んかワレスヤスヤで草
原作軸5年後ぐらいのよだつかです
☀がまたしてもインターネットでエッチな目で見られてしまって騒ぎになり周囲がいろいろして🦅☀する話です
大注意:捏造が沢山、よだつかは薄いです、いのりさんから司への感情がだいぶ重たいです、母の日なのにすみません
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有名枕。とは。
「瞳先生、洸平先生!」
生徒達の切羽詰まった声に、瞳と洸平は身構えつつ振り返る。
見れば結束いのりと卯山雪、犬飼総太が並ぶ。
「はーい、なに?どうしたの」
明るく答えながら、ルクス東山FSCヘッドコーチ高峰瞳はいよいよ警戒する。
個人行動をしたがる総太が同席しているためだ。
今やルクス東山の看板スケーターになった結束いのりはこう言った。というか怒鳴った。
「司先生は枕営業なんかしてませんっっっ!!」
リンクサイドが一瞬しんとした。
沈黙することを天使が通ったと言うらしいが、今である。
一般滑走の子供も黙り込む。
瞳と洸平は真っ白になった。
いのりはコミュニケーションのエラーを起こすと繰り返すタイプである。
「司先生は!枕営業なんか!していません!!」
「あっあっあ、えっとね、いのりちゃん!」
二人の反応が乏しかったので、いのりはさらに一段ギアを上げた。
なお、普通免許は取らない取れない取らせないと結束家の方針で決まった。
「枕営業ってなんなんですかl!!!」
「いのりちゃん、声!!」
洸平も思わず声が上擦る。
「移動ーー!一般のお客様の迷惑になるから!」
「「「はーい」」」」
ぞろぞろとリンクサイドから全員、休憩スペースへ移動した。
いつからだろう、瞳が司だけでなくいのりにも声の大きさを注意するようになったのは。
ところで現在について軽く説明の必要があるだろう。時系列というのは大切だからである。
結束いのりは18歳になった。
18歳、スケートを始めてからなんと、7年。
いまもいのりは前述の通りルクス東山FSCの看板スケーターで、彼女に憧れてルクス東山に入る子も多い。
大学一年生である。
狼嵜光とは良きライバル関係のまま今もしのぎを削り続け、追い越せ追い抜け切磋琢磨、いよいよオリンピックまであと2年となった。
11歳でスケートを始めた異例の遅咲きだった自分が、寝ても覚めてもスケートで頭をいっぱいにし続けられることをいのりは幸せだと思っている。
そんないのりのスケート以外、つまりプライベートはというと結構めちゃくちゃだ。
めちゃくちゃというのはなにも煙草やら飲酒などではない。違う階層の話だ、低い高いではない。
期末テストで赤点(30点)を通り越して欠点(20点)を下回ったり、
出席日数ギリギリを狙おうとして失敗かけたり、スクール鞄を丸ごとバスに置き忘れてきたり、
最近で一番ヤバかったのは、大学出願関係の書類を通学途中投函するのを忘れていつも通りレッスンに行き、日付変更ギリギリになって気づいて夜24時間稼働している郵便局に司の運転する車が爆走したあたりだろうか。
とはいえ、こんなヤラカシよりも高校受験の方がヤバかったとコーチである明浦路司、それからいのりの母のぞみなどは何度振り返っても青くなる。
大学受験は第一志望がスポーツ推薦だったので、学力試験への憂いがあまりなかったからだ。
高校受験の時は志望校選びからして大苦戦だった、近隣で偏差値の低い高校は軒並み学費が高く、ただでさえいのりのスケートで家計がメラついている結束家としてはなんとしてでも公立に入って欲しいところだ。
だが結束家から通える範囲の公立高校はそれなりにレベルが高かった。しかも内申点は華々しいスケート成績を差っ引いてもだいぶ悪い。
いざとなったら姉実叶が家に入れるお金を増やす!と宣言したものの私立だった場合は焼け石である。
仕方なく中学二年後半から塾にも通ったのだがまあこれが成績が伸びない、伸びないというよりは下地が育っていないので積み重ねようとする端からこぼれ落ちる。
いのりは焦りはするものの、かといって勉学に集中できるタイプでもないのであの時はもう全員がケソケソと痩せた。いのりはジャンプが跳びやすくなったなどと笑っていてさすがにのぞみの雷も落ちる。塾だってタダじゃないのだ。
中学卒業とともにスケートへ専念する時代ではないので、連盟側からもそれとなーく、結束選手受験大丈夫ですよね?という探りも入った。
追い詰められた司が発した、『ごめんねいのりさん、俺が女子中学生だったら代わりに受けるのに……』という迷言がその時の混乱をあらわしている。
『司先生が女子中学生だったら!身長何センチだと思いますか?』無邪気ないのりの質問に、のぞみが二発目の雷を落とした。
ヤバそうすぎんだろ。見かねた岡崎いるかが愛西ライドヘッドコーチの五里誠二に相談し、五里から司へ『勉強の教え方』を教えてくれることになる。
だがそれでも進捗が悪い。
司はとある決断をして、東京のライリーと狼嵜光に頼み込んだ。ライリーは二つ返事、光はネチネチと司の指導不足を言葉でつねってから、動画撮影に協力した。
『いのりちゃん、勉強頑張ってる?私も毎日頑張ってるよ~!高校の制服で一緒に写真撮ろうね!』
嘘である。光は地頭も要領もよい、頑張ってないけどぜんぜん大丈夫。通っている学校が中高一貫のため試験も難しくない。
司の指導不足をネチネチやった光も、かいつまんでいのりの勉学状況を聞いた時はさすがに『ヤバいな』の顔になった。
受験のせいなんかでいのりちゃんとの勝負に影響が出る?そんなのダメ!
いのりはこの光の激励動画に奮起した、うおおお、高校生にならなきゃ光ちゃんに会えない!
