愛しい貴方へこの星を
――純さんみたいだなぁ。
夜鷹に司メダルをあげる話。
Xで投稿したものに2ページ目を付け加えたもの。
特に年齢差等考えずに書いたので、細かいところは気にしないで下さい。
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愛しい貴方へこの星を
「それなに」
ほのぼのとした陽気な昼下がり、本日コーチは休業である。そんな明浦路司は恋人の家で何やら折り紙を折っていた。
山折り、谷折り。黙々と折っていく。色とりどりの紙が形作られていく様はある種魔法と呼べるのかもしれない。
隅にはオレンジや黄色のリボン巻きも置かれていて、普段はシックな机が随分ファンシーな有様だ。
「司メダルですよ!」
手元を覗き込む夜鷹に、司は少し得意げな顔でスマホの写真を見せる。この前やったいのりさん誕生日記念の司メダル授与式の写真だ。
満面の笑みを浮かべた彼の生徒、結束いのりが、プレゼントを片手にちょっと特別なピンクのカラーホイル紙で折られたメダルを下げている。
笑顔がGOE+5!と、見る度に思い出してはニコニコしているお気に入りの写真の一つ。司のフォルダにはこんな写真が山程ある。
――いのりさんの成長を俺は何時でも讃えたいからね……!!
そんな想いで事あるごとに作るものだから、司メダルは今や東山ルクスのひそかな名物になっていたりする。
「まぁ、最近は授与しすぎて瞳さんから司メダルに制限出されてるんですけどね……。」
少し寂しそうにしながら話す司に、対する夜鷹はふーんといった顔である。自分で聞いてきたくせに。
手作りのメダルなんかで満足するなんて安い子供だなと夜鷹は思ったが、毎回あの子供に関して口を開くとなぜだか司にこっぴどく撤回しろと怒られるので、賢い夜鷹は口をつぐむことにした。
しかし、ヘッドコーチにまで嗜められるほどとは、一体今までいくつ授与しているのやら。少しの出来事でも大袈裟に喜ぶ司らしいと言えばらしいが。
そんなことを考えている途中、夜鷹はふと引っかかった。
「ねぇ、僕のは?」
「?」
「僕の司メダル」
司と付き合うようになって早数年。
最初こそぎこちなかったものの、過ごすうちに距離も縮まり言葉も気安くなった。その過程で彼のお小言も山のように聞き入れてきた筈だ。
やれお風呂から上がったら髪を乾かせだの、寝る前は服を着ろだの、せめて朝食くらいは一緒にとってほしいだの。
細かいものを挙げればきりが無いが、おかげで夜鷹の風呂上がりの髪はサラサラだし、寝る前には質の良いシルクパジャマを着用し、朝起きて同じ朝食を……とまではいかないが、稀にカップスープを飲むぐらいには変わった。
はじめてスープを口に含んだ時には、司は感動のあまり涙を流したほどだ。
かなり譲歩してきたはずだ。実際に司もよく純さんえらい!すごい!などと口にしているのだし、あの子供と同じとまでいかなくともメダルを貰う権利はあるはずだ。
それなのに一度も貰った事がないというのはどういう了見なのだろう。
夜鷹は思う。別にそんなに司メダルとやらが欲しいわけでもないが、あの子供が貰っているのに恋人の僕が貰っていないのは気に食わないな、と。
そんな夜鷹の言葉に司はピシリと固まった。
――え、あの夜鷹純が司の手作りメダルを欲している?あの全ての大会で金メダルを取ってきた夜鷹純が?
司は思わず想像する。夜鷹の首にかかる、見るからに紙で作られた安っぽいメダルの姿を。思わず両手で顔を覆った。
「む、無理です……」
「は?」
想定外に低い声。
司はビクリと肩を揺らし、指の隙間からチラリと覗く。
――まさかあの子供にあげて、僕にはくれないなんて言うんじゃないよね?
