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『哀愁でいと』の大ヒット

そんな不安をよそに『哀愁でいと』は大ヒットした。

オリコンでは2位まで上がり『ザ・ベストテン』(TBS系)では1位を達成。なぜそこまで売れたかについては、さまざまな分析が可能だが、ひとことでいえば、大衆がこういうものに飢えていたのだろう。

こういうものとはつまり、ニューミュージックにないもの、だ。じつは当時のアイドルの魅力について、ある小説家がこんなことを書いていた。

「たとえ他人が作った信じられないくらい内容のない歌を、びっくりするくらい下手くそに歌っていても、どうしても“本人”が輝いてしまうところ」

最近、身内の問題で再注目されている吉本ばななの言葉だ。

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これに対し、ニューミュージックはもっぱら「内容」や「歌唱力」で勝負していた。そこがウケたわけだが、そういうものだらけになると、大衆はちょっと疲れてくる。

それこそ、79年に1位になったさだまさしの『親父の一番長い日』は12分30秒という大作。家族愛を小説のように切々と謳い上げた見事な作品ではあるものの、気軽に楽しめるものではなく、その点『哀愁でいと』は2分45秒というコンパクトサイズだ。

田原はその後も3分前後に収まる単純明快な歌をヒットさせていく。90年代初めにインタビューした際、そのあたりを指摘すると、彼自身もアメリカンポップスのオールディーズみたいな短さや単純さ、わかりやすさがよかったのだろうと語っていたものだ。

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【つづきを読む】『「アイドル終焉論」の時代に松田聖子がポスト百恵になれたワケ…河合奈保子にマッチ、80年代アイドル文化を振り返る』

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