第7話

 ジギワルド=ヴィスティマンは『燎火』のクラウスを拘束した。

 ジギワルドがその実力を見せるまでもなく、あっさりと。


 ガルガド帝国の防諜機関『幽谷』は、『燎火』を地下牢獄に移送した。


 レゲンス党の幹部からは『虹螢』と呼ばれていた男だが、『幽谷』は彼が『燎火』に違いないと確信している。上層部は全会一致で彼の「最下層」送りを決定した。


『幽谷』の地下牢獄は、常に人が溢れている。


 身内であろうとミスを犯した者は即収容するのが『幽谷』の規則。他にも過去捕らえたスパイを徹底的に閉じ込め、拷問する。見せしめ、肉壁、使い捨ての駒――そんな死に方が決まるまで囚人が解放されることはない。


『燎火』はそんな地下牢獄の最下層・最深部に幽閉された。





 そんな『燎火』の下に、ジギワルドは毎日のように通い続けている。


『幽谷』の実力者だ。外国に行く度、入館管理局には子どもと間違われるほどの体躯ゆえに舐められがちだが、実力は折り紙付き。弱冠二十五歳にして『幽谷』有数のスパイ摘発数を誇り、首相から勲章をもらったこともある。


 そんな彼でも冷静に認識する――自分ごときに『燎火』が捕まえられるはずがない。


「目的を話してくれませんか? わざとらしすぎるんですよ」

「………………」


 独房で沈黙に徹する男。彼を、ガルガド帝国は追い求め続けてきた。

 写真付きで指名手配されようと、なお抹殺できなかった伝説のスパイ。ディン共和国の怪物。諸外国で企む幾重もの工作が彼一人に破壊されてきた。


「……随分と自身を過小評価しているんだな」


 七日間連続で足を運んだ効果か、ようやく彼は口を開いた。


「お前の名は知っている――帝国の新英傑『葬儀屋』だろう?」

「アナタに知ってもらえるなんて光栄ですよ」

「素直に誇ったらどうだ? 僕を拘束できた者は、そう多くない」

「理解を超えていますよ。レゲンス党突撃隊――あんな自警団を名乗っているチンピラどもを、まさかアナタが罵倒している光景に出くわすなんて」


 ジギワルドが彼を拘束できたのは、あくまでついでだ。

 首都で違法行為を繰り返す連中を取り締まる中、偶然に発見したのだ。突撃隊の男どもを罵り、制裁しているクラウス。そこを襲い、すかさず捕らえたのだ。


「アレは敵対している現場ではなかった――アナタは、指導をしていた」

「……連中は、やりすぎていたからな」

「まさか本気でレゲンス党を与党にする気です?」

「そうだと言ったら?」

「国家転覆レベルの破壊工作ですよ。あんな低知能集団」


 この一年で急成長しているレゲンス党は『幽谷』も危険視していた。

 強引に潰したいが、既に大衆から支持されてしまっている。もはやカルト。数人幹部を捕まえようと「政府は焦っているぞ!」と逆に増長させるだけ。


 彼らが提案する政策は、ジギワルドから見れば無茶苦茶。

 大局を見失った軍拡、向こう見ずの国債発行による公共事業、時代錯誤の男尊女卑政策、自らの血統の優位性を信じ切った古典主義――指摘すればキリがない。


「特に同性愛者差別政策は最悪だ」


 ジギワルドは冷たく吐き捨てる。


「先に言っておきますけど、同性愛どうこうは正直、どーでもいいんです。人が同性を好きになろうが、犬を好きになろうが、電柱を好きになろうが」

「随分とリベラルじゃないか」

「能力主義ですよ。理もなく、優秀な者を排斥するなんて国家の自滅だ」


 そして、その流れは既に起こり始めている。

 ずっと帝国を推進してきた学者や経営者の一部が、国外逃亡の準備をしている。まだ兆候というレベルに収まっているが、レゲンス党の人気が加速すればより進行するはず。


「『燎火』のクラウス――


 牢獄の中で『燎火』の表情が僅かに緩んだ気がした。


「やはり自分を過小評価しているんじゃないか?」

「…………っ」


 悪い予想が当たっていたか、とジギワルドは唇を噛んだ。


『燎火』は帝国を内部から破壊する気だ。果たしてレゲンス党が第一党になった時、どれほどの人間が帝国から離れていくか。


「そうはさせない。ボクが、アナタの目論見を破壊する」

「どうやって? 上層部は、僕の処刑に踏み込めないようだが?」

「……っ。やはり、そこまで計算ずくですか……」

「当然。台頭するレゲンス党を止められるのは、僕しかいないからな」


 クラウスの処刑に上層部が及び腰になっているのは真実だ。

 レゲンス党を制止できるのは、この男のみ。切り札として手放せない。


「しかし、それでもやりようはありますよ」


 ジギワルドは彼を睨み続けたまま、言葉を紡ぐ。


「さっき指摘してくれたじゃありませんか? ボクのコードネーム」

「………………『葬儀屋』?」

「そう、ボクは死を彩る。死に寄り添い続けるボクだからこそ、アナタの心を打つ」


 ジギワルドが指を鳴らすと、二人の部下が棺を抱えてやってくる。

 棺は独房の前に置かれ、すぐに扉が開かれた。棺内部には、大量の深紅の花が敷き詰められている。その花弁の赤さは鮮烈な印象を伴って、網膜を刺激する。


 ジギワルドは「注目してほしいのは、花の苗床です」とクラウスに自慢する。


「――遺体ですよ。ボクが先日葬ったスパイだ」


 死肉は肥料に、血液は水に――やがて深紅の花が咲く。

 遠い国から輸入してきた品種だ。本来は、動物の死骸を糧にして咲くという。


「アナタの部下を苗床にして咲く花を見ても、果たして黙秘を貫けますか?」

「――――――っ」


 言葉を失っているクラウスの前で、ジギワルドは遺体に咲く花を一本摘まんだ。その芳醇な香りを肺いっぱいに吸い込み「キマルぅ……っ」と笑みも漏らす。

 そうして堪能した花を、クラウスに投げ渡した。


「実は、ちょうどよく行き場を失った者たちと出会えましてね。アナタのおかげです。生き方を見失った彼らのため、ボクは美しい『死に方』を授けました」

「……っ、お前、もしかして――」

「――名は、『門出』。それがボクが作り上げた組織です」


 死のコーディネート――それこそがジギワルドの才能。

 彼の提案に惹かれた者は、誰もが忠誠を誓い、命を賭す。


「レゲンス党の黒幕を倒すため、同性愛者たちは命を賭して『灯』を殺しに向かった」


 それは『灯』を知る者なら、あまりに勝ち目のない作戦だった。


 しかし、ジギワルドは知っている――

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