風邪ひきセレナーデ
風邪をひいたを恋人を看病するよだつかの話。
1ページ目は🦅を看病する☀️(X:旧Twitterの再掲)、2ページ目は☀️を看病する🦅です。
可愛くて甘い2人の雰囲気を目指したので苦手な方は注意してください。
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「おはよう」
眠そうなぼんやり顔に寝乱れた髪、いかにも寝起きです、といった様子でリビングに現れた純はあくび混じりにキッチンにいた司に声を掛けた。
司も「おはようございます」と笑顔で返しながら、ふと純の様子に僅かな引っ掛かりを覚える。普段と何かが違う気がする、そう直感的に感じるが明確にこれといった違いがパッとは言葉にできず、心の中にもやっとした感情が居座った。
「純さんも朝ごはん食べますか?」
「いい。コーヒーだけちょうだい」
のそのそと精彩を欠いた動きでダイニングテーブルに着いた純に食事を食べるかとお伺いを立てるが、寝起きの様子からして多分食べないだろうな、と司が予想した通り首を横に振られてしまった。
もともと食事への興味の薄い純が朝食を口にする確率は半々程度。だから司が断られたからといって気落ちすることは無く、むしろ、コーヒーが欲しい、という言葉から純が食事はしなくとも司と朝食の時間を共にしようという意思が感じられて司は内心嬉しさを噛み締めていた。
司と同棲を始めてからというもの、司の努力の甲斐もあってか、人並み、とは言えないものの、以前のような食事のほとんどをサプリやら何やらに頼っていた食生活に比べれば少しずつ純の食事の量は増えていた。また、食事という行為自体へも多少は興味が出てきたのか苦手意識も薄らいでいっているようにも見えた。
純さんも食べるならもう少しちゃんとしたもの作るんだけどな、と司は自分に言い訳をしながら、バターを塗った厚切りのトーストと作り置きのゆで卵、スーパーで購入したカットサラダの袋を半分、一つの皿に盛り付けて自分用の簡易的な朝食を完成させる。
自分の朝食と2人分のコーヒーを持って純の向かいに腰を下ろす。目の前にコーヒーを置くと「……ん」と呟いて僅かに反応を示すが、置かれたコーヒーに口を付けるわけでもなくただぼんやりと大口を開けてトーストを齧る司を見つめていた。
もともと朝に弱く、すっきりと目覚めることなんてほとんどない純だが、それにしても今日はいつも以上に覇気がない、というかぼーっとしている。それに、朝の挨拶の声も起き抜けの掠れ声と言われればそれまでだが、なんだかいつも以上に声が低い気がしていた。
「純さん、ちょっと失礼しますね」
見過ごせない違和感が重なり、さすがにおかしいと思った司がダイニングテーブルを乗り越えて純の顔へ手を伸ばす。重たい前髪をかき分けてそっと触れた肌は、普段ならば代謝の良い司の平熱を遥かに下回り、ともすればひんやりと冷たく感じる程であるのに、今触れている肌は燃えるように熱を持っていた。
「あ゛っっつい!純さんやっぱり熱ありますよね!?」
「……熱?そういえば少し怠いし頭も痛いかも」
驚きのあまり、慌てて手を引っ込めて騒ぎ立てる司とは対照的に、当の本人はどこか他人事のようにぼんやりとしたまま心当たりを口にした。
「うーん……風邪ですかね?今日は家でゆっくりしましょうか」
そう言って立ち上がった司は、齧り跡のついたトーストを放置したままキッチンに入っていく。冷蔵庫を開けたり、パントリー内を漁ったりとしばらく物音が続き、それが途絶えるとキッチンから持ち帰ったものを抱えた司が戻って来る。
「ちょっと冷たいですよ」
司が純に近付くなり、言葉通りひやりとした感触が純の額に触れる。
「……なにしたの」
「冷却シート貼ったんですよ。それつけて今日は大人しく寝てください」
「……」
司の言葉に純は不機嫌そうな顔でむっつりと黙り込む。今日は久しぶりに2人のオフが重なって、映画でも見に行こうか、なんて話を昨日したばかりだった。せっかくのオフが色っぽい理由ではなく体調不良で1日ベッドで過ごして終わることに純は不服なのだろう。
「ほら、ベッド行きましょう?」
むすっとしままの純に言い聞かせるように司が優しく促せば渋々、純も席を立つ。
