第2話

 ひとしきりモニカはサラを称えたあと、呆れ目をカウンターの端に向ける。

 カウンターの端にいたのは、自身で作ったパフェを自分で食べているアネット。


「――おい、多重債務者」

「ん? 俺様のことですかっ?」アネットが首を傾げる。

「内装、凝りすぎじゃない?」

「俺様、せっかくの一号店だと思いますっ!」

「返済の目途はあんのか、って聞いてんだよ」

「おかしなこと言いますね、モニカの姉貴はっ!」


 アネットは頬についたクリームを舐めとって、楽しげに微笑む。



「――半年後には祖国から消えるのに返済する必要が?」



「極悪人を捕らえろっ!」「ただの詐欺師ではっ!」「その閃きはなんなん⁉」


 すぐさま席から立ちあがり、悪質債務者を取り押さえるジビア、リリィ、モニカ。

 開店費用で発生したアネットの借金――彼女は踏み倒す気満々だった。


 つまりは「どうせ祖国から去るんだし、国中から金を借りまくった後で逃げれば丸儲けでは?」という悪魔の発想。しかも彼女は『救国者』という肩書を利用しまくったという。裏社会の情報筋は『灯』の噂を知り、闇金業者はアネットを信頼してしまった。


 狭い店内でするりと三人の手から逃れ、アネットは無邪気に笑う。


「来年には、闇金業者どもが潰し合っていると思いますよっ!」

「ま、まぁ、闇金業者にダメージを与えるという建前もあったので……」


 サラもどんな表情をすればいいのか困るように、首を傾げる。

 実際、大恐慌が国を脅かし、困窮す者を更に追い込む闇金業者は問題になっていた。判断力が低下した者に一時だけ手を差し伸べ、その後に地獄へ叩き落とす者たち。


「一泡吹かせてやりますっ」と笑うアネットの行動を、サラは渋々認めた。

 サラは「……まぁ今後の資金繰りなどは、また考えるとして」とお茶を濁した。



「――そもそも稼ぐのが目的じゃないっすから。少なくとも、今のこの店は」



 言葉を言い終わると同時に、店内にベルの音が響いた。

 アネットが仕掛けた罠に、何者かが反応した音だ。張り巡らせたワイヤーが切れた時、無線のスイッチが入り、ここまで届くようになっている。


「ん、奴なの」「ようやくですかっ」


 エルナとアネットが同時にエプロンを脱ぎ捨てた。

 その変化の理由を察し、ジビア、リリィ、モニカが同時に手を振る。


「任務か? 加勢がいるなら手伝うぜ?」

「さすがの体力バカですねー。リリィちゃんは疲労困憊なので見送ります」

「昼間も任務だったのにね。ま、頼まれたら手伝うけど?」


 実に頼りがいのある常連客たち。

 エルナが「問題ないの」と手を振り、アネットは「ただのお散歩ですっ」と駆け出す。

 サラもまた「先輩方は寛いでください」とオーブンから料理を取り出した。


「もうすぐ他のお客様で賑わう時間帯なので。歓談していてください」

「へぇ。開店直後なのに、もうファンが?」とモニカ。

「はい。十中八九、フェンド連邦のスパイっすけどね」


 あっさりと明かされ、リリィ、ジビア、モニカは唖然と口を開いた。

 サラはなんてことのないように「正体を明かされて口説かれたっす」と補足する。


 少なくとも三人の常識ではありえなかった。足を動かし、敵地に潜入し、秘密裏に情報を奪い取ってきたのが、この三人。情報源が自ら飛び込んでくれるなど奇跡のよう。


 リリィはナッツを頬張りつつ、両腕を組んだ。


「うーん、やっぱり冷静に考えると、恐ろしいことこの上ない」


 やがてサラがオーブンから取り出した料理を見つめる。

 たっぷりの野菜をオーブンで甘みを引き出しながら調理した、特製のオムレツ。



「クラウス先生の料理で人を誘き寄せ――スパイを捕らえる、魔の酒場」



 人柄のいいマスターと絶品の料理で溢れる酒場は、何度でも通いたくなる。

 たとえ、それこそが客から情報を掠め取る――スパイの罠だとしても。



 ◇◇◇



『アカシア・クヴェレ』は特定の客には、マーキングをつける。


 特別な薬品を振りかけるのだ。発信機など目に見えるものではないため、見つかる心配はない。最近、ぐんぐん成長しているサラの黒犬が匂いをかぎ取り、尾行する。


 ――密輸銃を欲しがっていた男だった。


 サラの酒場を訪れた男は、迂闊にもサラに売人を紹介してもらおうとした。サラはあえて何も思わぬ素振りをして、店の常連客を一人、伝えた。


 その常連客は――最近親しくなった、サラの協力者。

 密輸銃を求めた男は罠にかかったのだ。密売人に扮した協力者に、欲しい銃の型式、数量、搬入先、金銭の払い方まで、すべてをサラに明かしてしまった。


 アネットとエルナが狩るには、あまりに十分すぎる情報。


「俺様からデリバリーメニューのお届けです!」


 彼には『町外れの廃墟に銃を搬入した』と伝えておいた。

 男がその廃墟に踏み入れた事実を無線で知ったアネットとエルナは、ただちに現場に駆け付ける。銃を抱え、自身のセーフハウスに戻る男を黒犬とともに追跡。


 単身者用のボロアパート――彼がその一室に足を踏み入れた瞬間、二人は突入した。


「なっ、貴様ら、一体――⁉」

「――従業員そのものをお届けなの!」


 もちろん、店の従業員と明かす理由はないので小声。

 どのみち男に聞こえることはない。エルナが咄嗟に近づき、頭突きをかます。


「お前からは、不幸の香りはしないの」


 そう相手をよろめかせ、両手で突き飛ばすエルナ。


 バランスを崩した男は、形勢不利と気づいたのだろう。逃走も打撃も諦め、今の彼が唯一頼りにできる――購入したばかりの拳銃を、紙袋から出した。

 男が身を引きながら弾を装填し、エルナに狙いをつけた時、アネットが笑う。


「コードネーム『忘我』――組み上げる時間ですっ」


 次の瞬間、雷のような轟音がボロアパートに響き渡った。

 男が握る拳銃から放たれた音――それは彼自身の悲鳴とほぼ同時に響き渡る。


「俺様っ、お前の銃はとっくに改造済みですよっ」


 引き金に指をかけた瞬間、強力な電流が流れるようになっていた。

 やがて悲鳴を途絶えさせ、男は気絶する。


 エルナとアネットは直ちに彼の両手足を拘束した。幸い、亡くなってはいないようだ。無力化し、部屋の隅に放置した。後は国の尋問部隊が連れて行ってくれる。

 それを待つ間、二人は男の身体を漁り始める。


「求めた銃の特徴からして、ガルガド帝国からのお客様なの」

「先週、店に来ましたねっ。サラの姉貴の料理に感動してましたっ」

「ん、アレは新メニューだから当然なの。酒量を増やすための」

「それでも俺様、滑稽だと思いますっ。密造銃をあんな酒場で求めるなんてっ」

「でも見るからに怪しいの。一体、何を企んでいて――」


 そこでエルナは、声を止めた。

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