんが年頃になるまでになんとかしなきゃって思ってるわけ」
「そうなんです」
叫んでから、司はあれ、と酔いがまわりかけた脳がぐらりとよろめく。俺夜鷹純って言ったっけ、まあでもあの経歴は夜鷹純だ、夜鷹純でしかあり得ない。
それに、居候していると言ったけど加護さんの事や羊さんのことそこまで詳しく話したっけ?話したんだろうなたぶん。
酔っぱらって夜鷹純との恋占いをスナックでやってもらっている。こんなことあるんだなあ、人生。
おい、と乱暴に言われて司、相手のグラスが空っぽなのに気づいた。サシツササレツで飲むってこういうことだっけ?ゆるい手元で焼酎を注いだ。マドラーでゴリゴリと混ぜる。
「うちも数年前までアパートやってたから、そん時なら貸してあげられたんだけどねえ、今マンションにしちゃってんだわ」
司の方眼紙に、また新たな星がふたつ足されている。
「安定したとはいってもこのへんの新築マンションに住めるほどではないですね……」
「でもオリンピック選手のコーチってことならいいところ住めるんじゃないの?って6年後か~~長いわ」
「改定入ってくれればなあ……」
言いかけて、司はやめた。
前回の年齢制限のひきさげはライリーが公言するように間違いなく夜鷹純の引退を受けてであろう。
世界が惜しむその才能がルールを変えると言うのであれば、今回ひきさげがなかったのは、どこかで才能が終わせられずに済んだという事かもしれない。
どうあれ、やることをやるだけだ。うん、と司は酒を飲む。タダだよとレモンの切れ端が手渡された。ささくれにしみる。
「やることやっておきながら別のオトコに食わせてもらってるのってどうかと思う」
「ボッハ」
焼酎が鼻に入った。大声が出る。
「言い方気を付けてくださいよ」
占い師もつられて大声を出した。
「だって事実そうじゃないの、夜鷹の気持ちにもなってごらんなさいよ」
「夜鷹純の何がわかるって言うんですか、星ですか」
「星なんか見なくてもわかるわい、ぴちぴちかわいい年下男を他の男がおはようからおやすみまで囲ってんのをさ、指咥えて見てろっての!?」
「夜鷹純は指なんか咥えない!」
みょうにシンとした。
二人ちょっと咳払いして、酒を注ぎ合った。あら、どうも、いやいや、どうも。
「……ちょっとトイレ、」
「……奥ね」
司は少しトイレで汚さないように吐いた。席に戻ると占い師はまだ何かしら方眼紙に線を書き足したりしている。
占い師は酒を少しはペースを落として飲みながら、じろりと司の胸を睨む。
「ああそう、引け目の話だったっけ。でもしょっちゅうセックスしてんでしょ」
「!!!?」
「いいからだしてるもんねえ、胸がシャツ押し上げてら」
司は見えてもいない乳首を隠すように胸の前で腕を組んだ。
「セクハラ!」
「星占いだよ」
「そんなわけないだろ!」
「ねえ春巻食べる?タダだよ、冷めてるやつにソースかけて食べようよ」
「タダなら……辛子もください」
冷めてくたっとした春巻にソースをびたびたかけて、ちょっと辛子を付けて食べる。具は細切りの筍とひき肉と春雨をやる気なく炒めたやつ。これがまた酒を呼ぶ。
気付けば焼酎のハーフボトルはとっくに空で、フルボトルをずんずん攻略していた。
「週2?これもセックスの話よ」
「……週1です……」
「何回?」
「…………」
真っ赤になった顔をふいっと逸らして、司はぺきぺきとしけった梅ざらめ柿の種を噛む。
1回や2回じゃないと言ったも同然だ。
「アラフォーとアラサーがそんだけやってて何が不安だってのよ!」
「そんだけやってるから不安なんでしょうがあ!」
からだばっかりで。
鴗鳥先生のおかげで氷に時々乗らせてもらっている。
いのりさんへの指導のなかで2回転のジャンプは全て跳べるようになった。
でもそれだけで。
証明もできていない。
いつ終わったって文句は言えない。
「いつあの人がもう飽きたって言うか不安で不安でしょうがないんですよ!」
「夜鷹純も不安かもしんないじゃん!」
「そんなわけないじゃん!」
「あるよ」
やけに静かな、据わった目で占い師は睨んだ。
「惑わない星なんかない」
新しい方眼紙をあぶなっかしい手つきで取り出すと、占い師は両手にペンを持った。
黒と黄色のペンを、右手と左手で同時に、全く別の軌道でくるくるとフリーハンドで線を描く。
ループだ。
いや、
カウンター
チョクトウ、
またループ
ツイズル
ロッカー
ブラケットまである、こんなの絶対星の軌道じゃないだろ!どう見てもこれは、スケートのステップとターンだろう。
「こんな風にさ」
