第9話

 デルミーラの雇用から三週間が経った頃、来店したモニカが腹を抱えていた。


「アハハッ、大胆じゃん、サラ! まさか敵を店員に引き込むなんて!」

「帝国から迫害された話は本当みたいっすから」


 デルミーラは十中八九、帝国の刺客――それがサラの抱いた第一印象だった。


 というより、素性が分からぬ者を信じる訳がない。だが、解放するのもリスキーだ。とにかく怪しすぎる人物ならば尻尾を出すまで管理すればいい。

 もし彼女が強硬手段に打って出た時は――エルナがいる。


「幸い、訓練もされていないようでしたから」


 サラは料理を盛りつけながら、横目でデルミーラを見た。

 彼女はいまだ『アカシア・クヴェレ』の店員として働き続けている。彼女には離れる動機がないのだ。暗殺対象がすぐそばにいる好条件を捨てる意義がない。

 どころか一日一度、デルミーラはエルナを襲っていた。


「……今日こそ……エルナ先輩を、仕留める……!」

「いかなる時でも、不幸の予兆は感じ取れるの!」


 ナイフを振りかざしてきたデルミーラを、エルナはひらりとかわし、尻で突き飛ばした。そうしてデルミーラを横にどかすと、サラから料理を受け取る。


「はい、今日の暗殺はおしまい。後は真面目に働くの」

「……不服……なんで暗殺対象に従わないといけない……?」

「逆らうなら、さっさと警察に引き渡す」

「……ひどい……昔は天使だったのに…………」

「いや、今も十分に優しすぎると思うの」


 エルナから脅され、渋々といった様子でグラスを磨き始めるデルミーラ。


「どんな店員だよ」とモニカが苦笑し、サラが「素敵な店員っす」と頷く。


 二人のやり取りを聞きながら、悔しそうに大ジョッキを口につけているのはアネット。ヤケ酒――に見える姿だが、中身はシロップたっぷりのコーヒー牛乳。


 エルナから「おなかを壊すの」と止められているが、構わずジョッキを空にする。


「……俺様、激おこです」

「の?」

「そんな作戦があったなら、俺様、事前に伝えるべきだと思いますっ‼」


 彼女は口に白い線をつけたまま空のジョッキを掲げ「おかわり!」と叫んだ。

 エルナは不思議そうに「いや、伝えるもなにも……」と首を傾げる。


「この程度、お前なら視線を合わせた時点で察するはずなの?」

「――――っ!」


 アネットの顔が一瞬で赤くなる。

 それは正論。スージーでさえ伝聞で『変では?』と察するレベルなのだから。


「別のことに気を取られたんだよ」


 モニカがおかしそうに微笑み、アネットの肩を叩いた。


「自分のお気に入りに引っ付く輩とかね」

「ううううううううううううううううううううっ‼」


 度重なる失態に、アネットの顔が耳まで赤くなった。

 やがて強くカウンターを叩いて「サラの姉貴っ!」と非難がましい目で見る。

 サラがおかわりのコーヒー牛乳を用意しながら、頭を下げた。


「ごめんなさい。実は、アネット先輩の勘違いには気づいていたっす」

「教えやがってください!」

「でも、そっちの方がデルミーラさんを欺けるので――」


 やがて店内は、アネットの叫び声を中心に賑やかになった。リリィとジビアが遅れて店にやってきて「コーヒー牛乳で酔った子がいますね」「いてたまるか」という言葉をかける。初めて会うデルミーラを見て「「何者⁉」」と同時に叫んでいる。


「ところで、モニカ先輩」

「ん、ティアから持ってくるよう言われているよ」


 賑やかさが最高潮に達した瞬間、サラはモニカを店の奥に誘導した。

 これからの話は、秘密裏に行わねばならない。


 倉庫と尋問室を兼ねた店の奥。そこでモニカは木箱に腰を下ろして、ファイルを差し出した。それは対外情報室が有する、とある男の記録。


 ――『葬儀屋』ジギワルド=ヴィスティマン。


 デルミーラは、彼に派遣されたと自供した。彼がレゲンス党に迫害された同性愛者たちをまとめ、『灯』を殺すよう脅迫したという。


 行き場のない者たちを、死地に誘導する――帝国の新英傑。


「言っておくけど、ボクたちは忙しいから」


 モニカは短く手を振った。


「個人的にも気になる案件だけどさ。構っていられるほど暇ではないんだ」

「任せてください。この件は自分の仕事っすよ」

「別に他チームに任せてもいいと思うけどね」

「……はい、それはそうっすけどね」

「ふぅん。もしかして――店長としての誇り?」


 挑発するように唇の端を持ち上げる、モニカ。

 サラは「いいえ」と首を横に振った。それもある。が、それだけではない。


 闘う理由はありすぎる。『門出』という組織が『灯』を狙っている。自身は『灯』を守る者。敵は排除する。そしてデルミーラは既に店員。従業員を守るのも店長の役目。


 その中で、なにより胸を焦がす衝動を口にする。



「なりたくもなかった暗殺者なんて、退



 いずれ『灯』全員を引退させる――それこそがサラの野望。

 デルミーラ一人すら守ってあげられず、どうして叶うというのか。


「もしかしてボクの力を頼らず、『葬儀屋』と立ち向かう気?」


 再度念押しをするモニカに、サラは「そのつもりっすよ」と答える。



 それは、いずれサラが世界各国から警戒される契機になる任務。

魔物遣いモンスターテイマー 』――サラの奮闘が、スパイの歴史に刻まれる。

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