だがジャンプは思いの強さで跳べるのでないのと同じように、勉強もやる気だけでできるようにはならない。
3Lzが跳べなくなった時に基礎のスケーティングに立ち戻ったように、いのりは小学校中学年の基礎からやり直すことになった。
もう絶対にこの苦しみは味わいたなくない。
いのりはスケートに対して『光ちゃんに勝つ』『世界で一番になる』そして、『司先生を幸せにする』という願いしかもっていなかった。
が、ここにきて、『高校で滅茶苦茶いっぱい勝って大学はスポーツ推薦でいけるようにする』という、ある意味で『目当て』を持った。
これはある意味で新たなモチベーションだ、と司やのぞみなどは思うようにしている。
艱難辛苦、まさしくの艱難辛苦であった。
結果として結束いのりは公立高校へ進学し、晴れてスポーツ推薦で大学生となった。
これで憂いなくオリンピックを目指して山あり谷あり日々努力することができている。
いのりは身長もあれからまだ伸びて頬の丸みもとれ、すっかりお姉さんになった。
だが、それは見た目の話であって中身は小学五年生のいのりが今も根強いままだ。
いまも存分にやらかす。
大遅刻、大忘れ物、大迷子などだ。
リマインダー、GPS、忘れ物防止タグ、ありったけのツールを使ってなんとか、女子大生をやっている。今も部屋は汚い。
先程のように、性格の面でもコミュニケーションで躓いた場合に迂回路を探せず同じことを繰り返したり、納得がいかないと聞き流したり、公共の場で言ったらアカンやつ言ったり。非常に危なっかしい。
いのり以外のルクス東山勢についても言及する。
いのりがルクス東山に入った時の先輩で、まだ残っているの全部で4-5名程だ。
現在大学4年生の卯山雪は既に選手としては引退しており、現役でトップを狙っている選手としては総太のみだ。
総太が今も選手を続けているというのは鴗鳥理凰の影響が大きいが、もちろん本人の意思もあってのことである。
表立ってこそ言わないが、ゲームの方が楽しいと公言してはばからない総太が今も選手を続けているというのは瞳や総太の親も結構驚いている。
一番喜んでいるのはいまだにクラブ内で総太母以上のママ友ができていないのぞみだったりもした。
鴨川洸平はまだ、実家が孫を諦めていないそうだ。毎月長電話が来るという。しぶといんだよなあ、親父はめちゃくちゃ頑固だし、とぼやく洸平に、瞳は父親似か……と察した。
高峰瞳、父親から毎日電話が来ると言うがすぐに切っているので長電話にはなっていない。
明浦路司、33歳。今も結束いのりのメインコーチを続けている。翻訳アプリ無しで英語が喋れるようになった。
現在の説明は、以上。
「司先生の枕営業の話です!」
「いのりちゃん声小さくね~」
「ハイ゛ッ!司先生はっ、ま、枕営業なんかしてません!!」
「いのりちゃ~ん」
休憩室、4人掛けのテーブルに椅子を詰めて5人は座った。
「悪いんだけど説明してもらえる?」
「だからッ」
女子大生が枕営業枕営業と騒ぐのは大変よろしくない。話をまずは整理しようと洸平は言ったのだが、どうやらいのりは『聞こえない』モードのようだ。
ヒートアップするいのりの対応は一歩間違えると大変なことになる。
「いのりちゃん、私先に言っていい?」
「うんッ!どうぞっ!」
軽く手を挙げた雪にいのりは譲った。
こういう時に絶妙なのが卯山雪である、いのりは『姉』に弱い。クラブに入ってからずっと姉のように接してくれた雪の言う事には素直だった。
「この間、クラブに取材の人が来ましたよね?」
「雑誌?FSS(フィギュアスケートストーリー)?」
「はい、それのwebのほう」
「ああ、内容なら私もチェックしたけど……」
FSSnetは歴史ある雑誌月刊FSS(フィギュアスケートストーリー)のwebサイトである。リアルタイム性のある記事を書いたり、たくさんの写真や動画を載せられるところが強みだ。
旧ルクスの頃にも取材を受けたこともある。
結束いのり選手の練習風景だけでなくいのりを取り巻くクラブの雰囲気も、とのことだったので掲載OKの生徒の写真撮影も許可した。
当たり障りのない話だったはずだ。それが何故枕営業なんて物騒なことに?
「そっちじゃないです!」
「Tmitter(つみったー)の方です」
総太が引き継いだ。Tmitterとは一言呟き型タイプのSNSである。
「この間取材に来た人の公式Tmitterなんだけどね」
一週間前の投稿だった。
https://www~
結束いのり選手と明浦路司コーチ ルクス東山の皆さん
ご協力ありがとうございました!
