セックス特集が映し出すもの
セックス特集は時代を映すひとつの鏡。8月5日に発売された雑誌「an・an」No.2212を手に取り、そう感じる。毎年恒例のセックス特集。今年はアイドルグループHey! Say! JUMPの山田涼介が表紙&巻頭グラビアで肉体を披露しており、その是非について議論が巻き起こった。
かつては女性が性の知識を得るといえば、雑誌や書籍など紙媒体からがほどんどだった。女性週刊誌だけでなく、「Popteen」のようなティーン誌から「婦人公論」まで、セックス特集がコンスタントに組まれ、筆者も親の目を盗んで読んだり友だち同士で騒ぎながら回し読みしたりしていた。ファッション誌「MORE」恒例の「モア・リポート」も楽しみだった。
そのなかでも「an・an」のセックス特集は、異質な輝きを放っていた。筆者がメインのターゲットとなっていた90年代後半から00年代には、都会的かつ先進的な性生活というイメージで一線を画していたと記憶している。
旬なタレントが登場するとセクシーグラビアが話題になるが、それだけでなく「こんなに堂々とセックスの話をしていいんだ!」というメッセージを感じた。付録でAV女優主演でマスターベーションの仕方を指南するDVDがついていたことがあるが、女性目線の映像が美しく、マスターベーションへの後ろめたさが払拭された女性は多かったのではないか。
しかし、2010年代に入ると女性もスマホというパーソナルなデバイスからインターネットをとおして、性の情報にいっそう気軽にアクセスできるようになる。時間を選ばず、人目も気にせず、自分の欲しい情報だけをピックアップできる。なんて便利。
ネットの情報は真偽がわからないから鵜呑みにするなといわれるが、実はそれは雑誌も大差ない。女性のセックスライフをメインテーマとしたwebメディアも続々と登場して(すぐに消えていったもの多いけれど)、女性みずからがあっけらかんとアクティブな性生活を発信する記事が日常的に見られるようになる。その影響があってか、女性誌でのセックス特集は全般的に減った。
始まった「迷走」
それでも夏の風物詩としてセックス特集号を出しつづけた「an・an」だが、2010年ころから迷走が著しくなっていたと感じる。
「男性が射精したあとは、男性器についた精液を女性が口で舐め取る」「オーラルセックスで男性が女性の口内で射精したあとは、口の端から垂らして見せると男性はよろこぶ」(2012年)などといった、男性を喜ばせる“テクニック指南”には度肝を抜かれた。もちろん、悪い意味で。
それはセックスではなく、AVの真似事。男性がAVを"性の教科書"にしているために苦痛を感じている女性が多いことはとっくに知られているのに、女性みずからそれを再演しなければならない理由とはいったいなんなのか。男性にしても実際には戸惑う人が多いだろう。こうした指南を通して同誌が提案したのは「男性を喜ばせるセックス」であって、女性自身の快感は後回し。男性から評価される(愛される)ことが女性にとっての喜びである、という価値観を強く感じる内容がつづいた。
男性は傷つきやすい、だから男性を立てましょう(2つの意味で)。男性がもし早漏でも「イッてくれてありがとう♡」(2014年)とお礼を言うように。ムダ毛? におい? それ男性が絶対引くやつだから徹底的になくして! 女性が積極的すぎると男性は気後れします、恥じらいを忘れずに……といったサジェスチョンが、毎年、繰り出されるようになる。
「彼をとろけさせるセクシーボイス」(2014年)を作るため毎日発声練習をしましょうとまでくると、もはやギャグ。一方、読者のセックス体験はどこまでも甘くロマンチックで濃厚で、官能小説さながら……となると、“男性の望むセックスを提供できる女性”になってはじめてこうした「ご褒美」のようなセックスができるのだ、と思う読者がいたとしても、無理はない。
今年は様子が違う…!
