『みいちゃんと山田さん』とSNSフェミニズムは極めて近い主張をしているのになぜもめているのだろうかという疑問
『みいちゃんと山田さん』のアニメ化反対署名をしている人たちを見た時、まず不思議に思ったのはタイトルのようなことでした。反対署名運動者の多くはSNSフェミニストのアカウントであったのですが、『みいちゃんと山田さん』はふだん彼女たちが主張しているようなことに極めて近いメッセージを打ち出した作品であると感じたからです。
・性産業に従事している女性の中には、自己決定能力に欠けた女性がいる
・彼女たちは本来福祉につなげるべき存在である
・男性たちは彼女たちに対する加害者である
これらが『みいちゃんと山田さん』という作品の基調であることは認めてもらえると思いますが、近年「性売買の禁止、買春客の処罰を」と主張しているSNSフェミニストの主張とこれはほぼ同じです。
『みいちゃんと山田さん』の作者が以前、夜職推奨、パパ活推奨漫画を描いていたことは良く知られており、今回の批判点にもなっているわけですが、そもそも『みいちゃんと山田さん』はそうした過去の作品からの「転向」をはっきりと打ち出した作品であり、そのために作者はこうしたエッセイマンガも発表しているからです。
みい山アニメ化への反対意見で、作者のこの漫画を出して「バズればいいと思っている」「こういうメンタリティで描かれたコンテンツ」とか騒いでるのが散見されるが…
— やすはら (@yashar_tw) July 27, 2026
絶望的に漫画を読む能力が足りてないんだな…としか思えん🙄 pic.twitter.com/l0hjjnl10C
これは今はもう削除されている旧アカウントにアップされたエッセイとのことです。
「今まで私が描いていた作品は、お金のために業者に描かされていました。これから描くものは今までと違います」と、作者は突然宣言したわけです。このあたりの、「男に描かされていました、自分の意志ではありませんでした」という主体性のリセットも見事にSNSフェミニズムの理論を踏まえている。実に鮮やかです。
「何を言っているんだ、私たちは『みいちゃんと山田さん』の中の障碍者に対する差別的な表現に怒っているのだ、これはフェミニズムとは相いれないものだ」
という反論があるかもしれない。この投稿のように。
みい山アニメ化に反対してる人たちを叩いてるネトミソたちってみい山をちゃんと読んだことがなさそうだけど
— 美樹 (@mikkin20230601) July 28, 2026
本来ネトミソとか弱男と呼ばれるような人たちこそ反対した方がいい内容なんだけどね。
ツバサとかシゲオとかどうやってアニメで描くの??… pic.twitter.com/77BwN8SRa0
「ツバサくん」というのは4巻で登場する、デリヘルの買春客です。買春の金は母親が払い、ほとんどコミュニケーションが取れない。買春中に主人公のみぃちゃんに暴力をふるう。6巻で再登場した時には、母親に連れられて入ったパン屋のパンを勝手に食べてしまい、窒息死しそうになる。「このような障害がある」と作中で明示されてはいないが、多くの読者がツバサくんを「障碍者だ」と思っている。読者がそう思うことも当然作者は計算しています。
差別的だ、と言われれば確かにそうだと思います。だが、それでは次の投稿を見てほしい。
めちゃくちゃ難しいけれど、特に知的障害の人に対しては「人となりや普段の言動をよく知っている家族などは彼(彼女)が人に危害など加えない」ことなど知っていても、「それは他の人にはわからない」「その人個人はそうでも、同じ属性の別の人も同じだとは言えない」ということだと思う。(そういう意… https://t.co/JrpTgOVOwG
— しお (@sodium) January 23, 2024
こないだ、駅で30代くらいの大柄な男性が、気づいたら後ろにぴったりくっついてきて、ウ~ウ~って唸ってたって話をしたけれど、あれだって人によっては「危害」と受け取ると思う。…
— しお (@sodium) January 23, 2024
たぶんnoteでは一部しか表示されないと思うのですが、「さらに表示」をクリックすると恐ろしく長い全文が読めます。
この投稿は「家の近くに障碍者施設ができるのだが、男性障碍者による加害が心配だ」という反対論に対して、2万人のフォロワーを持つ代表的なフェミニストアカウントの1人が投稿したものです。読めばわかりますが、