(いのりの写真)(司の写真)(ルクス集合写真)
至ってシンプルだ。だが、一連の発信と比べると、インプレッションがやけに多い。
「なんか……伸びてる?」
「ここ見て」
総太が引用を見せた。日付は三日前である。
『朗報:有名枕営業の明浦地さん、高卒から勝ち組へ』
「……は?」
その引用に対して同意のリプライがついている。
『男を誘う目をしてますわ』
『これで枕してないは無理がある』
『司……顔に出すぞ!ビュルル』
『えちえちのデカチチコーチ明浦地(俳句)』
「なにこれ、酷い……」
「Tmitterの引用って、勢いがあるやつが上に来るんだよね。最初はこんな感じだったのに」
『いのりちゃんがんばれ』
『応援』
『アイスダンスも頼む!』
いたって普通の素朴な応援コメントがいくつか。
「この人の引用から、こういう空気になっちゃった。この人フォロワー5万人なんだよね」
とあるアカウントの名前を総太が挙げた。
瞳が自分のスマートフォンから自分のアカウントで確認するも表示されない。次にルクス東山アカウントへログインし、そのアカウントを確認する、
「あ、こいつ!」
発言したのはフォロワーの多い、主に性的な根も葉もないことを発信する炎上系インフルエンサーだった。それも悪質な。
信者のようなフォロワーに騒がせてあとは知らん顔である、瞳は自分のアカウントではブロックしている。
「俺もブロックしてたから気づかなかった……」
洸平も唸った。
「とりあえずwebサイトの担当さんに連絡しよう」
「そうね、このままひどくなるようなら……」
「遅いです!」
いのりがまたも大声を出した。しまった。
「抗議、こいつに抗議してください!」
「いのりちゃん、でもこう言うのは反応するとますます面白がられたりするのよ」
穏やかに総太が口を挟んだ、
「うーん、荒らしはスルーは今の時代、合わないかなあ~」
「あらし?」
穏やかに総太が言うと、いのりがきょとんとした。
「荒らしって言うのはインターネットで酷い事を言ったり嫌がらせしたりふざけすぎる人のことだよ」
「へえー」
「昔は瞳先生が言うみたいに、構うともっともっと構って欲しくて騒ぐから、無視する方が良かったんだって」
「へええ」
「でも今は声の大きい人が言ったことは正しいってみんな思っちゃう。配信にそういう人が来たら1回注意して、続くならブロックしてる」
総太はスケートの傍ら趣味でゲーム配信もしているので、その言葉には説得力があった。
「総太くんが気づいてくれたの?」
「うん、フォロワーさんが教えてくれた」
ルクス東山関連で公式を除き、一番フォロワーが多いのは総太である。
「教えてくれてありがとね、心配かけてごめんなさい」
瞳が言うと、総太はいつも通りあまり感情を表に出し過ぎない顔で立ち上がる。言うべきことは言ったからともう切り替え終わっていた。
雪も続く。いのりは言い足りないのか残る姿勢を見せた。
「前に、僕が台乗りした時さあ~」
ぽつんと休憩スペースを出て行きがけに総太が言う。小さな声だった。男子のシングルは名古屋であっても層が薄い時があり、小規模な大会だと理凰と総太のワンツーどころか『のみ』すらあった。
「司先生、理凰君はハッピーリフトしたけど、僕には『おめでとう!』って一回言っただけだったもんね」
言葉だけつかまえれば、他クラブ選手の理凰を贔屓して総太をないがしろにしたと言えなくもない。
もちろん違う。総太は自分が嬉しい時でも、大げさに祝われるのが嫌いなのだ。
司のことを陽キャと言う人間は多いが、人との接し方をかなり気を付けている人間だった。
とはいえ100%察することは難しい。自分がやりたいかや一般的に正しいかを優先せず、嫌がる事をしないということを守れているというだけで総太はわりと、司を信頼している。
「うちは母もかなり怒っちゃって」
雪も苦笑した。
「お母さん、司くんのこと推してくれてるもんね」
もうずいぶん前、雪がスランプで2Aを跳べなかった時だ。司は覚えたてのハーネスで雪を見事吊り上げ、2Aを跳ばせることに成功した。
雪の母はいたく感謝し、以来司を推している。雪が引退した今もだ。
「はい、というか私も許せない!よろしくお願いします!」
さて、最後に残ったいのりだ。
「いのりちゃん?」
「理凰君が昨日教えてくれたんです」
ぼそっといのりがつぶやいた。
「え?理凰くんが?」
「連絡来たんです、前から、司先生のアカウントに嫌がらせしてる人がいるって」
「え!?」
司のアカウントを見に行くと、遠征や大会の際「晴れました!」という会場や空の写真とともに一言というようなごく平和な投稿ばかりだ。
その投稿に対して、
『今日も枕ですか?』
などと執拗に返信しているアカウントが居た。
そのアカウントはフォロワー20名程度だが、先程の人物のフォロワーで真似をしているらしい。真似とわかるのは、故意か過失かはわからないが『明浦地』と誤字をしているのと、やたらと『有名枕』という単語を使っているからだ。
見れば、『有名枕の明浦地さん、今日もエチエチダンスを披露w』ずいぶん前のルクス東山youtubeの、いのりへの指導動画を切り取って投稿している。
司がそれに対して反応した素振りはない。だが最近ではリプライ欄を封鎖しているので対策はしているようだった。
「許せない」
いのりは怒りにぐらぐら煮えた目で言った。
「枕営業ってどういうことですか?誰にですか?私が弱いからですか?」
「えっ?」」
「なんて?」
「私が弱いからですか?」
あっ駄目だいのりちゃん、なんか変な方向にスイッチが入っている。
刺激しちゃダメよ!
OK!
