長期連載‐2024年 生き抜く
言葉が社会を変えていく【生き抜く】㊾「フェミニズム漫画」
漫画家、瀧波ユカリ(44)。ギャグ、恋愛、社会派の漫画まで幅広く手がけ、国内外で高い評価を受けてきた。それらの作品はジャンルを横断し、一つの信念でつながっている。誰もが生きやすい社会へ少しでも進んでいこう、という思いだ。
大漁旗をデザインした衣装をまとってトークショーに登場、ファンに迎えられる漫画家の瀧波ユカリ=2024年9月、札幌市中央区
■ケアに奔走
「私の人生って何だったの」。2015年、膵臓(すいぞう)がんのため65歳で亡くなった瀧波の実母は、亡くなる数年前にそうこぼした。母として、妻として、誰かのケアに奔走し、自分らしく生きることを後回しにし続けた人生。胸を締め付けるこの言葉が、瀧波を創作へと突き動かしている。
2024年9月、JR札幌駅近くでのトークショーの冒頭、瀧波はこの言葉を紹介した。2024年の「都道府県版ジェンダー・ギャップ指数」(男女の平等度)で、4分野中の3分野が全国最下位だった北海道。瀧波が話し始めると、数十人の通行人が立ち止まり、耳を傾けた。
テーマは「めんどくさいから、始めよう」。例に挙げたのは、夫が流し台に置いたコップだ。夫は言うだろう。それぐらい洗ってくれてもいいじゃん。後で洗おうと思ってた。「それ本当に対等な関係でしょうか。10年、20年置き続けられる側になってみなさいよ」
終了後、同世代の女性が駆け寄ってきた。「父は、母が調子の悪い時でもご飯を作っていることに、何の疑問も持っていないんです」
瀧波は「インタビュアーになってみては?」と提案した。「お父さんは、何が問題なのか考えたことがないと思う。だからインタビューだと思って、冷静に、答えやすい質問をしていく。戦闘的な会話モードをやめれば、お父さんも考えてくれると思います」
他者と分かり合うのは確かに「めんどくさい」。だが、欠かせないことだ。その末に「私の人生って何だったの」というような人生を変えることもできる。
iPad(アイパッド)を使って漫画を描く瀧波ユカリ。線がシンプルで洗練された絵が特徴だ=2024年9月、東京都
■サバイバル
1980年、札幌市生まれ。創作活動の原点の一つは、5歳の時に読んだアンデルセン童話「人魚姫」だ。主人公がふびんすぎることも、王子にとって都合のいい展開も気に入らず、激怒したことを鮮明に覚えている。本に、抗議の文章をひらがなで書き殴った。
7歳から18歳まで北海道釧路市で過ごした。日本大を卒業後、フリーターを経て「臨死‼江古田ちゃん」で漫画家デビュー。自らと同じ就職氷河期世代の主人公「江古田ちゃん」が周囲の人と分かり合えないさまを、自虐を交えコミカルに描いた。社会への鋭い批評が人気を集め、テレビアニメやドラマにもなった。
「漫画は、みんながモヤモヤして、はっきりとは言葉にできないことを表現できる媒体」と瀧波。2021年からはフェミニズムがテーマの「わたしたちは無痛恋愛がしたい」の連載を始めた。
自分らしく生きたいと願う主人公の会社員、みなみは、その恋心を男性に利用されながら20代を過ごす。30代になったみなみが得たものは、知識と言葉だった。全ての経験が糧となり、本当の意味で自分らしく生きる方法を見つけていく。
「『江古田ちゃん』みたいに言いっ放しで終わらない。自分より弱い立場の人を批判して留飲を下げない。この重要さに気付くのに、10年かかりました」。本作は、生きづらさを抱える人たちにささげる「サバイバルブック」なのだ。
iPadを使って漫画を描く瀧波ユカリ=2024年9月、東京都
■一人の人間
「私の言う『痛み』とは、一人の人間として対等に扱われないときに、心が感じる痛みや傷つきのことです」。2024年9月に札幌市で開かれた別の講演会。瀧波は女性たちに語りかけた。「結婚や恋愛の相手から、女とか妻とか母という『役割』として扱われる。育児を押し付けられたり、おしとやかにしているよう言われたり。こうした痛みが、ないことにされている」
主催は北海道高等学校教職員組合養護教員部。聴衆の多くが、いわゆる「保健室の先生」だ。その一人で企画者の谷本典子は、子どもたちが「『女の子らしくしなさい』『男だろ』みたいな教室での指導」に傷ついていることを痛感していた。
女子は運動部のマネジャーなど、男子をケアする役目を期待される。男子は「痛い」と言うことを弱さとみなされる苦しみがある。「社会に出る前に、この男女の関係をいかに解きほぐすか、ヒントがほしかった」
瀧波は中学生の娘を持つ立場から、講演の依頼を受けた。強調したのは、小さな痛みも言葉にしていくこと。「そのとき『こっちだって痛いんだ』と相手の口をふさいではいけない。女性が生きづらい社会は、男性も生きづらい。みんなの痛みが見逃されない社会になるよう、一緒に言葉の種をまいていきましょう」
母から自分へ。自分から娘へ。社会は変わっていく。言葉が変えていく。
北海道の養護教諭らを前に講演する漫画家の瀧波ユカリ=2024年9月、札幌市
【もっと知るために/嫌いになりたくない】
話せばけんかばかりで、距離を置いていた実母。瀧波ユカリがそのみとりの日々を振り返ったのが2018年の漫画エッセー「ありがとうって言えたなら」だ。海外でも翻訳出版され、賞にもノミネートされた。
曲がったことが嫌いで、自他に厳しく、エネルギッシュだった母。64歳のある時、末期の膵臓がんで余命1年と判明する。「あとは私の望むことだけをしてくれればいいから!」と言われ、瀧波は願う。「これ以上、嫌いになりたくない」
瀧波は本人に頼まれ、遺影用の似顔絵を描く。それは、母を許す儀式だったに違いない。
連載中の「わたしたちは無痛恋愛がしたい」も、この社会を「嫌いになりたくない」という思いに貫かれている。絵を描くのだ。好きになるために。
(敬称略/文は共同通信文化部記者・川村敦、写真は共同通信編集委員・堀誠、林昌三/年齢や肩書は2024年12月7日に新聞用に出稿した当時のものです)