日本におけるカウンセリングの第一人者、信田さよ子さんによる現代の依存症の姿を活写する著書『溺れながら生きる 依存とケアのあいだで』(7月29日発売)刊行に合わせて、哲学者の國分功一郎さんと信田さんの対談が実現した。

【画像】「日本的な男らしさ」の象徴だった俳優

 互いの仕事へのリスペクトを公言する二人が、依存症とトラウマ、近代的主体の終焉、阿部慎之助の事件、さらには天皇の戦争責任まで、縦横無尽に語り合った。『週刊文春WOMAN2026夏号』より一部を抜粋し、紹介する。


(左から)信田さよ子さん、國分功一郎さん

阿部慎之助問題に見る「家族」と「責任」

信田 5月に巨人軍の阿部慎之助前監督が逮捕されましたよね。その後のネットの反応を見て、私は本当に絶望的な気持ちになったんです。やっぱり日本には責任主体、つまり「誰に責任があるのか」という発想がどこにもないんだなって。

「あれは暴力じゃなくて躾だから阿部さんは間違ってない。娘が悪い」とか「いや、阿部さんが悪い」とか、誰が悪いかって話にすぐなってしまう。

國分 本来ならば善悪の話ではなく、責任の問題であるはずだと。

信田 身長180センチの男が18歳の娘に物理的な力を行使するのは、間違いなく暴力です。そして、暴力を振るった人は責任を取らなくちゃいけないということです。それなのに、娘の手紙を公開して「皆さん、温かく見守ってやってください」なんてことをやっている。これじゃ責任は宙に浮かんで、見えなくなってしまいますよね。

國分 信田さんはご著書『家族と国家は共謀する』で、家族の領域は国家によって法的に確定されるものだということを指摘しています。日本で国家が家族に介入しなかったのも民法の影響である。だから親から子どもへの暴力は躾、夫から妻への暴力は夫婦ゲンカとされて、暴力とはみなされなかった。

信田 児童虐待防止法ができてから26年も経つのに、まだこんな状態なんです。しかも、阿部さんを擁護する声が湧き上がっている。男性学の用語では「ヒムパシー」と言うらしいですね。暴力やハラスメントを行った著名男性に同情の声が集まることです。

 今回の事件は、まさにヒムパシーが燃え上がったケースなんでしょう。彼の監督復帰を求める署名が3日間で13万も集まったっていうんだから、なんだかクラクラしますよね。

國分 『家族と国家は共謀する』で「家族は無法地帯であった」と書かれていましたが、それをリアルタイムで実感しています。

日本の伝統的男性像は戦争によるものではないか

信田 近年話題になっている戦争トラウマも、家族というベールで覆い隠されてきた問題だと思います。第二次世界大戦のトラウマに苦しむ復員兵たちが、酒を飲んで、家族に暴力を振るっていた。つまり復員兵のトラウマケアを家族だけが負わされていたわけですが、これも夫婦ゲンカや躾とみなされて問題視はされなかったんです。

 戦争トラウマに注目が集まるようになったのは、中村江里さんの『戦争とトラウマ――不可視化された日本兵の戦争神経症』という本が2017年に出版されてからでした。昨年、戦後80年の節目にメディアでもたくさん取り上げられて、ようやく一般的に認知されてきたという経緯があります。

國分 精神医学者の松本卓也さんが、「黙りこくって、酒ばっかり飲んでいる日本のオヤジのイメージがあるけど、あれは戦争PTSD(心的外傷後ストレス障害)ではないか」と言っていて、なるほどなと思ったんです。

 伝統的と思われる日本の男性像にしても、実は戦争とつながりを持っているんじゃないか。ああした男性像が本当に日本に固有のものなのか、戦後に出現したものではないかを歴史的に考えなくちゃいけない。

信田 高倉健さんが演じていた寡黙な男って、戦争トラウマとの関係で読み解けば、人物像がよく理解できますよね。

國分 ひどいケースだと完全にアルコールに溺れてしまうんだけど、その手前の健さんみたいな人が大勢いたんじゃないでしょうか。

信田 そう思います。

笑い飛ばすことによるケア

國分 信田さんの『溺れながら生きる』ですごく印象的だったのが、ザ・ドリフターズの話なんです。『8時だョ!全員集合』に戦争の影響が読み取れる、と。

信田 私の友人の医師が、「日本軍における下士官いじめがお笑いにデフォルメされ、国民がそれを笑い飛ばすことで間接的にトラウマケアをしたんじゃないか」と言っていたんですね。戦争体験を笑い飛ばせるまで四半世紀かかったということなんですけど。

國分 僕は最近、YouTubeで昔のドリフをよく観てるんですね。先日、加藤茶の演じる復員兵がのど自慢大会に参加するコントを観ました。そこで歌われるのが、どれも戦争にまつわる曲なんですよ。