「理凰くんから、気づかなかったのか?しっかりしろって言われました。気付きませんでした!司先生はそんなこと一言も言ってくれないし……」
「心配かけたくなかったんじゃないかな?」
「枕営業って言うのは!強い人に、なにかしてもらうために!するんですよね!?」
「そ、そういうことになるかな」
「私のために司先生が」
「んっ?」
「司先生が何かしてくれるっていうのは、それは私のためですよね?」
「いや、便宜とか……」
コーちゃん!瞳がたしなめようとしたが遅かった。
「便宜ってなんですか!?私以外のために司先生はそんなことしません!」
「誰のためであっても枕営業っていうのはしちゃダメで……」
「……私が弱いからですか?」
二回目だ。脱線してループしている。
「理凰君が言ってました、フツー、こういうのは私とだろって言われるはずなのにって!」
それはそう。
男性コーチは一度は通る、生徒に手を出してそう。
女子選手は何度も通る、コーチに食われてそう。
「なのに枕営業って言われるのは、私はそういうんじゃないってことですよね」
「それでいいのよ!?」
「私とはそうじゃないのに、でも枕営業はやりかねないって思われてる!客観的、です!私がそうさせそうなぐらい弱いってことですかぁ!?」
「いのりちゃん落ち着いて!」
いのりの目の下にうっすらクマができている、どうやらそれらしきアカウントをひたすら見てしまったらしい。
どうやら話が見えて来た。
・司がインターネットで性的な嫌がらせを受けている←怒り1
・司はそれをいのりに話してくれなかった←怒り2
・他のコーチのように生徒(自分)に手を出したのでなく枕営業←怒り3
・司に枕営業をさせるほど自分は弱く見られてる←怒り4
・枕営業をしたくなるほど力のある人間がいてそれはいのりではない←怒り5
こういう事だろうか。ややこしい。
JGPFの際、司の献身を自分のための犠牲と思い込み崩れかかったのを見事昇華させたいのりだが、その結果どこか妙な残り方をした。
明浦路司の最優先は結束いのりだという事が、負担から自信になったのだ。そしてそんな司をいのりは自分のスケートで幸せにしているという自覚として芽生えた。
そこへ来てこの枕営業というのは、いのりが不足していると言われたようなものだ。
さてどこから解決したものか、
「枕営業っていうけどさ、司くんは男だし……」
こういう時、洸平はいのりとちょっぴり相性が悪い。
「でも夜鷹さんも男じゃないですか!!!」
「しーっ!!」
「司先生は私の引退の後もずっと、私が幸せにするんです!毎日好きなだけスケートを滑ってくれて、ご飯もいっぱい食べさせてあげます!」
「いのりちゃん!?」
「許してたまるかぁ!理凰君も許さないって言ってました!司先生は私んだよ!」
いのりはそれはもう悔しかった。もちろん雪や総太も腹を立てていた。
『じゃあ、実演するね』
『わーいっ!』
明浦路司は30歳を越えている、何ならそろそろアラフォーも見えて来た。
今回の振り付けは教え子であるいのりが女子大生なこともあり、ゆったりと女性らしい優美さを取り入れたものだ。
これはアイスダンス選手でもあった高峰瞳の得意で好むところでもある、子供の選手が多いルクス東山ではなかなか作れなかった振り付けなので張り切ってしまったそう。
まだ見ぬ相手を想って夢見るようなステップ、恋のなんたるかはわからないけれど憧れ、ときめき、草むらの白い花のような可憐さ。
それを司は186cmの体格にもかかわらず完璧に演じ切って見せた。
リンクを同じとする名城クラウンヘッドコーチ、竜宮アキラは最近手放せなくなった杖をリズミカルについて、
彼のスケートは本当に、いいよねえ、踊りたくなるねえ、と手放しで褒めた。
それをナッチンがいやぁ、ミケ太郎もあれぐらい踊ってくれんかなぁ~とソワソワ。
竜宮コーチがナッチンが褒めたからというわけではないが、それを聞いていたルクス生徒達はドヤ!と鼻を高くしたものだ。俺達わたしたち僕達の先生、上手!
いのり加入前のルクスは良くも悪くもパッとしないクラブだった。
よくも、というのはガツガツギスギスしていない、わるくもというのはどこかお教室みがあったということ。
だが雪は本気でシングルの選手を目指していたし、総太だってゲームゲームと言いながらも別に負けたいわけでもなかった。
だから周囲から「あそこは勝たなくてもいいクラブだから」と言われるのには不満を持っていた。
そこにいのりと司が現れたことによって変化があった。
数名、こんなつもりじゃなかった、もっとのびのびやりたかったと辞めた人だっているのも事実だが。
明浦路司の指導は厳しい、ぶっちゃけていえばつまんない、基礎すぎる。ジャンプとかスピンばっかりやらせてほしい。
子供のモチベーション管理というのは非常に難しい。
だがそれも中学生になったあたりだろうか、ふっとその地道な基礎練習が『役に立っている』ことがわかるタイミングが来る。
ギターでコードがおさえられずつまんね~~と言っていたのに、ある時ジャンと鳴った時の喜びに似ている。
現金なもので、わかるとさらに楽しくて、楽しいとさらにうまくなるものだ。
不人気だった司のレッスンはそうして今ではそれなりに人気が出ていた。
まあ「あの」結束いのりちゃんと同じレッスンを受けたい!からの、思ってたんと違う……のくだりは今も多いんだけど。
ともかく、ルクス生徒の多くは司を評価している。
過去地道なレッスンをダルがった経験があるし、周りから司のレッスンを基礎ばっかりとかあの人実績ないんでしょ?と言われるのもわかる。
だがそれでも、司がひとたび踊っているところを見ればそんなの!ふっとぶはずなのだ。
この間なんか、いのりを目指してクラブに入った小学校低学年の女子に頼まれて花の妖精を踊った時なんかもう、すごくよかった。
文字にしてしまえば「女児向け」だった振り付けも大人が本気で踊ればこんなにかっこいいし、かわいいし、素敵なんだ。
雪はリンクサイドから聞こえてくる、「きれいねえ」が好きだった。そしていのりも好きなのを知っていたので、「さっき司先生、きれいねって言われてたよ」
いのりより3歳年上の雪は社会人になる、選手としては引退した。けれど今もこうしてルクスでレッスンを受けていた。
しかし。
動画ではいのりのための実演に、美しいスケートに、あろうことかバラエティ番組みたいな効果音やテロップを足した、盛った。
いわゆるステレオタイプな言いかたをすれば『オネエ』のような扱いをしたのだ。
186cmムキムキの男性が可憐に踊るのをおもしろおかしく編集した。どころかそれを『男を誘うエッチなダンス』と定義した。
少女の可憐な初恋への憧れも、ムキムキが「あらン、いい男!」と変わりがないらしい。スパイラルは脚をおっぴろげているし、イーグルはチンコを突き出して、複雑なステップはクネクネして……
この野郎。『抱ける』何が抱けるだこの野郎。
生徒達が怒るのも無理はない。もう5年も前、いのりがJGPFで中国に行った時のことである。たまたまホテルのジムで世界的トレーナーが司と親しくなり、インスタに上げたショート動画。
それは日本語じゃなかったので、インターネットトンチキ翻訳がついた。
結果、『とんでもないエチエチコーチ』として司は不本意にバズってしまった。その時もまあ、腹が立ったけど。
ようやくいのりちゃんのコーチとしてだけでなく、スケートが本当にうまいアシスタントコーチとして有名になって来たのに。
先生がまたしても笑いものにされている。
いのりは悔しかった。司が有名になるのなら、最強最高の結束いのりを導いたことと、一番きれいなスケートを滑る人だということであるべきなのに!