そんな圧を感じるジトリとした視線から逃れる様に、司は手元にある紙たちを見やる。
赤、青、黄色。無邪気なカラフルさは確かにそれ自体は綺麗だし、ひとつひとつ想いを込めて折ってはいるが、夜鷹純という男には絶対相応しくない……。
司はオタクをだいぶ拗ねらせていた。
「だ、だって、金属でも何でもない折り紙のメダルですよ!?あげたいのは山々ですけど、流石に本物の金メダルかけてきた人に渡すもんじゃないでしょ!!」
「それは君の勝手な主張だよね?今までの行動を鑑みれば僕にも貰う権利あるはずだけど。」
思わず上げた言葉たちも、即座に打ち返されては意味がない。
……言われて見れば確かに。いや、納得してる場合か、クソ、こんな時だけ饒舌になりやがる、この正論お化けが……!でも、せっかくの恋人からのお願いだし聞き入れてあげたい気も……!!
拒絶と受容。司の中で二つの思考がせめぎ合い、結果、唸る様に声を絞り出した。
「せめて、せめて1週間待って頂けませんでしょうか……」
「……」
苦い顔で深々と頭を下げた司に夜鷹は無言でコクリと頷く。
なんだか流れで強請ることになってしまった。別にどっちでもよかったのだが、余りにも無理!といった感じの司に夜鷹は思わず生来の負けず嫌いが発動してしまった。まぁ、うん。面白そうだし黙っておこう。
そんなこんなで、司は夜鷹に手作りメダルを送ることになったのである。
静かな店内に温もりのある紙たちが理路整然と並んでいる。触って分かるようなサラサラしたものから、画用紙のようにボコボコしたもの、模様を透かした目に楽しいものまで種類ごとに並べられていて、読書好きの一市民としては心が躍ってしまう。が、今回の目的はこれではない。
頭を切り替えるように振る。
数日後の午前中、コーチ業が午後からなのをこれ幸と、司はペーパショップを訪れていた。あの夜鷹純のメダルを作るのだ、生半可な気持ちで選んだ紙では自分が許せない。そう思った司はまず紙選びから始めることにしたのだ。
店員さんにも聞いて、金色の紙をいくつか紹介してもらう。
ホイル紙も良いけど純さんに宛てるにはちょっとな……。もっと上品な紙……繊細なパール入りの紙は見様によっては氷の粒にも見えるかも。でも少し惜しいなぁ……。
どれも綺麗であれこれと見比べては考えてみるものの、なかなか決定打になるものが見当たらない。
結局、ありがとうございましたの声を背景に店を出る。思ったよりも難航しそうな気配に、意識外でため息がこぼれた。
ネットの選択肢も考えたが、せっかくなら実物を見て選びたいとショップを選んだ。しかし、こだわりが強すぎるせいかなるほど意外と難しい。また今度別の店も調べて行ってみるしかないだろうか。
いつもとは違う慣れない道をうろりうろりと悩みながら歩く。と、視界の端がチカリと光った気がした。反射的に顔をあげてそちら側を見ると、正方形の小さなショーケースにキラキラとした夜色の万年筆とインク、レターセットが並べられていた。
近くの看板によれば夜空をテーマに商品を集めた雑貨屋さんらしく、入口頭上にかかる星屑たちのサンキャッチャーが太陽の光を反射して輝いている。どうやら光っていたのはこれらしい。
セレクトショップ。なるほど、それは思いつかなかった。レターセットもあるなら他の紙物も売っているかもしれない。司は少しの期待と共に、吸い込まれるように深い青色の扉に手をかけた。
カランと控えめにドアベルの音が鳴く。
雑貨屋らしく物たちが密集した小さな店内には、そこだけの不思議な世界観が満ちていた。少し薄暗い照明に外界との隔たりを感じて、さながら異空間といった感じだ。
午前中ということもあってか人影は少なく、BGMのない空間に自分の立てる衣擦れの音まで気になってしまう。妙な緊張感漂うそれがいつも通っている図書館のようで、司には逆に好ましく思えた。
正直なんとなしで入ってみたが当たりだったかもしれない。
商品棚を眺めつつ店内を周る。店主の趣味なのか、時々値札もない地球儀や惑星の模型が飾ってあった。
