第4話

 サラに促され、アネットはデルミーラの空いたグラスに新たなワインを注いだ。


「あぁ、ずーっとここにいたい……」


 デルミーラは心地よさそうに頷き、その海色の瞳でサラたちを順番に見つめた。


「……アナタたちは……同性愛者を、差別しないの?」


 サラたちは、互いに顔を見合わせた。


 ディン共和国には、同性愛者差別が存在する。犯罪だ。若い独身の同性が二人だけで旅行し、同居すれば奇異な目で見られる。同性同士の性行為を警察に密告されれば、その嗜好を捜査され、場合によっては拘留。職を失う事例も後を絶たない。


 が、それはあくまで一般社会の話。


「いえ、同胞に『拘束した相手を、妹マニアに洗脳する男』がおりまして」

「日々部下とSMを繰り広げたスパイマスターを知っているの」

「俺様っ、娘がいながらロリコンの市議会議員を接待したことがありますっ」


 サラ、エルナ、アネットの順番に語り、最後、サラがまとめた。


「同性愛なら、普通の範疇っすよ」

「……さすがに比較対象が失礼っ……!」


 人の秘密を暴くのもスパイの職務。多様な嗜好を目撃している。


 そして、これは『灯』全般に言えるのだが、それぞれ特殊な生い立ちを辿っているため、いわゆる『普通』という規範が弱い。『特殊』を弾くこともない。


 だが、その一方で、それだけが世間でないとはしっかり把握している。


「レゲンス党の弾圧、そこまで盛んになっているんすか?」

「……過激を極めている……大恐慌以来、加速した……」


 サラの問いに、デルミーラが首肯する。


「……同性愛者は、国の子どもを減らす侵略者なんだってさ……」


 現在、ガルガド帝国で急成長を遂げている政党――レゲンス党。

 これまで少数政党が潰し合っているだけの混沌とした政治情勢が、一気に変わりつつある。排外思想とかつての繁栄を取り戻すべく、彼らはいくつかの政策を掲げた。


 その一つが――同性愛への厳罰。

 現時点で犯罪だが、より重い罰へ。逮捕、懲役、財産没収、そして国外追放。


「『門出』は、ただの同性愛者の集まり……異端者じゃない……」


 デルミーラが寂しげに口にした。


「帝国の酒場で集まるだけ。誰にも迷惑をかけていなかった。なのにレゲンス党の突撃隊が会場に押しかけてきて、メチャクチャにして……」

「突撃隊?」と首を傾げるエルナ。

「レゲンス党の警備隊……最近、そう名乗りだした。警察でもなんでもない、チンピラ……なのにレゲンス党の人気に後押しされて、増長して……」


 いわく、凄惨な光景が展開されたという。


 酒場でゆっくり楽しんでいた同性愛者たちは、突然、突撃隊に囲まれ、大通りに引きずり出された。変質者として市民に晒され、リンチに遭う始末。


 それに巻き込まれたデルミーラは、すぐに帝国から離れた。先月のことだ。

 しかし、すぐに金は尽きる。大恐慌のせいで職はなく、餓死寸前だったそうだ。


「んー?」


 アネットが唇を尖らせる。


「それだけで突撃隊は、テメェらを殺しに共和国まで来たんですかぁ?」

「……きっと、そう。見せしめのために…………」

「俺様っ、いまいち納得はできませんねーっ」


 気になる点ではあったが、デルミーラは首を横に振り続ける。


 ちなみに、アネットとエルナが拘束した男は、既に尋問部隊に引き渡されている。かなりの高圧電流で気絶してしまったため、彼からはしばらく聞き出せないだろう。


「私たちは……生きてきただけ……」


 デルミーラの声は悔しそうに震えている。


「……生きて、働いて、しっかり社会の役に立ってきた……なのに……」


 膝の上で固く握りこんでいるデルミーラの手に、大粒の涙が落ちる。

 エルナがハンカチを取り出し、彼女を慰めた。


 レゲンス党の政策の狙いは、単純明快――マイノリティへの差別で、国民の団結を促したいのだ。特定の属性を『悪の巣窟』として糾弾すれば、仲間は結束を深める。


 差別に理はない。法律で禁じようと、人の嗜好は変わらないのだから。

 デルミーラは、レゲンス党の広告戦略の犠牲になっただけ。



「『アカシア・クヴェレ』は、すべてを拒絶しないっす」



 その時、店内にサラの優しげな声が響いた。


 ハッとした顔で顔をあげるデルミーラに、サラがスイーツを差し出した。

 オーブンで温めなおした、アップルパイだ。バターを惜しみなく表面に塗られ、生地が間接照明の光を反射し、煌めいている。シナモンの香りが店中に広がった。


 まぶしそうに「綺麗……」と呻くデルミーラに、サラは微笑みかけた。


「デルミーラさん、よかったらウチで働かないっすか?」

「え?」

「んんっ」「のぉ⁉」


 目を見開いたのは、デルミーラだけではなかった。


 アネットは目が真ん丸になるほどに驚愕し、エルナも意外そうに声をあげる。

 それでもサラは、それこそが最適解と自負するように言い放った。


「行く当てが見つかるまで、ここにいればいいっすよ」


 デルミーラはまずサラを見つめ、やがて芳醇な香りのアップルパイに視線を落とす。

 その誘惑に抗えなかったのか、彼女は一口パイを食べた。


「……どこかで、食べたことがある味……」

「ん?」

「うん。きっと、ワタシたちは運命で結ばれている……」


 表情こそ大きく変わらないが、声には力が宿っている。


「こんなワタシでよければ、よろしくお願いします……」


 そう涙目で頭を下げるデルミーラ。

 アネットとエルナが驚く中、『アカシア・クヴェレ』に四人目の従業員が誕生した。

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