『有名枕』
「ねえ」
「わ!はい?」
夜鷹は突然世界に現れて司に声をかけた。いや、世界にはずっと夜鷹はいて、この広いリンクを縦横無尽に駆け回っていた。
あるのは氷と夜鷹だけ、そんな世界のはずだった。
「いまのなに」
司が踊るのを止める。
「あ、見てました?うわあ」
司が顔を赤くした。
「いまのなに」
「えっと……」
「僕の貸切で、どういうつもりなのかな」
僕の貸切。
『僕の貸切』とは。
夜鷹は今も週に最低4日、深夜に2時間の貸切枠を確保している。
以前は週に5日以上、4時間だった。減った理由は二つ。
まず、狼嵜光の側に戻ったこと。コーチとしてではない、どうしたって導く存在にはなれない。、
ライリーは『じゃーあ、おまもりなんてのはどうですか』とあっけらかんと笑った。『おもり』と『おまもり』は同じく『お守り』と書く。
夜鷹純に、不運を退け幸運を授ける存在になれと言ったのには恐れ入る。
週に数回、光の練習を『見守る』のが仕事だ。実演することは減った、考え方や学び方を言葉で説明する、これが非常に難しい。
現在の光の拠点は東京である、なので夜鷹は名古屋の自宅から東京に『通勤』していた。
コーチに復帰したわけではないという戒めもあり、東京に居を移していない。
もうひとつ、夜鷹純の体にも衰えが始まったからだ。時間短縮に加え休養日を必要とするようになった。
ある時、その貸切枠を夜鷹は慎一郎に伝えた。
『いつでも、遊びに、来て』
遊びへの誘い方ひとつ下手くそな親友を慎一郎は笑いはしなかった、そして、彼がきっと求めているもしくはこれから求めるであろう言葉を返した。
『明浦路先生も誘っていいかな、純くん』
『……べつにいいよ』
純は顔を逸らした、もうずっと丸みのない頬に、あどけなさを慎一郎は感じて微笑む。
そうしてとある夜、三人がまた揃った。夜鷹は重々しく口を開く。
『僕はもう、当たり前には4回転を跳べない』
慎一郎はその言葉の重さを、すべてとは言わないが少しはわかるつもりだ。
明浦路司の誠実を慎一郎は信じている、だが、頼むからこの親友の氷の花園を踏み荒らさないでくれることを祈った。
そこに明浦路司を招いたのは慎一郎である、でも、だから。
『見てください』
夜鷹の答えを待たず、司が滑り出した。靴は慎一郎から借り受けたものではなく、安物だがシングルのシューズを履いている。
跳んだ。
余裕のある2Lzを司は跳んだ。
もう跳べないと言った人間に対して、ジャンプを跳んで見せる?それは――慎一郎は動揺した。
しかし司のその表情は真剣そのもので、食いしばった歯のせいで頬が固く締まっている。
慎一郎の動揺は一瞬だった、司のジャンプにどこか見覚えがあったからだ。
見覚え?明浦路司はアイスダンスの選手だ、そしてコーチである。
では、何に、
夜鷹が答えのように滑り出した。
『……目を離してもいいよ』
わざわざ司の横を通りすがる、くちびるをほとんど動かさずに夜鷹は言って、助走に入る。
シャッ、とブレードが氷を切りつける音。
司はほんのわずか、睫毛が震えるくらいかすかに目を細くした。
夜鷹が転ぶとわかったからだ。
大きな音を立てて夜鷹は転倒した。転倒が上手い、ブレードや脚を傷つけないように転がる。
黒い練習着は白い氷の破片にまみれた。
司は目を逸らさない。
目を離してもいいなんて言うから!でも、言われなくたって見た。
司は夜鷹純という理想だけではなく、現実も愛したいからだ。
慎一郎は純の転倒を痛ましくは思ったが、彼に過去見届けてもらったぶん、今度は自分の番だと思っている。
夜鷹は悔しがる素振りも見せず立ち上がって再度跳ぶ、手をつく、両足で着氷する。
四度目で彼の代名詞とも言える4Lzに成功した。
三度目の正直を通り越し、四度目での成功という冠は夜鷹純にふさわしくないだろう。
けど、夜鷹純は人間であることも、ジャンプも止めない。そう言う答えだった。
「……見た?」
「はい!」
司は叫ぶように答えた。夜鷹は少し、安堵したようだった。
転倒するたびに夜鷹の練習着に付着していた氷の破片は、あっという間に溶けて消える。
夜鷹のからだに血が通い、熱を生み出しているからだ。
司はある物語の一節をどうしても、夜鷹に重ねてしまう。
今でもまだ燃えています。
そうして夜鷹は、司が夜鷹の貸切へ立ち入る事を許した。
司にとってそれは、かつて焦がれた『好きなだけ氷に乗れたら!』という願いが叶ってしまった瞬間でもある。
今更!と思わないでもない。
ところで夜鷹は後になって「まあ、あれがなれそめみたいなものかな」と言った。
なれそめ!?そんな言葉が夜鷹の語彙の中にあるなんて。
「今の何」
気安くなったということばがあるが、夜鷹は気高いまま司に親しんだ。ありていに言えば距離が近い。司はかつて理凰と慎一郎を距離感親子一緒!と感じたが夜鷹もまあまあ近い。
「ちょっとネットで見て、真似してみたんですが……ヘンでした?」
「下品」
手短に夜鷹は答えたが、その声にはざらつきがあった。
「あは」
司は夜鷹へ答えずに行ってしまった。教え子のステップシークエンスをひとつひとつ確かめている。
もう、さっきまでのベタベタ苛立たせるような踊りではない。ふんと夜鷹は鼻を鳴らした。
はるか昔、荒魂を巫女は神楽舞でもって鎮めたというが、司のスケートにはそうした慰撫の力があってもおかしくはなかった。
