女性が「怒る」ことになぜ社会は不寛容なのか、その歴史的経緯

「感情史」の視点で考える

社会には「感情表現のルール」が存在する

フェミニスト的発言をする女性は怒りっぽく、感情的であり、過激であり、不寛容である。

そのような言説が、ネット上には溢れている。

一人一人の「フェミニスト」とされる人物の発言が本当に過激で不寛容なものであるかの判断は、とりあえず措いておく。個人的に気になるのは前段、フェミニストの女性は「怒りっぽく、感情的だ」という言説である。

ネット上で男性論客が過激で不寛容な発言をしたとしても、「怒りすぎだ」という理由で批判される頻度は、女性論客と比べると格段に低いし、その怒りが許容される度合いもはるかに高い。しかし、フェミニスト女性の言動について「怒りっぽい」と述べるだけで、その発言の信憑性が低いと言外に示唆することが可能となる

発言内容の妥当性ではなく発言の仕方によって批判を行う「トーン・ポリシング」という概念も徐々に知られるようになってきているが、「トーン・ポリシング」のありようは、その攻撃対象が男であるか女であるかによってずいぶんと異なるのが実情である。

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女性が怒りをあらわにすると、なぜこれほどまでに批判されるのだろうか。それを解くカギの一つが「感情史」にある。多くの社会や組織には「感情表現のルール」が存在する。怒り、喜び、悲しみといった感情をどのように表現するのが適切で、あるいは不適切なのかについての規範が制度化され、多数派、あるいは社会で中心的な地位にある人びとにとっては暗黙の了解となっている。「トーン・ポリシング」もまた、「ルール」の一例である。

そうした感情規範がどのようにして形成され変化していったのかを考察するのが、「感情史」という、近年始まりつつある研究領域である。

ここでは、感情史研究の第一人者であるウーテ・フレーフェルトが著した『歴史の中の感情——失われた名誉/創られた共感』(櫻井文子訳、東京外国語大学出版会)から、「怒り」を中心とした感情と女性の関係について紹介したい。なお本書はそれ以外にも名誉や同情・共感という感情も論じているので、関心を持たれた向きは是非本書を参照していただきたい。

「女性は怒りに翻弄される」

フレーフェルトによれば、17世紀までのヨーロッパ社会は厳格に階層化されていたため、感情規範についても重要なのは社会的な地位や身分であり、男であるか女であるかの違いは二次的な問題であった。

しかし18世紀に近代社会が始まり、社会的な地位が流動化するとこの状況が根本的に変わる。近代科学の発達により、男女の不平等は自然が定めたものであるとされるようになる。それによって、男女の感情にも生物学的な差違があると主張されるようになった。

その端的な例が「怒り」である。1827年のあるドイツ語の百科事典では怒りが、「腹立ちの情動の男性的で精力的な発露」として記述されている。作家フリードリヒ・シュレーゲルも、女性は「怒りについて無知だ」が、「気高い精神を持つ女性は怒ることはできる。すなわち男性的なのだ」と主張している。

つまり、怒りとは男性的な特質であり、女性のようなおのれのために力強く行動する能力に欠けたか弱い生き物には、怒りのような活発な感情は(一部の「気高い精神を持つ女性」を除けば)不可能だと考えられていたのである。

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さらに、ここには感情のコントロールという問題も密接に関係していた。近世からすでに存在する流れではあるが、18・19世紀になるとヨーロッパ社会では情動の調節という問題が強い関心を集めるようになった。怒りに身も心も支配されるような人間は、無分別で粗野と見なされた。むしろそうした感情は、できるだけ自制する必要があった。

しかしこうした自律は成人男性にのみ可能であって、女性や子どもには意思の強さも規律も欠けているのだから、情動の加減は無理だと見なされていた。男性は怒りをコントロールできるのに対し、女性はいったん怒りに捕らわれればそれに翻弄されるしかないと考えられていたのだ。

〔PHOTO〕iStock

こうして、怒りは女性には不適切な感情とされるようになっていった。とくに、18世紀以降のジェンダー秩序では男性が能動的な性、女性が受動的な性とされたため、怒りのような活発な感情と女性の受動性は相容れないものとされた。