ところが、である。今年の「an・an」は、様子が変わっていた。セックスにおける女性の「主体性」が語られ、性的同意の解説にページが割かれる。避妊の項目では緊急避妊ピルが紹介され、性感染症の項目では子宮頸がんについて本当に短い文ではあるが「ワクチンによって感染を防げる」と添えられている。筆者の知るかぎりだが、成人女性にHPVワクチンを勧めるメディアは多くない。
実在するのかどうかもわからない男性に「ムダ毛は処理してほしい」と語らせるページはなく、自身の快適さとお互いへのエチケットとして男女ともにアンダーヘア処理を勧めている。
コロナ禍に見舞われ、「人と接触すること」について考える機会が増えたのが、その一因だろうか。いや、それだけではない。2017年からはじまった「#MeToo」ムーブメントの影響も、きっとある。セックス=男性を喜ばせるための行為という考えは、搾取につながる。
本当はしたくないけど拒否すると嫌われそうだから応じるという関係性では、性行為に真に同意しているとはいえない。自分の身体は自分ものもという「リプロダクティブヘルス・ライツ」(性と生殖に関する健康と権利)についても、少しずつではあるが知られるようになってきた。女性たちの意識が変化しはじめたことを反映している——今年の同特集はそう読めた。
ページによっては、「ねーねー、と伸ばし言葉を多用する女性は、男性から愛される」という古式ゆかしい媚びテクが披露されるなど、従来のテイストを引きずっているところもないわけではないが、そうした項目にエンカウントしたときは、全力でのスルーを推奨する。
2010年代なかばには、それまで曲がりなりにも必ず特集内に組み込まれていた「避妊」「性感染症」などに関する情報ページが同誌から消えた年もあった。エンタメ系の雑誌でそんな性教育のようなことをするのは無粋、と考えられてのことかもしれない。
けれど現在、性教育ブームが起きている。ここでいう性教育とは月経や射精、妊娠の仕組みといった身体についての知識だけを授けることではなく、性的同意を含め他者と適切で心地いい関係を築き、維持していくための知識を重視したものだ。それを無粋だ、と思う人は、「いちいち性的同意をとるなんて、ロマンチックじゃない」という人と似ている。そういう人ほど、まったくロマンチックじゃない。
10年前からの変化
筆者はこれまでセックスに関する書籍の制作にたびたび携わってきた。きっかけは、いまからもう10年前になるが、ベストセラーとなった『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』(ブックマン社)。著者である産婦人科医の宋美玄さんをはじめ、制作陣は当初、メインの読者層を30~40代の男性と想定していたが、ふたを開けてみれば購入者の大半を占めたのは60代以上の男性、そして幅広い年齢層の女性たちだった。
同書は女性医師が書き下ろしただけあって、女性の身体の仕組みを解剖学などの見地から解説し、「女性はここが感じる」「こうした触れ方は痛いだけ」とアドバイスする1冊である。
いま読み返すとごく基本的な内容だが、当時は女性がそうした情報を得られる場がとても少なかった。それまでにもベストセラーとなったハウツーセックス本はいくつかあるが、すべて男性が書いたもの。女性の心身についての誤解やファンタジーがたっぷり含まれていた。だから『女医が~』は女性たちに支持されたのだろう。だが、そこから10年が経ち、時代はさらに大きく動いている。
今年の「an・an」のセックス特集には「愛とSEX」というタイトルがついている。これまでに同誌が何度も使い回してきている定番のフレーズである。しかし、今年のセックス特集からは少し違う印象を受ける。
セックスにおいて本当に必要なのは、愛という抽象的で不確かなものではなく、より具体的で地に足のついたコミュニケーションのうえに成り立つ信頼と安心である。今年の同特集の行間からは、そんなニュアンスすら時おり感じた。愛は、その基盤なくしては成り立たない。
『女医が教える~』が発売されたころは、身体の仕組みと気持ちよくなるための方法を伝えればよかった。その知識すら、世の女性たちに行き届いていなかったからだ。そこから時代が進み、いま女性たちはそのさらに根本にあるものこそ大事だと気づきはじめている。
それは後戻りのように見えて、実は前進だ。「an・an」のセックス特集なんてオワコンだという人もいるかもしれない。でも、年に一度、セックスについて大々的な特集を組む媒体は、いまやそうない。時代に合わせてのシフトチェンジが、一過性のものではないと願いたい。