だがその神楽舞は抑え宥めるだけでもなく、人を掻き立てることもできる諸刃の舞だ。
かぎりなく同じ形をしているのに、ふしぎと夜鷹のスケートとはそこが違う。
時間を短くしたこともあって、夜鷹は氷の上で立ち止まる事はほとんどない。
ちょうど慎一郎がタオルをとって氷に戻ってきたので、そちらへ足を向けた。
すっかり真っ白になった頭の親友は近づいてきた純に優しく問いかける。
「純くん?どうかした?」
「彼、下品なスケートだった」
細い顎をしゃくって、夜鷹は不満を述べようとして、口をつぐんだ。子供っぽいふるまいだったと気づいたからだ。
ムス、話しかけておいて黙った親友を慎一郎は気にしない。
「下品?」
「うん、そのまたうちやるんじゃない、」
「明浦路先生が?」
慎一郎がそれとなく見ていると、しばらくしてから司は夜鷹が言ったであろう下品な踊りをし始めた。
腰つきをぐねらせ、肩を狭く竦め、
そういう振り付けはある。たとえば女詐欺師の振り付けや、町一番の色男のような――
セクシーと下品の差はいつも芸術論の的になる、だが、これは明らかに下品に寄せている。
慎一郎がうわ、と思っていると、頬に視線を感じた。純がこちらを見ていた、頷く。
とうとう純が我慢ならなくなったのか、司の側に音もなく近づくと、パァンとその突き出された尻を手袋をした手のひらで叩いた。
夜鷹純は言葉が得意ではない、説教はめちゃくちゃ長文になる癖に!と司がぶーたれるぐらいには。
癇癪的コミュニケーションと慎一郎と司は呼んでいる、それは主に司へ向けられる。
尻を叩く、顎を掴む、腰を引き寄せる、などなど、
ふたりのあいだには何かがあるんだなレベルではない、純から時に驚くほど包まない言葉で告げられるから。
たとえば、キスだけでわあわあ騒がれて困ってる――など。
純くん!!あのね!!
時と場合を選ぶんだよ純くん。慎一郎はもう両手以上には言った。
だがかえって、最近ではいよいよ堂堂と夜鷹は司にそうしたことをしかける。
パァン!
右の頬を打たれたら左の頬を差し出しなさいととある聖人は説いたという。
夜鷹純は明浦路司の左の尻を打って、右の尻も打つ。
パァン!
「いった!」
「下品に踊るなと言ったはずだよ」
「見られてた……」
明浦路司はわりに図太い。たはーと頭を掻いていると、慎一郎もやってきて、お尻をぶっちゃ駄目だよ、と40歳を越えた男にそんなことを言う。
「さっきの、エロかったですか?」
「下品、さっきも言ったよ」
「はい、慎一郎先生、どうですか?」
私に聞く!?慎一郎は親友の手前、同じ言葉を選んだ、
「煽情的で、はい、下品……な部分もあったかと」
「うーん、ですよね、こういうのが有名枕のチン媚びエチエチダンスだよな……」
「は?」
「は?」
いまなにか、すごい言葉がでてこなかった?慎一郎ですら、「は?」と言ってしまった。
「……有名枕のチン媚びエチエチダンスってなに?」
「枕とかチン媚びとかエチエチとか言わないでください!」
「君が言ったんだよ」
純が手のひらをかざした、右にも左にも一発ずつくれてやったがもう一発くれてやる必要がありそうだった。
「いくよ、君のイタリアン」
君のイタリアンとは、サイゼリヤのことである。深夜まで営業している。
なお俺の~から始まるカジュアルレストランチェーンとは全く関係はない。
「ハァ……それでインターネットできみは自分が性的に消費されるのを良しとしたってこと?呆れるな、そんな不純な注目を集めている人間が健全な演技指導をできるとでも思っているのか、どう考えても悪影響だ」
出ました怒涛の長文説教。
おお……慎一郎はいっそ感心してしまう。慎一郎はドリンクバーから純のためにカフェインレスのハーブティーを持ってきて今テーブルに置いたところだ。ありがとう、お礼は言える夜鷹純。
持ってきたエスプレッソに慎一郎はスティック砂糖を三本入れる。慎一郎はこのじゃりっとしたコーヒー味の砂糖をスプーンで舐めるのが好きだが家ではやらないようにしている。
司はドリンクバーの炭酸水を一口。
テーブルの真ん中にはくだんのSNSが表示された司のスマートフォンが置かれている。
『有名枕さんのチン媚びエチエチダンスがドチャシコな件w(動画)』
気まずい……司はしっとりと汗をかき始めた。
しかし百人一首のように張り巡らせた緊張も解かない。純が癇癪を起してブン投げられる前に確保するために。
「良しとはしていません!ただ、わざわざ反応すると長引くかと思って……リプライ、返信はできないようにしています」
「だから放置した、それは負けじゃないのか」
「勝ち負けっていうか……」
「僕達の時にもインターネットはありましたが、ほとんどはクローズドな掲示板やファンコミュニティの中だけでしたからね……」
慎一郎のとりなしに、純はやや顔から剣呑さをゆるめた。
純や慎一郎が現役だったのはもう、夜鷹引退が20年以上も前で、ノービス時代ともなれば30年も前、時代が違う。
いまや当たり前に携帯電話を持つうえ、誰でも発信でき、世界へ向けて声を上げることができる時代なのだ。
「チッ」
夜鷹は『正しいかどうか』で生きて来た。誰より正しく多く練習し、誰よりも上手になり、そして誰にも負けなかった。
そんな夜鷹にとっては身分を隠して人の誹謗中傷をするような人間は理解しがたかったし、そんな人間に軽率に乗っかる人間にも嫌悪が湧いた。
