安倍元首相と山上被告 一線を越えてしまった同士の邂逅 鈴木エイト[ジャーナリスト/作家]
山上被告「いろんな意味を込めました」
──『アンビバレント』のひとつのポイントは最初と最後の部分ですね。「安倍元総理が亡くならなければならなかったのは、殺害されなければならなかったのは、間違いだったと思っております」という山上被告の法廷での供述について、エイトさんは、多くのメディアと異なる見解をこの本で書いています。これを読んだ他のメディア関係者の反応はどうでしたか? 鈴木 プロデューサー的な人とか、メディアの関係者からは「驚いた」という感想や、「エイトさんにしか書けない内容ですね」といった反応が寄せられました。私に連絡してくれる人は肯定的な反応でしたが、一緒に法廷で傍聴した他の記者たちからしたら、ちょっとムカつく内容かもしれないですね。「あなたたちは気づいてませんでしたね」と言っていることになるので。 ──エイトさんはその独自な見方をどのあたりから考えていたのですか? 鈴木 法廷で最初にその発言を聴いた時に「あれ?」という違和感を抱きました。他の被告人質問での供述の中でも、なぜわざわざこういう言い回しをするんだろう、といった違和感が節々であったんですよ。 まだその時点では明確な疑念ではなかったんですが、通して聴いてみて、さらに面会時に彼から出てきた「僕は右翼なので」という発言とか、「やっぱり国益なんですよ」という発言などですね。 さらに判決公判の夜の『報道ステーション』の報道内容ですね。弁護人接見の時に被告が「国益を損ねてしまった」と言っていた、という松本恒平弁護士の発言。それらが全てつながって、「あ、こういう意味を込めていたんだ」というのは、そこで初めてわかったのです。 そのファクトの部分について、彼に確認しなきゃいけないと思い、判決公判後の2回の面会につながっていくわけです。 面会室で山上被告は私の問い掛けに対して、数十秒の間をおいた後、「いろんな意味を込めました」と言いました。 『アンビバレント』発刊後に面会した際、彼の中で一時期、安倍さんは崇拝するような対象になっていたんじゃないかという私の認識に関して「崇拝というよりはシンパシーなんです」と言っていました。私も「崇拝」と言い切ってしまうとちょっとずれてしまうなという思いはあったんです。だから、あえて「一時期には崇拝という対象だったのではないか」「共鳴」「共感」「シンパシー」と書いたんです。 興味深かったのは、安倍さんについてどう思っていたのかを聞くと「自分と同じような存在」という捉え方だったんですね。「折り合いをつけていた」という言い方でした。母親の入信とか、統一教会のことに関してはもう仕方ないと。でも折り合いをつけて自分の人生を生きようと思っていた。ところが、お兄さんの自死があり、それに対する母親の理解を聴いて、一線を越える決断をしてしまった。 安倍さんに関しても、岸信介とか安倍晋太郎の時代から統一教会と親しく付き合っていて、自分の父親や祖父が統一教会と関係を持っていたことに関して、安倍さんも折り合いをつけていたんだろうと。でも第2次安倍政権以降、関係性が深まり、ビデオメッセージを送って韓鶴子(ハンハクチャ)を礼賛するまでになった時点で、安倍さんも一線を越えてしまった。 お互い一線を越えてしまった同士の邂逅がこの事件を引き起こしたのではないか。やはり安倍さんに対する個人的な認識、思いというものが背景にあったという点では、この本の結論とつながるんですね。安倍さんが山上被告にとって矛盾する存在になってしまった。自分とある意味仲間というか、同じだと思っていたのが違ってしまった。 検察が指摘した動機における論理的な飛躍、判決で指摘された教団への憤りとかそういうものが殺人に結びつく「飛躍」という、そこを埋めるものが今回の本で提示できたんじゃないかと思います。 結局その動機面が、裁判体には理解されなかったところだと思うのです。我々も法廷で聴いている分には、理解が最終的に至らなかった部分だと思うんですね。教団と安倍さんの関係については、弁護団の方針もあるとは思うんですが、立証しきれてなかったんじゃないか。今回のような判決に至ったことについてはそういう思いもあります。