 シベリアに抑留された兵士の間で歌われていた「異国の丘」。戦犯としてフィリピンで収容されていた兵士の思いを込めた「あゝモンテンルパの夜は更けて」。被爆者への鎮魂歌「長崎の鐘」。泣いちゃって歌えない加藤茶をみんなが笑うという。

 これも笑い飛ばすことによるケアだったのかもしれません。僕自身はこういうコントがあったことに驚きましたが。

米国が戦争トラウマを引きずらなかった理由

信田 アメリカでは、1975年にベトナム戦争が終わったあと、復員兵を描く映画が続々と作られましたよね。

國分 小学生だった僕は意味もわからずに観てましたけど、シルベスター・スタローン主演の『ランボー』もそうですね。

信田 映画も作られたし、早い段階でPTSDと診断して対処することも行われたので、日本に比べると戦争トラウマを引きずる度合いは少なかったんじゃないかな。

國分 アメリカは、物語を作ったわけですよね。我々は過去の戦争に勝ってきたけれども、今回は負けたんだと。これは間違った戦争だったんだと。

信田 日本はそれができなかった。だから、加害の否認、責任の否認が現在に至るまで続いているんだと思います。

『中動態の世界』は依存症との出会いで生まれた

國分 僕はこれまでの哲学が前提としてきた、自らの意志で選択し、行動する「近代的主体」像を問い直す仕事をしてきました。そうしてたどり着いたのが依存症です。依存症を通じて、今まで「これが人間だ」と考えられてきたものを批判的に捉えることができると思ったんですね。『中動態の世界』は依存症の世界で仕事をしている皆さんとの出会いで生まれた本です。

信田 おっしゃる通り、依存症の世界では近代的主体像の限界が現れますね。自分の意志で酒を飲んだのに、意志に反してやめられないわけですから。2000年に出した『依存症』という本では、「依存症は、近代の枠組みを崩す主題なのではないか」と書きました。だから、『中動態の世界』の内容は本当によくわかったんです。

國分 以前教えていただいた依存症当事者が使う言葉で、象徴的だと思ったものがあります。飲酒がストップすることを何と言うんでしたっけ?

信田 酒が「やまる」。能動態の「やめる」でも受動態の「やめさせられる」でもなく、まさに國分さんが言うところの中動態なんですよ。

國分 いやー、言語学者に教えてあげたいですね。

信田 依存症の現場では「意志の力でやめる」なんて言ってるうちはやめられない、とよく言われますが、実際、精神科の病院の入院患者さんで、「もうお酒には近づきません。こういう計画で頑張って生きていきます」なんて立派なことを言って退院する人は、1カ月くらいで戻ってきます。

 逆に、ベッドの下にお酒を隠していたような人でも、自助グループに参加して変わることが本当によくある。数年後に「東京〇〇断酒会の会長やってます」とか言って病院を訪ねてきたり(笑)。

日本ではなぜ戦争トラウマが否定されたのか

國分 そんな依存症臨床に触れたおかげで、『中動態の世界』という新しいステップが踏めた。そしてそのご縁で、昨年、信田さんとは「『責任』について考える」という題で対談させていただきました。

信田 日本の戦争トラウマ、そして戦後責任の話も出てきましたね。

國分 日本では戦争トラウマがなぜ否定されたのかも、議題に上りました。理由は、はっきり言って天皇だと思います。戦争の最高責任者が責任を取らなかった、というこの一点がものすごく大きい。これじゃ、しかるべき物語を作り上げることは不可能です。

 そしてそれが戦争責任に日本がきちんと向き合えない戦後の体制を作り出してしまった。最高責任者たる天皇が責任を取っていない。それなのに、戦後の日本は生まれ変わったかのようなイメージが作られた。

信田 日本では敗戦を境に、戦前と戦後の物語のつながりがぷっつりと切れてしまっていますよね。

國分 まさに。昨年、養老孟司さんと対談したんですが、養老さんは7歳で迎えた敗戦のとき、世論が一気に変わったことを覚えていて、「だから文系の人間は信用しない」とおっしゃっていました。「虫はウソを言わないから好きだ」って(笑)。

信田 確かにそうね(笑)。みんな急に民主主義者になって、ものすごい違和感だったでしょうね。

國分 戦後の憲法学でも、明治憲法から日本国憲法に移行した際に法的な革命が起こったんだという「八月革命説」なんてウソが定説になってしまっています。まるで1945年8月に日本が生まれ変わったかのようにずっと語られてきたんですね。

 僕が最新刊の『天皇への敗北』で美濃部達吉という憲法学者を詳しく取り上げたのは、「日本は変わってなんかいない。戦前とつながっている」と例外的に主張した人だったからなんです。結局、こうやって物語を切断してしまったことが、巡り巡って戦争トラウマの放置、長期化にもつながったんだと思います。

※國分さんが戦争責任を考える上でDV加害者への「加害者臨床」から得たヒントや、信田さんが現代日本の「依存症化」などについて語った記事全文は『週刊文春WOMAN2026夏号』で読むことができます。

(後藤 匡宏/週刊文春WOMAN 2026夏号)