そんな中で角近くの棚にショーケースにあったものと同じレターセットが目立つように置かれている。売れ筋なのか、他と比べて在庫も沢山用意されていた。でも、司の目を奪ったのはその隣に平積みされたものたちだった。
小さなラメのホログラムが上品に入った、夜明け色を切り取ったようなネイビーから金色へのグラデーションの紙。
どうやら星空をテーマにしたハンドメイドのデザインペーパーらしく、他にもいくつか星空をイメージした紙が入っている。
――純さんみたいだなぁ。
直感的にあの人を想い起こすぐらいにはぴったりだった。それに……ビニール越しの金色が照明の角度で輝きを変える。
明け方の太陽の色に、俺の部分がはいってるな、なんて司は思ってしまい、ますます目が離せなくなってしまった。
せっかくだから作ってる所が見たいと言われて、次の休みに司は再び夜鷹の家を訪れた。
何時もより感情を込めて折るからか、自然と手つきもゆっくり丁寧になる。作る手順はいつもと同じはずなのに、なんだか視線がちょっぴり恥ずかしい。
山折り、谷折り。
手をかけながら、司は今日メダルを贈る彼のことを思い起こしてみる。家に入った際の『おかえり』はいつから言うようになったんだっけか。
髪を乾かす彼も、パジャマのボタンを止める彼も、朝にカップスープを小さな一口で飲む彼も。ちょっと前までこの部屋には存在しなかったであろうものたちだ。
日常のさり気ない部分に自分が居ることに、司の心の柔い部分が掻き立てられる。多分これが嬉しさというやつだろうな。
「何考えてるの」
くふくふと笑う司の表情が気になったのか、夜鷹が顔を覗き込んで尋ねてくる。貴方のことですよ、なんていうのは恥ずかしかったので、なんにも言わずにふにゃっと微笑んでおいた。
金のラメペンで文字を書いた夜明け色のメダルに、手芸屋さんにも行ってこだわって選んだ赤色のシルクリボンを付ければ出来上がりだ。
せっかくだから首にかけてあげよう。今だけは恥ずかしさってやつには暫し退出してもらう。
司は人からよく大きいと言われる声で浮かれた得賞歌を口ずさみ、夜鷹に頭を少しさげてもらった。
首に赤いリボンがかかり、そこから下がる夜明け色が室内灯を受けてキラキラと輝き、彼の胸元に居座っている。
「純さん、俺にスケートをくれてありがとうございます。」
いっぱい、いっぱい言いたいことはあったけれど、やっぱり最初に出たのはこれだった。
「……なんで君がお礼いうの」
――君が自分で選んだんでしょ。
そうこぼす目の前の愛おしい身体をぎゅうと優しく抱きしめる。かつては憧れの形をしていたひとを。
――ああ、俺こんなに近くにいけるようになったんだなぁ。
そっと背中に回り込む不器用な手に改めて実感する。
この人を見つけて、スケートの世界に入って。追いかけても追いかけても欠片も捕まらなくて、見失いそうになった先で別の星を見つけて、そうしてまたこの人に出会った。
理想の形とは程遠く、でもかつての自分の選択を蔑ろにはしてくれない。そんな優しさが幸せだった。
「……ねぇ、今度折り方教えて。僕も司に贈りたい」
この人が作るメダルはどんなだろうか、司はそんな事を考える。きっと、どんなに端がよれていてもケースに飾って大事にしてしまう自信がある。だってあの夜鷹純のメダルなのだ、世界で一番愛おしい人からのメダルなのだ。
「いいですよ」
そう言って司は微笑んだ。
様々なメダルが並んだショーケース、年代順に並べられたその一番最後に夜明け色のメダルを並べる。
金属が硬質に輝く先客たちに比べて紙のそれは実に不釣り合いだったが、持ち主にとっては一番輝いている様に見えた。
よく見れば真ん中には金色の文字でこう書かれている。
『愛しい貴方へこの星を』
見返しては思わず緩む口元に、夜鷹は新鮮な驚きを得る。全く、本当に僕も変わったものだ。
今までのメダルだって証明への軌跡ではあるのだが、手作りのメダルごときでこうも気持ちが違う。変わっていくことをうれしいと思えるのは、きっと司の影響だろう。
ふと、最初に見た満面の笑みの結束いのりの写真を思い出した。
「安っぽいって言ったけど……たまには撤回してあげる。」
そう言って夜鷹は部屋を後にした。