一方男性の場合には、確かに強く圧倒的な感情は抑えるべきであったが、悪徳に対する義憤、不正を退け「弱きを守る」ための怒りのような「崇高な怒り」なら、許されるどころかむしろ正しい行為であった。

こうして女性が「怒り」を表現することが社会規範と相容れなくなった結果、女性に残されたやり方は、「泣く」という行為であった。長くなるが、本書の記述を引用しよう。

ここでは涙は、絶望や悲嘆や悲しみを、つまり受動的で自己言及的で弱性と形容される情動をあらわしている。これは、女性をか弱く無力な存在とした19世紀的な通念とぴたり符合するものである。怒りのために涙が流されるとき、攻撃性は内に向けられ、ストレートに外に出されることはない。(略)
西洋社会の女性が、男性に比べて4~5倍ひんぱんに涙を流す(だけでなく、長時間シクシクと泣くという点でも異なる)という既定の事実は、生物学的な差異とはまったく無関係である。これはむしろ、社会規範や習慣や伝統を照らし出す、文化的な事象なのである。いわば学習プロセスの産物であり、遺伝的なプログラムがもたらしたものではないのだ。涙を流すための生物学的・神経学的器官には男女の差はないが、その使い方が異なるのである(本書101ページ)。

感情の二分法

こうして男女には、次のような感情規範が振り分けられることになる。

男性は「創造的な精神」をもつため、理性や分析、考察、抽象化をする能力を重んじ、「冷静な判断」が可能であるとされた。一方で男性はある種の「厳しさや苛烈さ」を示し、共感や同情のような穏やかな感情ももつものの、たいていは「熱い情念」にとらわれるため、一見厳しく、人の悩みや苦しみに鈍感なように見えるとされた。

他方女性はセンシティブな性とされ、非常に感じやすく、あらゆる感傷や「自然な感情」に影響される。温かく共感し穏やかな優しさを与えることが女性には向いており、情け深く、したがって人当たり良く陽気でいることはたやすいこととされた。女性の神経はか弱く繊細であるため、強く深い感情への耐性が男性ほどないかわりに、男性にありがちな辛く陰気な感傷には陥りにくいとされた。

こうして1835年の百科事典では、「感じやすさ、興奮しやすさ、同情、忍耐と気高いか弱さが女性の感傷の源泉である」と書かれるようになる。

だが、当時の議論には混乱も見られた。1850年代の百科事典には、女性は「愛と恥じらいを体現し」、男性は「名誉」を体現する、「男性は怒りや苛立ち、憤怒に、女性は欺瞞や嫉妬、憂鬱に勝てない」という記述が見られる。ここでは、男性は怒りに容易に屈する、情動を調節できる能動的な性とはほど遠い存在として描かれているのである。

教育家カンペも1789年に、男性は熱く怒りっぽい気質を持つことが多いと記している。男女の感情の違いは生物学的な背景から説明できると思い込んでいた当時の知識人も、非常に多様で複雑な感情の世界を実際には扱いかねていたのだ。

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「女性は科学に向いていない」

とはいえこうした男女に特定の感情を割り振る二分法はその後、さまざまな分野で援用された。

たとえば政治運動や革命は、つねに情熱と喧噪、暴力的な衝突に満ちた熱い議論をともなう。だからこそ強い情念をもつ男性だけが政治に関われるのであり、「温和で穏やかな性質」をもつ女性には向かないのだと。もし女性が政治に加われば「怒りに我を忘れ」、野獣に変貌するため、究極的には人類に対する脅威になると考えられた。

また女性に政治的な権利を認めることは、自然が定める天分と社会秩序を否定することと同じであり、健全で立派な女性はそうした激しい戦いに参加せず、夫や父親、兄弟に任せるべきであるとされた。

一方で、女性はか弱い肉体に従属し感情に振り回されやすいので、芸術や科学ではたいした成果は上げられないとされた。

1890年代にある神学者は、女性は「直感に頼り」過ぎるため、教義や歴史の問題を分析する能力に欠けると主張し、法学では、女性は感情的で独善的なため判事を務めるに相応しい資質に欠けるとみなされ、医療では、女性は感情と頭脳労働を切り離すことができず、素早く判断することも重い責任をともなう強硬手段もとれないとされた。他方、看護や幼児教育、慈善事業、顧客サービスなどは、女性が生来持っている感性のために申し分ない適職だと見なされた。

