第6話

 ジギワルド=ヴィスティマンは、独自の観察眼を有する。

 それは芸術家の審美観。彼にとって、他人の死に様は芸術。誰であろうと、たとえ敵であろうと、芸術家として最高の作品として作り上げることに余念はない。


 ゆえに直感的に見抜いていた。

 自身の作品――デルミーラ=パラッシュの死に様が、汚されていると。


 あえて部下と共に一階へ降りたジギワルドは、二階に仕掛けていた盗聴器からデルミーラの会話を確認した。案の定、彼女は迂闊にも盗聴器に気づかず、本音で語っている。


 ――《アネット先輩から、新しい発信機を持たされています。サラ店長》

 ジギワルドは、思わず息を吐いていた。


『草原』はデルミーラを寝返らせていたのだ。評価を改める。やはり、『燎火』の部下というだけはある。ライラットで革命を成した、スパイの一人。

 やはり殺すか、と判断した時、サラの声が聞こえてきた。


 ――《発信機をもとに、仲間がもう囲んでいるはず。早く脱出を》

 ジギワルドは舌打ちをしていた。


 盗聴の可能性を察し、牽制してきたか。ハッタリの可能性はあるが、確認できぬ以上、無視はできない。わざわざ二階に戻る時間もないだろう。


「すぐに場所を変えましょう。ここは、すべて燃やして」


 ジギワルドは部屋のカーテンを千切ると、壁のガス灯に投げ捨てた。

 この邸宅には、サラを捕らえたウェスを含め、三人ほどの『門出』のメンバーが待機している。デルミーラとは違い、ジギワルドに絶対の忠誠を誓う者たち。

 燃え始めたカーテンに向け、他の部下は灯油をぶちまけた。


「煙に乗じて逃げましょう。

「デルミーラは、どうします?」ウェスが尋ねてくる。

「放置でいいでしょう。彼女は、もう大丈夫です」


 燃え盛る邸宅から脱出しながら、ジギワルドはにこやかに微笑んでいた。


「ボクの審美観が正しければ、より美しい死に方が見られるはず」


 彼にはリスクを警戒しながらも、次なる展開が既に見えていた。

 それは、帝国収容所に囚われた男の本音を引き出すため。


『葬儀屋』のジギワルドもまた、引けぬ場所に立っている。

『燎火』の企みを破壊しなければ――ガルガド帝国が危機に陥ると本能が叫んでいる。



 ◇◇◇



 デルミーラが去った直後、サラが捕らわれた部屋に黒煙が立ち込めてきた。


 ジギワルドの決断の早さに歯を食いしばるしかない。やはり二階の会話はすべて盗聴されていたのだろう。本音を漏らしたデルミーラを守るため、咄嗟に『もう仲間が囲んでいる』と嘯いたのだが、まさか即断で火を放たれるとは思わなかった。

 手足の錠を鳴らしながら藻掻いていると、窓を塞いでいた木の板が割れ始める。


「サラの姉貴、無理しすぎですっ」

「おかげで奴らのアジトを掴めたのっ!」


 やがて木板を破壊して、二人の仲間が飛び込んできた。


 アネットがピッキングツールを差し込み、すぐにサラの両手の錠を外した。続けて「ぐっ……この錠、難しいの」と唸るエルナを「邪魔っ!」と突き飛ばし、両足の錠を外す。


 尻もちをついたエルナは一瞬なにか言いたげな顔をしたが、すぐに状況を説明した。


「手筈通り、今、他チームも駆けつけているの。『葬儀屋』と『門出』の一斉摘発が始めて、ここら一帯を取り囲んでいるはずなの」

「そうっすか。今『葬儀屋』は?」

「北東に駆けていくのが見えた。でも、さすがに後はもう他チームに任せて――」


 自身を労わってくれるエルナに、サラは首を横に振った。


「ダメっす!」

「え?」

「デルミーラさんが、追ってしまいました! 自分たちも早くっ!」


 サラの大声に、二人もただちに理解したようだ。

 即座に『葬儀屋』を追いかけたデルミーラなら、今頃、追いついているかもしれない。


 三人は燃え盛る邸宅から脱出し、夜の森を北東に駆ける。


 屋外に出たサラは「バーナード氏っ」と相棒の鷹を呼んだ。夜でも人間と同程度の視力を発揮する鷹は、すぐに相手の居場所を特定したらしい。上空を旋回し始める。


 そのバーナードが旋回する中心には、巨木が立っていた。

 樹齢数百年だと察せられる、巨大なクスノキだ。この木が成長しすぎているせいか、周囲には木々がなく、かなり開けた空間になっている。


 森の一角に立つ巨木を見つめた時、その真下に一人の男が立っているのが見えた。


「…………キマるぅ」


 巨木の下で恍惚の表情を浮かべていたのは、ジギワルドだった。

 ジギワルドの足元には、巨木の根が伸びている――と、そう信じたかった。


 しかし目を凝らした時、それが人間の身体だと分かってしまう。

 女性の、ここ一か月ずっと見てきた海色の髪。


「これです、これが見たかったんですよ」


 彼は興奮した声で夜空に向け、吠えている。


「まさに大傑作……! ボクが当初思い描いたより、ずっと美しい死に方だ。自らの境遇を悟り、かつての主に死ぬ気で立ち向かってくるなんて!」


 サラにはすべてが理解できない言葉。

 そして理解したくもなかった。目の前で見せつけられた現実も含めて。


 横たわるデルミーラの肩からは、大量の血が流れている。間違いなく銃創。


「……なにが起きたんですか?」

「見ての通りです。彼女は恋人の末路を尋ねて、命を賭して闘ってきた。命というのは散り際、かくも輝く。銃弾を肩に受けながらも、ナイフ一本で足掻くなど」


 ジギワルドは右手で握りしめた拳銃を、月光にかざした。

 そして、その右手には一本の細い切り傷。デルミーラが一太刀を浴びせたか。


「本来、こんな機敏なインファイトはできなかったはず、はて、誰が教えたのか」

「…………」

「ありがとうございます、『草原』――最高の死に際を見られました」


 ジギワルドは静かに両手を合わせ、口を押さえた。そして身体を仰け反らせるほどに深く息を吸いこみ、恍惚の笑みで「…………キマるぅ」と声を漏らしている。

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