寝室に入るなり司は純をベッドに押し込めてテキパキとタオルやミネラルウォーターのボトルをサイドチェストに並べていく。
「水はここに置いておきますから水分補給しっかりしてださいね」
「……つかさ、くん」
早く純に身体を休めて欲しくて、司が手短に必要事項だけを伝えて寝室を出ようとすると名前を呼ばれて引き止められる。
「他に何か欲しいものありますか?」
振り返って尋ねるが純はゆるゆると首を横に振る。
「今日、出かける予定だったのに……」
ごめん、と小さな声が続く。
純の言葉に司が一瞬驚いたように目を丸くしてすぐに破顔した。
「そんなの気にしてませんよ。休みなんていつでも合わせられますし。それより今は純さんの体調の方が大事です」
「……うん」
約束していた休日の予定を反故にしたことを余程気にしているのだろうか、珍しくきまり悪そうに純が視線を逸らす。
ベッドサイドに腰掛け、視線の合わない純の顔を見下ろしながらその艷やかな黒髪をそっと撫でる。
司の穏やかに語り掛けるような声と頭を撫でる手付きの優しさに純は安心感したのか、熱による倦怠感もあってか、しばらくすると微睡みに身を任せるようにゆっくりとまぶたを下ろした。
純が次に目を覚ました頃には寝室に差し込む日も随分と高くなっていた。額の冷却シートは温くなり、パジャマは寝汗で気持ち悪い。それに汗をかいたせいか喉も乾いた。司が用意してくれた水の存在を思い出して身を起こしてサイドチェストへと手を伸ばす。
家に買い置きされている見慣れた水のペットボトルを手に取ると、既に一度開封されていたのか然程力を入れずとも簡単にキャップが回った。キャップを外すと飲み口には刺さったストローが飛び出す。司の細かな心配りに胸の奥がムズムズとするような感覚を覚えながら、純はストローの先端を咥えてゆっくりと乾いた喉を潤していく。
「純さん起きました?」
喉を潤して一息つくと、寝室のドアの隙間から遠慮がちに司が顔を覗かせていた。ベッドボードにもたれるように身を起こしている純と目が合うなり、司は静かに部屋の中へ入ってきた。
「朝より熱下がってそうですね」
温くなった冷却シートを剥がして司の指先が肌に触れる。温かな日だまりのような体温が恋しくてその指先に擦り寄るように顔を寄せれば司が照れたような顔で微笑む。
「薬飲む前にできればお腹に何か入れて欲しいんですけど……ゼリーとかでもいいので少し食べられそうですか?」
司の問いに純は少し考え込んだ。
正直、体調のせいかいつも以上に食欲は無い。ただ司の言うように空っぽの胃に薬を入れることは避けたほうがいいことは純も知っていた。ゼリーやヨーグルトなど口当たりの良いものなら多少は喉を通る気もする。が、どうせ食べるのならば、
「司くんの作ったご飯が食べたい……」
無意識のうちに思い付いたことがそのまま口に出ていた。純の言葉に何故か司の顔がたちまち喜色に染まる。
「なんだか嬉しそうだね」
「ふふ、そんなこと言って貰えたら嬉しくなりますよ。純さんが元気になるようなご飯作りますね」
「何作ろうかなぁ」とひとりごとを言いながら、司がふにゃふにゃと嬉しさが隠し切れないといった様子で笑う。
「風邪ひいた時の定番といえばおかゆかうどんですかね?純さんのお家はどっちが多かったですか?」
司の言葉に純が首を捻る。
思い返してみると、物心ついた頃から氷の上で過ごしており、現役時代は体調管理を徹底していたおかげで病気で寝込んだ記憶がほとんど無い。
氷の上を降りてからは破滅的な生活を送っていた事もあり、食事への意欲もいよいよ薄まり、多少の体調不良もあったが、寝ていれば治ると放置していたため病気の時の食事の定番、と言われても何も思い当たるものが無かった。
「……わからない」
小さく呟いた純の声に司がハッとしたように顔を上げる。
「じゃあ俺が昔、実家で作ってもらってたやつでもいいですか?」
司が穏やかに微笑んで立ち上がる。純が頷いたのを確認して司が「ご飯できたら呼びますね」と言い残して寝室を後にした。
キッチンから微かな物音が響き、しばらくすると優しい出汁の香りが漂ってきて再び司がドアから顔を覗かせた。
「純さん、ご飯できましたけどベッドまで運びます?」
「いや、そっち行くよ」