司は言い訳にもならない言い訳を述べ始める。
「なんかこのチン……えっと、この言葉が妙に気になって、どんな踊りなんだろうって思ってそれでネットでチン……えっと、そういうのを検索してさっき試してしまいました、貴方がくれた真面目な時間にすみません」
「二度とやらないで」
「はい、あと、通報と、それから返信は非表示にします」
「……できるのを知っていてやらなかったということ?」
「すみません!」
一応夜鷹純にも公式Tmitterはある。管理運営は人に任せていて、広報担当が不定期に過去の公式動画等を告知するいかにもな仕事用アカウントであるが。
「ハァ……こんなことにわずらわされるなんて、君は愚かすぎる」
「僕達は幸せだったと思うべきかな、現役時代にSNSがあったら私も少なからず影響を受けていたと思うよ」
「僕はやらない」
そのほうがいいだろうね――言いかけて慎一郎は話を逸らした。
「うちの生徒さんでもSNS絡みのトラブルや悩みは尽きません――カウンセラーさんの定期的なカウンセリングも検討しているところです」
「ああ、うちはトレーナーの美蜂先生がフィジカルの相談を受ける中でそうした相談も多いって言っていて、瞳先生もちゃんとしたいって言ってましたね」
「今の時代スマートフォンを持たせない、という訳にもいきませんしね……」
「実は、いのりさんはお姉さんとSNSアカウントを共有しています。本人は大学生にもなって保護されているのは恥ずかしいと言っていますが……俺はそれがいいと思っています、本当に突然悪意に触れることがありますから」
「そうですね」
そんなことを主に司と慎一郎が話しているうちに、例の、発端となってしまったFSSwebアカウントが深夜にだが更新された、時刻からして予約投稿ではなく手動投稿だろう。
『【注意喚起】
取材先の選手やクラブ関係者に対し、心ない発言、誹謗中傷が散見されております。
今後も続くようであれば法的処置も含めた然るべき対応を取らせていただきます』
ほぼ同時にルクス東山アカウントでも、注意喚起の投稿がされた。
「瞳さん……」
自分が休んでいる間に瞳の仕事を増やしてしまった、と落ち込む司だったが、夜鷹はいらいらと爪でテーブルを叩く。
「きみのスケートは、美しくあるべきだ、僕はそうしたんだから、僕がやるように君もやるんだ」
「はぁ……」
「あの時、君は僕のために跳んだよね」
「……」
「僕は君があの子供に捧げるためのスケートを滑る事を許した」
「ありがとうございます、本当に感謝して――」
「ここできみが滑るのを許したけど、僕以外の他人に媚びるためのスケートは許さない、君は僕に媚びないくせに不特定多数の男を誘う事ばかり熱心なのはどういうことなのかな」
「あふ、えっと、えっと……」
「おや、ちょっと待って、理凰からだ――ん?」
理凰から送られてきたメッセージを読んだ慎一郎は、口元を抑えた。やわらかく笑っている。
「二人とも、申し訳ないけれど、私はどうやら急いで帰って眠らなければいけないみたいだ、失礼、『おやすみなさい』」
立ち上がった慎一郎は1000円札をサッと置いて、別れと就寝の挨拶を述べるとあわただしく帰っていく。
「?お、おつかれさま、でした、おやすみなさい……」
「おやすみ」
その夜、鴗鳥理凰と犬飼総太のTmitterが同時に動いた。
総太のアカウントには仰向けに寝転がった総太がゲーム機を手にした状態での自撮り写真。
理凰のアカウントには眼鏡をはずした理凰が仰向けに寝転がった状態での自撮り写真。
『おやすみなさい #yume_makura』
理凰のその投稿を鴗鳥慎一郎のアカウントが引用した。
『おやすみなさい #yume_makura』
パジャマ姿の鴗鳥慎一郎がアイマスクをし、仰向けにきちんとベッドに横たわる写真。手は祈るように組まれてやすらか。
写り込んだ影と爪先から、撮影者は理凰と思われる。
#yume_makura
ゆめまくら。連呼されていた有名枕をもじっての投稿である。
「ギョッッッホ!!!鴗鳥慎一郎のお寝顔!!!お寝間着!!!!!」拡散
スケオタは素早い、叫んでいる最中にもうフォロワーに届けるための拡散。
「オ゛ッッッ!!」拡散
「父子尊いッ!!ヌ」拡散
「ア」拡散
スケオタの夜は長い。拡散拡散拡散。
そこから、徐々に広がっていく。最初は主に男子スケーターやアシスタントコーチだった。
意外なことに四番手は千羽輪太郎である、
美人の姉ふたりに両脇を固められての寝転び自撮りピース。
#yumemakura #有名枕
千羽輪太郎はネット上では『狂犬』と呼ばれている。
リプライに対して普通にリプライしてくるし、レスバ(トル)だって上等だ。
yume_makuraだけではなく、有名枕の方までハッシュタグをくっつけているところに狂犬の片鱗を覗かせた。
千羽にとってはコーチとして後輩の司は年齢は上でも弟分である、お兄ちゃんとしてイチ早く駆けつけたというわけ。
こうなってくると王仁や雉多もしっかり参戦してくる。
蛇崩遊大も京都から参戦した、レアな部屋着姿にウインク付きである。彼の参戦をきっかけに名古屋以外の地域からも参加者が増える。
鴨川洸平は自撮りが下手である、本当に下手。
しょうがないので休憩室のベンチに寝転がって目をつぶったところを瞳に撮ってもらって参戦した。
ちゃんと瞳も自分の笑顔を写り込ませる。
