第6話

『アカシア・クヴェレ』には、特別な仕入先があった。


 その仕入先は『美食の楽園』とも呼び声が高い、ライラット共和国に存在する。貴族たちの宮廷文化が栄えた国には、世界の貴族を虜にする嗜好品が製造されている。そして、その一般市場に出回らない「幻の一品」を定期的に入手する者がいた。



「スージーっ! 今すぐ『LWS劇団』の調教道具をよこしやがれっ!」

「斬新な半年ぶりの挨拶ね! アネットお姉ちゃん」



 ライラット共和国・地下秘密結社『LWS劇団』――。


 革命という大義を成し遂げた後も、彼らは存続し続けた。スージーという団長の下、革命で交流を持った『義勇の騎士団』という組織と統合し、今でも活動を続けている。


 本拠地は変わらず、首都ピルカの地下墓地。

 そんな拠点にアネットが怒鳴りこんだのは、デルミーラの雇用から二週間後。


 第一声が憤怒の雄叫びだったアネットを、スージーは不思議そうに見つめる。


「珍しいのね、エルナじゃなくてアネットお姉ちゃんが来るなんて」

「緊急事態が発生していますっ!」

「んー、おあいにく『LWS劇団』も忙しいの。新政府だって、全部がクリーンとは言えないんだから。旧王党派の連中がまーた賄賂の力で、政権に近づいている」


 全身から元気が迸る、溌溂少女――スージー。彼女は興奮するアネットに取り合わず、背後の印刷機から、ちょうど刷り終わったばかりのビラを一枚取り出した。


「ほら、汚職の情報。三日後には街中に配るけど――先にあげる!」


 アネットはその新しいビラをじっと見つめた。

 それは革命で閣僚を追放された貴族が、官僚を買収している現場。

『灯』でも掴んでいない情報に、アネットは「ご苦労ですっ」と札束を投げつけた。


「これは、俺様たちからの活動費ですっ! ありがたく思いやがれっ!」

「んー? そんなのいいのに」

「今後も俺様たち『灯』の下部組織として、せいぜい働きやがってくださいっ!」


 現在、『LWS劇団』は『灯』と連携している。『灯』では把握しきれない、細かい調査などが彼女たちの役割。そのための金銭は一部『灯』が負担する。


 スージーは「なんだか申し訳ないわ」と、珍しいワインやチョコで返してくれるのだ。


「今更だけど、だいぶグレーな金銭のやり取りね!」

「俺様っ、気にしない方がいいと思いますっ」

「うーん、政府の腐敗を糾弾する立場としていいのかしら?」

「いいんですっ! 機密費はどんぶり勘定が常ですっ」

「あ、そういうものなんだ。なら――ま、いっか!」


 細かい問題はゆるいノリで横に流し、アネットは「ところで」と本題に入った。


「――『LWS劇団』は、気に食わない新規加入者をどう追放していますか?」

「……それを聞きに、わざわざ?」


 普段はエルナやジビアが訪問するだけに、スージーは呆れの目で見つめる。

 アネットは地下墓地の椅子に腰を下ろし「大問題ですっ」と足を組んだ。


「最近『灯』に近づいてきた女が、どーしても気に食わなくてっ」

「もしかして、さっき要求してきた『調教道具』って……」

「俺様っ、脳にぶっ刺す電極を要求しますっ」

「ないから! ルーカスさんも、ヴィレさんも、そんな物、作っていないから!」


 目を細めながら、ツッコミをいれるスージー。


 期待が外れ、アネットは、う、と顔をしかめる。デルミーラを追い出せない以上、行動だけでも塗り替えられないかと考えたが、さすがに難しかったようだ。


「一緒に遊んで楽しければよし。違えば加入させない――これが二人の選抜方法よ!」

「テメェらは秘密結社としての危機感を持ちやがれ」


 想定とは異なっていたが、ここまで来た以上、アネットは経緯を説明した。


『LWS劇団』の団長なら、なにか知見があるかもと期待したのだ。一応、彼らは多くの新規加入者を加え、僅か一年で『伝説』と呼ばれるに至った組織。


 デルミーラとの出会いを語り、アネットは大きくため息を吐いた。


「とにかく、やけに距離がちけぇので、なんとか洗脳でも――」

「――ん? アネットお姉ちゃん、それ、本気で言ってる?」


 そこでスージーが眉を顰めた。


「おかしいよ、それ。アネットお姉ちゃんらしくないよ」

「ん……?」

「絶対、変だって。一体、『アカシア・クヴェレ』でなにが起きているの?」


 不安そうに問いを重ねるスージー。


 浮かべているのは、かつてのように能天気な笑顔ではなかった。革命を成し遂げ、そして次なる激動を生き抜くため、秘密結社の存続を決心した団長の気構え。


 口元を引き締め、彼女は前のめりに尋ねる。


「今のガルガド帝国では、レゲンス党が同性愛者を迫害しているんでしょ?」

「……そう聞いています。同性愛者は国を脅かすとか、うんたら――」

「――じゃあ、国外に逃げたデルミーラさんを殺す理由はなくない?」


 鋭い声で指摘され、アネットはゆっくりと瞬きする。

 無論、一切疑問に思わなかったわけではない。突撃隊なる連中はここまでするのか、と首を傾げた。そもそも彼らの倫理に従えば、殺す利点は一切ないのだから。


 同性愛者が国を脅かすというなら、敵国で過ごす分にはむしろ好都合。


「……帝国は、いずれディン共和国を侵略し、併合を目論んでいるから――」

「――ううん、もっとシンプルに考えていいと思う」


 考えを深めるアネットに、スージーが手を振って微笑む。


「密造銃を購入した男は、やっぱり暗殺者じゃないんだよ」

「ん?」

「デルミーラさんに、銃を渡しに来ただけ。面識がなかったのは本当かもしれないけど」

「……? あんな女に銃を渡して、なんになるんですか?」

「利用できるでしょ――『人権を得たければ、暗殺を実行しろ』と命じるなりね」


 スージーの口から出たとは思えない、凶悪な発想。

 しかし、アネットの腑に落ちている。なぜ、こんな発想を閃きもしなかったのか。


「本当にお店で何が起きているの? こんな可能性、警戒しないなんて」


 不安そうに問いかけるスージーに、アネットはただ愕然としていた。

 彼女の指摘は、エルナとサラの危機に他ならない。


「……帝国には、クラウスの兄貴がいます……」


 口から漏れ出たのは、ただの希望的観測。


「レゲンス党の背後にいるのは、間違いなく兄貴です。そして、レゲンス党は、もうじき政権を握ろうとしている。こんなあくどい発想を認めるはずが――」

「――その根本の差別思想を撒いているのがレゲンス党なのよ」

「それは――」

「そのクラウスさんだって、今どうしているのかわかんないんでしょ?」


 険しい眼差しで追及され、アネットは何も言えないまま駆け出していた。

 直ちにディン共和国に戻り、危機を伝えねばならなかった。


 あの善良なエルナが、お人よしのサラが――本性を隠したデルミーラに殺される前に。

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