ゆっくりと立ち上がり司と連れ立ってリビングへ歩いていく。純がダイニングテーブルにつくと司が食事を運んできた。
「ちょっと作りすぎちゃったので無理せず残してくださいね」
張り切りすぎました、と司がそう照れ臭そうに言って純の前に食事の載ったトレーを置く。トレーの上の皿にはおかゆとうどん、それにすりおろしたりんごが入っていた。
おかゆは種を取って叩いた梅干しや刻んだネギが混ぜ込まれていたし、うどんには細かく切った鶏肉や人参や椎茸などの野菜、薄切りのかまぼこ、割り落とした卵が乗せられていた。ただ、それぞれの器には大人の一人前の半分程も入っていない。
少量の純の食事にかなり手間暇をかけたのがわかる内容に、またもや胸の奥がムズムズとする。ちらりと向かいに座る司を見上げると「冷めないうちに食べてくださいね」と微笑みながら促された。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
れんげを手にとって、まずはおかゆを一口掬う。梅干しの酸味も手伝って発熱した時特有の口の中の気持ち悪さがすっきりとする。次にうどんにも箸を付ける。出汁の旨みと煮込まれた具材の味がやさしく胃の中に染みわたる。柔らかく煮込まれたうどんも咀嚼すら面倒に感じる気怠い身体には嬉しかった。司の作る料理はいつも純のことを考えられていて愛情を感じるし、美味しいと思う。今日もそれは例外ではない、が。
カチャ、と音を立てて純が箸を置く。
想像以上に体調不良の身体は食事を受け付けようとしなかった。いくら少食の純とは言えど、普段の体調ならば十分食べ切れる量の食事さえも今はどうしてもこれ以上進まなかった。己が食べたいと言ってわざわざ作って貰ったのに、まだどの皿も数口箸をつけた程度で半分以上の料理が残っている。
「…………ごめん」
司への申し訳なさとままならない自身の身体の不甲斐なさで綯い交ぜになった言葉ぎ漏れた。
「お腹いっぱいになりました?体調悪くても食べてくれて嬉しいです。さっきも言いましたけど、俺が作りすぎたんで謝らないでください」
怒りもせずに笑う司の瞳の中に真意を探るように見つめるが、その言葉に嘘があるとは思えなかった。
「薬飲んだら服着替えましょうか。汗かきましたよね?」
しばらく見つめ合った後、話題を切り替えるように司が明るい声を出す。遠慮がちに純が頷くと司はさっさとトレーごと食事をさげてしまい、代わりに市販の風邪薬と水の入ったグラスを持ってきた。
司にされるがまま、薬を飲み、汗をかいた身体を温かい濡れタオルで拭い、新しいパジャマに着替え、またベッドに横になった。
「俺、リビングの方にいるので何かあればすぐ呼んでください」
柔らかく笑った司が立ち上がりかけるのをТシャツの裾を捕まえて引き止める。
「ご飯、残してごめんね……呆れないでまた作って」
熱のせいか、先程飲んだ薬のせいか、午前も十分に寝たというのに再び強い眠気が純を襲う。それに抗うようにたどたどしく言葉を紡いで司への謝意を伝えると、どういうわけか司からは笑うような吐息が聞こえた。
「……なに笑ってるの」
「ごめんなさい。純さんのこと馬鹿にしてるんじゃないです。ただ、今日の純さん熱で弱ってるせいかたくさん甘えてくれるからすごく可愛く思えて……」
困ったように眉を下げているが、司の口元には隠し切れない笑みが滲んでいた。
確かに思い返してみると、今日の自分の言動は随分と年下の恋人に甘えていたような気がする。
「僕みたいな四十路のおじさん捕まえて可愛いなんて言うのは君くらいだよ」
自覚すると急に気恥ずかしくなり、いじけたように純が布団に包まり、司に背を向けてごろりと寝返りを打つ。
「俺、可愛い純さんも大好きですよ?」
純の様子に慌ててフォローするように司がその背中に話しかけるが、純からの返事は無かった。
「純さんが元気になったらなんでも好きなもの作ってあげますから。早く元気になってください、ね?」
機嫌を取るように司が布団から唯一見えているを撫でるとちらりと純が司の方へ振り返った。
「……約束だよ」
「はい!」
じとりと不機嫌そうな視線を向ける純に司が明るく頷けば、安心したように純が口元を緩めて目を閉じる。しばらくすると規則正しい寝息が静かな寝室に聞こえてきた。