ナチ体制もこの二分法を存分に利用した。男性は感情を抑え情念を支配し、必要であればおのれにも他人にも厳格であることができる機械人間であることが求められ、彼らの一部は有能な大量殺戮の道具となっていった。

一方女性や子どもはどのみち感情的であるとされたために、ヒトラーというカリスマ的な指導者への無条件の愛と崇敬を示すために、プロパガンダにおいて頻繁に利用された。腕を振り、花を投げ、歓声を上げ、涙を流す女性の姿は、ナチの宣伝における常套手段であった。

アドルフ・ヒトラー〔PHOTO〕iStock

変化してきた感情規範

だが長期的に見れば、こうした感情規範にも徐々に変化が生じつつあった。20世紀初頭から女性の社会進出が進み、さまざまな新しい挑戦や自由を経験できるようになっていったこともあって、以前のような男性との明確な違いが見いだしづらくなっていったのだ。

1908年の百科事典では、女性の顕著な「感動しやすさ」を強調していたのに対し、1932年版では、年配の女性はより感情的に反応するのに対し、若い女性が明晰で地に足のついた論理的思考を好むと書かれている。

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そして1954年のブロックハウス百科事典では、女性の行動は男性に比べて感情に左右されるという長年の見解は「誤り」であると断言するに至っている。感情秩序の「平準化」は、着実に進行していたのだ。1970年代の第二波フェミニズムや「怒れる女たち」は、そうした変化の一つの到達点でもあった。

こうして「感情表現のルール」は、時代を追うごとに徐々に変化してきている。社会が変化し、人びとがその規範に異議を申し立てることで、感情規範もまた変化する

だが、ジェンダー秩序の根本が21世紀の今なお揺らいでいないからこそ、感情規範の性差に関わる本質的な部分は今でも変わっていない。女性が「怒り」をあらわにすることへの抵抗感もそうだし、他者に対する共感や優しさを示すことへの社会的圧力もそうである。

現在でも女性の職業は男性の職業とくらべてより深く感情労働と関わっており、つねに「笑顔でサービス」することが求められている。

手元にある、とある女性雑誌では、仕事において女性に求められる能力の一つとして「HAPPY力」なるものが挙げられている。「そこにいるだけで、周りを明るくする、女の子としての存在感」のことだそうだ。このような能力が男性に求められることが皆無だとは言わないが、しかし求められるのは今なお圧倒的に女性であるということは明らかだろう。

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規範にとらわれていることには気づきづらい

こうした「感情表現のルール」が厄介なのは、その多くが無意識のうちに共有されているという点にあるだろう。「何を発言するか」という発言内容については意識的な議論が可能な一方で、「どのように話すのか」ということについては、こうした感情規範が暗黙の前提、全員が当然のこととして共有しておくべき価値観とされるため、自分がどのような価値規範にとらわれているのかということが意識されないまま発話されることが非常に多い。

こうした場合、コミュケーションそのものが成立しないことになる。批判する側が「共有していて当然」とする規範に、批判される側は同意した覚えもないのだから。フェミニストの女性は「怒りっぽく、感情的だ」という言説は、相手の共有しない価値観で相手を批判するという、不毛なコミュニケーションの端的な例である。もし、相手が共有しないことを前提にそうした議論をしているのだとすれば、それはもはやコミュニケーションではなく、排除のための言説である。

そして感情史研究が明らかにしようとしているのも、まさにそうした「暗黙知」である。ある社会や集団のなかで共有されている、普段は言語化されることのない規範を解明し、そうした規範がどのように社会に受容されていったのか、それを受容しない人びとがどのように排除されていたのか、そのプロセスを明らかにすることを目指している。

「暗黙知」にとらわれている自分をそれによって客観視できるようになれば、それを共有しない人間をやみくもに攻撃するのをひとまず思いとどまり、自分自身をとりあえずは「括弧に入れて」相手の意見を受け止めることができるようになるのではないか。それが、感情史研究を囓っている研究者の一人としての、はかない希望である。

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