二枚の方眼紙を重ねる。ぼんやりとあかりに透かして見れば、全く違う動きをしている二つの線は時に重なり時にぶつかって離れ、またぶつかって。
絡み合うよりもバチバチとはじけ合いながら踊るような。
「ふたご星ってのもあるわよ、ずーっと同じ距離感のやつ。アイスダンスみたいなさ、でもあんた達はどうも違うじゃない」
「……」
「見なよ……星の導きを」
泥酔手前の女占い師は両目をきゅっと瞑ってみせた。
美しいその軌道をうっとりと占い師はもう一度見つめて、それから、ビリビリ二枚まとめてタテヨコ引き裂いた。
「ア゛ァ!?」
「忘れろ!重ねんな!」
「え゛ぇーーー!!?」
「星なんか腐るほどあるわよ!好きに輝け!」
センキュー!女占い師は叫ぶなり、破いた方眼紙をまるで紙吹雪のように投げ、紙片が床に落ちるよりも早くトイレへと駆け込んだ。
そして戻ってこなかった。
まるで慌てた風もなくお姉さんがやってくる。
「お会計三千円ね。あとこれ食べる?炊き込みご飯のおにぎり、タダだから」
「ありがとうございます、どういう計算!?二時間は居ましたけど!あと占いは!?」
お会計は2時間居て3,000円だった。占いの料金は?どういう会計の仕組み?司が聞こうにも占い師はトイレで吐いているまま出てこない。
「じゃあ」
気になるならまた飲みに来てとお姉さんに言われ、司はスナックいきどまりを後にした。ビニール袋にずっしりとアルミホイルに包まれたおにぎりの重みが現実である。
「こういうの、二度とこの店にたどり着くことはできませんでした……ってのがよくあるよな」
先に言っておくと普通にこの店はいつでもあるし、今までも思い出してみればそう言えばあったな……という実在する店舗だった。
充電ギリギリな腕のスマートウォッチを見る。
4:22
ふと、彼の家にいまから歩いて向かったらちょうど夜明け頃だなという思い付きがアルコールでしめった頭に浮かんだ。浮かんだと同時に歩き出している。
いつ行ったって言いのだ。許されている。
『いつ来たっていい』
『不用心ですよ』
『君が?僕に危害を?』
あんまり幼い顔で彼は司に言った。
『……お金を盗んだりするかも』
『ふ』
彼はあたためた牛乳の膜ぐらい温かく笑った。
この家であなたより価値のあるものなんかないですよ、思っていたんだから言えばよかった。
飽きられたくないくせに楽しませることをサボっていた。
会いに行こう。許されている。許されているうちに。
酔いがさめる前に到着してしまった。人のいない道をズイズイと歩いていたらあっという間だ。
酔った人間がふしぎと家にたどり着けるのは帰巣本能のためらしい。
ということは彼の家を、巣だと思っているという事なのだろうか。
静まり返ったレジデンスの1階ホールは無人だ、もちろんセキュリティは万全だがコンシェルジュは22:00には帰宅し、朝6:00にはやってくる。
朝5時すこし前、夜明け間際のホールに司のスニーカーの靴音だけが響く。
ふと、思い立って軽く助走をつけ、開脚を伴う跳躍をした。着地。カサリと手にしたおにぎりのビニルが音を立てる。
日ごろの柔軟が物を言えて、まあまあ悪くない高さだったなとすべてを防犯カメラにおさめられながら鼻を高くした。
したたか酔っぱらっているが、酔っぱらった程度で制御を失うほどこの体とつき合いは浅くない。
以前夜鷹の思い付きで、三人で目隠しをして誰が一番滑れるかという、子供にも保護者にも絶対魅せられない遊びをしたことがあるのを思い出した。楽しかった。
『夜鷹純も不安かもしんないじゃん!』
考えたこともなかった。いや、考えないようにしてた。そんなまさかぁ。
飽きられるのが怖い、それって普通じゃん。
エレベータのボタンを見ないで押せた。
貴方がしたいんなら、と、彼とちんこにまかせっきりにしてばっかりで。
おはようございます
会いに来ました
炊き込みご飯のおにぎり食べませんか
今度水族館に一緒に行きたい
好きです
どれから言おうかな。何言ってもスベる気がする。
そうだ、俺はこうやって全部から逃げて来たんだろうな。
どれからでもいい、思いついたまま言おう。あ、でも俺今臭いからまず風呂借りなきゃ。
シャワーの音で起きるんじゃないか?「夜這い?」とか言われたりして。
万一言われたら「もう朝です」って言わなきゃな。絶対言わないだろうけど。うん。
「おはようございます、会いに来ました」
まずはこれを言う。なんでって聞かれたら、「星の導きで」って言う。いざ、星に願いましては。
「おはようございます!」