(引用)「私も、必ず電車のホームの端には立たないようにしてるんだけれど、それは昔使っていた駅で、知的障碍者にホームから突き落とされて亡くなった人がいるから。 あと前も言ったけれど、3~4歳の頃に性被害に遭った(レイプ未遂)相手の男児(当時5~6才は、おそらく何かしら障害がありその後支援級みたいなところに入ってた。 同じ中学にいた知的障害(もしくは自閉症)の男子は、男の先生を血まみれにするくらい暴れる子だった。(うちの母が血まみれでその子の下校を手伝ってる先生をたまたま車で拾って送り届けたことがある)」(引用終わり)
というような内容の投稿で(本文はもっとたくさんいろいろ書いている)、障碍者施設に対して近隣住民が懸念を示すのは当然である、という主張が、(そういう意味ではトランス女性の女性スペース利用問題と似ているかも)(原文引用)という付記とともに書かれている。
もう一度言いましょう。これは「Xのフェミニストの中のきわめて著名な人物が打ち出し、ほとんど同じフェミニストからの批判や反論がないまま(批判の多くはフェミニストに批判的なアカウントからでした)1000RP1000いいねされた投稿」です。そして驚くべきことに、この『「何かされたら」「トラブルが起きたら」という不安に対しては、『「何もしない・トラブルを起こさない」ということを、かなりしっかりと証明しないと信頼を得られないのは仕方がないと思う』(原文引用)と書いて1000いいねされた人物が、今回の『みいちゃんと山田さん』アニメ化に対して「この作品は障碍者に対して差別的である」と反対する運動のトップアカウントの一つでもあるわけです。
はい。
「障碍者施設を建てるな、あいつらは私たちを襲うから」
などという、ド直球の主張を現実の障碍者に対して主張しているまさにその人が、フィクションの作品に対して「偏見を助長する」と放送中止を要求し、しかも周囲のフェミニストはまったくその矛盾を問題にしないわけです。
あなたは思うかもしれません。こういう人はきわめて一部なんじゃないの?と。しかし、SNSで売買春違法化、買春客処罰の論を見てきた人は知ってると思いますが、「知的障害者に加害された」というのはSNSのフェミニストアカウントが極めて頻繁に繰り返し、そして爆発的に何度もシェアされるナラティブの一つです。およそ知的障碍者男性ほど「家父長制」から遠い存在はいないはずなのですが、SNSのフェミニストはなぜか激しい憎悪を彼らに向け、彼らに自由に街を歩かせてはいけない、という主張を繰り返します。上記のアカウントがそうであるように。
『みぃちゃんと山田さん』の作者は、そうした「SNSフェミニズムの論調」をきわめて優秀にマーケティングしています。もともとこの作者のストーリー手リングというのは前作のころから「夜の街の実体験」などではなく「SNSの潮目、ミームやクリシェを読み、それを作品にまるごと載せる」というネットマーケティングの手際に本質があるのですが、『みぃちゃんと山田さん』でマーケティングされているのはそうしたSNSフェミニズムの嗜好なわけです。
福祉界隈から言わせてもらうと
— かわなんとか(カワナ=N=トーカ) (@kawananikasann) July 29, 2026
「みい山」の悪影響が感化できなくなったのはツバサくん登場以降だと思う(2025年おわりくらいか?)
・知的障害者は性欲満々で容易に近親相姦する
・知的障害者の家族は暴力されレイプされる… https://t.co/skIY1WNomU
この投稿よれば、ツバサくんが作品に登場するのは2025年後半。上記の障碍者に対するフェミニストの投稿は2024年ですから、こうしたSNSフェミニズムの動向はほぼ間違いなくマーケティングされていると考えられます。つい先日もSNSで「なぜ性売買で買う男は透明化されるのか、買春男の醜さを描いた漫画を出せ」という投稿が回っていました。言うまでもなく『みぃちゃんと山田さん』がそれなのですが、100%とは言わないまでもまあ7割5分くらいはSNSフェミニズムの被害者主義と男性憎悪をそのまま取り込んでいる『みぃちゃんと山田さん』は、なぜかその元ネタであるはずのSNSフェミニストから猛烈なアニメ化反対運動を受けています。
しかし、それでは抗議側はなぜ、内容として自分たちの主張にきわめて近い作品にここまで抗議しているのでしょうか。
1・単純に作品をロクに読んでおらず、空気に合わせている
2・表で放送中止を要求する運動と同時並行で「作品に助言する専門家」を送り込む戦略を取っている
3・ネットで「みぃちゃん」とアンチフェミニストにからかわれた怒りが作品に転移している
4・男の弱者を悪く描いたのは別にいいが、女の弱者も悪く描いているのでダメだ