『なんかスケート界隈が、yume_makuraつけてスヤスヤしてるw』
立派なスケオタになった加護羊は、スケオタアカウントで拡散を欠かさない。
通報と抗議を受けた炎上系アカウントは一旦沈黙した。こうしたアカウントは自分が攻撃しているうちは多弁だが攻撃されそうになると黙る。
引き際を見誤ったいくつかは有名枕明浦地の投稿を続けたが、出元が沈黙したことによって梯子を外されてしまった形だ。
『ツーくんおやすみ~! #yume_makura』
押しも押されぬ有名人、白鳥ジュナが参戦した。投稿時間が11:02というトンチキさ、ベッドなのに着ぐるみというツッコミどころ抜群の投稿である。
ここであえてツーくん、と名前を入れるところがジュナだよな……と洸平はぼやいた。
白鳥珠那の参戦によって東京が動いた。
『みんなたちおやすみ~! #yume_makura』
コトの成り行きを見守っていたジュナ推し公言ライリー・フォックスが寝転び投稿である。
蕎麦殻枕にダルダルスウェットボサボサ頭で眼鏡という、既存ファンを騒がせ新規ファンを獲得する写真はおおいにバズった。
さあ女性スケーターやコーチもオラオラどけどけと参戦していく。もともと枕営業等で叩かれがちだった女子スケーターたちの恨みは骨髄である。
世界一かわいいおやすみ写真が期待された鹿本すずは、蓮華茶の陸トレ中にクラブメンツを輪に寝転ばせて自撮りを撮った。大和絵馬は隣でくすぐったそうに笑っている。
これが身内ノリで使われるハッシュタグであるという意味が薄れて来たあたりで、海外勢等が路上で寝転んで『oyasumi』など上げ始めた。
山の上で、プールの浮き輪で……謎シチュエーションを競い始める。
すっかり意味が擦り減ったころ、狼嵜光が『おやすみなさい #yume_makura』とシンプルに投稿した。
陰湿な炎上には、快活な花火で。
総太と理凰の作戦は、今や二人の作戦であることも、元々が明浦路司への嫌がらせが発端だったことも塗りつぶす勢いだ。
ここにきて祭りに参加できていない、司の周りの主要人物は二名。
ひとりは我らが結束いのりである。
まず、姉との共有アカウントとはいえSNS閲覧をしばらく禁止されてしまった。感情がすぐスケートに現れやすいため母と姉が下した判決だった。
そこでシークレットブラウザとかコッソリ大学のPCを使うとかはしないのがいのりである。
何より、この『#yume_makura』が理解できなかったというのが大きい。
司先生がネットの人に酷い事を言われて、それでみんな、似た言葉を使って全然違う事をして、酷い事がめだたなくなるようにしている。
説明を受けて、そうなんだ、といのりは思った。
でも、それがなに?ともいのりは思ってしまったのだ。
それはそれ、これはこれじゃないの……?
いのりはそうしたところがあった、だって酷いことした人は謝ってなくて、もういいってこと……?
だからいのりは参加しなかった。
そんなことよりも最強になる方が先だから。
最強になったらみんな、司先生の事を枕営業なんて誰も言わなくなる!!ふん!!
もう一人、もちろん夜鷹純である。
彼は親友がなにかコトを起こすと言うので広報担当からはるか昔に貰ったTmitterのアカウント情報をなんとか見つけ出してログインに成功した。
純は決して物持ちがいいタイプではない、容赦なく捨てる。なのになぜTmitterのアカウントは残っていたのか。
金融情報などは『絶対フォルダ』のようなものがありそこに突っ込むようにくせをつけてあった。果たしてそこにアカウント情報はあったわけである。
突然ログイン通知があったために広報担当は最初乗っ取りを疑った。
まさか夜鷹純本人ログインしたとは夢にも思わなかっただろう、明け方にあわてて二要素認証等を確認するハメに陥った。
「……」
理凰と慎一郎の投稿を見て、夜鷹は親友と親友の息子が意図したことがわかった。
司がネット上で性的搾取を含む被害を受け、周囲がその事例をあらわすスラングに別の意味をもたせ、無効化を図っている。
いのりと違い説明されなくても夜鷹にはわかった。
でも、それがなに?と純は思った。
それはそれ、これはこれだよ。
純にはそうしたところがあった、だって彼は傷ついた、傷ついていないふりをしていようが、なかったことにはならない。
だけど。
僕は彼に実際触れることができる。言葉もかけられる。
インターネットなんかやめてしまえばいいのに。そんなことより僕と氷に乗ればいいのに。
だけど。
傷ついていることを知られたくないと司自身も思うのなら、そしてこの試みを喜ぶというのなら。
それを尊重してやってもいいと純は思った。
夜鷹純は結束いのりではなかった。
純は煙草を吸い終えると、司の肩を力強く揺さぶる。
「ねえ」
「……ん……はい……なんですか……」
「写真撮って」
「しゃしん……?」
力尽き、枕にうつぶせになってぐったり眠るかわいい男を純は容赦なく叩き起こした。夜明けはもうすぐそこにいる。
「僕が寝る写真を撮るんだよ、起きて」
「……なんで?」
「投稿するから」
「……なんて?」
皆さんご存じ、このあとインターネットはそらもうどえらい大変なことになる。
とあるスケオタは叫ぶ、ヨダジュン生きとったんかワレ!!
とあるスケオタは笑う、ヨダジュンスヤスヤで草www
トレンドに突如現れた「んかワレスヤスヤで草」ってこれのことです。