1234どれもあると思います。地味に大きいのは3かもしれません。「ネットの喧嘩でキャラの名前が使われたってそれ作品と関係なくない?」と普通の人は思いますが、ネットの経験は運動への心理的な影響としては大きく、過去には『幸色のワンルーム』などもネットの対立が放送中止運動の火種になったことがありました。
しかし、これは筆者の予想ですが、そうした対立は解消されるのではないかと思います。前掲したようにこの作品は明らかにSNSフェミニズムの論調を取り入れた作品であり、アニメ化に対してもさらにそちらに寄せることによって「弱者である女性の性被害、性産業への批判をこめた作品だ」という方向にシフトすると思いますし、実際すでに何人かの大学教授が支持を表明しています。売れている作品はみんな味方になりたがるのです。「こうしたリベラルな価値観がこの部分にあるからこそこの作品は大衆に支持されたのだ」と、おじさん大学教授はここぞとばかりに乗りたがります。
この作者、そして担当編集者(担当も女性であることが作中の謝辞でわかります)は極めてクレバーに「転身」を進めている。おそらくリベラルメディアは放送にあわせて作品と作者を「フェミニストである」という形で承認し、現在の抗議運動は「あれがあったおかげて私たちも多くの気付きをえました」というような形で手打ちになるのではないか、そう思っています。すでに「ケーキの切れない不良少年」というきちんとしたノンフィクションを書いた作家と対談するまでその地位は上がっているわけですが、作品のヒットによってさらなるリベラル権威化が起きるでしょう。
ここまで書くと「お前は『みぃちゃんと山田さん』に対してどういうスタンスなのだ」と言われるかもしれません。シンプルに整理すれば
「内容としては批判せざるをえない部分が多々ある。しかし放送中止要求までは賛同できない」
というところです。
反社会的な行為や、ゆがんだ価値観を持った人物を描く作品は多くあり、それらの影響が社会に対してゼロだとは言えません。改造車両での暴走行為を描く『湾岸ミッドナイト』は実際に存在する人たちをもとにしていますし、作中の人物が語るように「そんな言い訳いくらつけても無駄なことだ 公道で300キロ 立派な犯罪だ」という内容です。しかしこれは日本漫画が生んだ最高傑作のひとつです。
それだけではありません。SNSで女性ファンに多く支持される作品、『ハイロー』『東京リベンジャーズ』『ウィンドブレイカーズ』など「正義の不良」を描く作品のほとんどは、反社会的な行為や存在を美化しています。
「十代にもかかわらず、決して女性に対して性欲を抱かず、超人的な強さで街を守る不良少年たち」という奇妙な存在は女性向けコンテンツの定番ですが、それはSNSフェミニズムが繰り返し仮想敵にする「私たちに性欲をむける障碍者」と見事にネガとポジ、表裏一体の存在なのです。
放送中止は、おそらくできないし、この作品レベルで放送中止のラインを引くことは大きな禍根を残す可能性がある。その一方で、前述したような障碍者に対する偏見については批判し続けなくてはならないと思います。
これは予言のようなものと思ってもらっていいですが、放送にあたってこの作品と作者がフェミニズムと手打ちになるプロセスの中で「女性障碍者と男性障碍者はまったく別の存在である、女性障碍者はさらに手厚く保護されるべきだが、男性障碍者は厳しく管理されるべきだ」という主張が強化される可能性があります。それは当初からSNSフェミニズムとバズインフルエンサーの一致点であり(というかこの二つは実態としてほぼ同じものです)、より巧妙に「政治的に正しい」形に姿を変えるかもしれません。表現の自由として放送中止には反対しつつ、そうした価値観に対しては辛抱強く批判していかなくてはならないと思います。
奇妙なことに、SNSフェミニズムにおいては「家父長制」や「ファシズム」はなぜか「性欲を持った男性障碍者、弱者男性」に投影され、それを打倒することがフェミニズムなのだという主張が受けがいい。でももちろん、本当はまったく逆です。家父長制やファシズムは、決して女性に対して性欲を抱かず、超人的な強さで街を守る不良少年たち、警察官の法を踏み越えて犯人を拷問するが女性には優しいマ・ドンソク演じるマッチョな刑事、そうしたとても素敵な顔をしています。ファシズムや家父長制に抵抗することは、それらの作品を禁じることではなく、批評することです。
もうひとつ、今回の件で心に浮かんだことを書きます。それは「友達の女の子が殺された、という回想からその子との日々を通して社会を描く」という構造の物語がヒットしても、もう誰も岡崎京子の『チワワちゃん』のことを思い出さないのだな、ということです。
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