第5話

『アカシア・クヴェレ』から脱走したデルミーラは、合流地点に急いだ。

 これは『葬儀屋』の指示通りだった。ギリギリまで店内に潜伏し、『草原』を拘束できたら店を抜け出せと。彼は無茶しか言わないのだ。


 それでも合流地点には、彼の部下を名乗る男が待機していた。

 車に乗せられ、目隠しと耳栓をさせられる。


 発信機の類は調べられたが、さすがに胃の中までは確認されなかった。

 異物を飲み込んだ吐き気は必死で我慢しながら、体感で二時間ほど車で移動し、目隠しが外された。森の中だ。避暑地だろうと肌寒さで察する。


 目の前には小さな別宅。

 すぐに別荘の二階に通された。二階は、すべての窓が木の板で塞がれている。


「仕事を果たしてくれましたね、デルミーラさん」


 ガス灯が揺らめく、まるで監獄のような空間にその男はいた。

『葬儀屋』――ジギワルド=ヴィスティマン。屋内だろうとフードは外さない。


「念のために確認してくれますか?」


 二階の一室にはサラが両手足を縛られ、横たわっていた。

 幸い命はあるようだ。微かに上下する胸を見て、察する。


「彼女が『灯』の一員――『草原』で間違いありませんか?」

「はい……」


 デルミーラは肯定する。

 気絶させられ、『葬儀屋』に拘束されている女性はずっと見ていたサラ店長の姿。デルミーラの裏切りにより、もたらされた結果を直接確認し、胸が痛くなる。


「生け捕りができて幸いです……美しい死に方を考えてあげないといけませんね。あの男の前で一本一本、花でも植えましょうか……悩みどころですね」


 ジギワルドは興奮気味にしゃべると、最後にちらりとデルミーラを見た。


「アナタは、もういいですよ。ご苦労様」


 そう吐き捨て、彼は二階から去ろうとする。

 ご苦労様? と内心でデルミーラは訝しがる。これで話を終えられては、溜まったものではなかった。思わずジギワルドに詰め寄っている。


「……教えてください……ワタシはこれから一体どうすれば……?」

「なにも変わりませんよ。他の『灯』メンバーを殺しなさい」

「一人でも殺せば、解放してくれるって――」

「――アナタが殺したわけではないでしょう?」


 ジギワルドは冷ややかな瞳で言い放ってきた。


「命を賭しなさい。アナタの恋人を、収容所から救いたければ」


 告げられた瞬間、アネットの言葉がよぎった。

 やはり彼は根拠など一切、示さない。追い詰められた者には、そんな手間さえ不要だと割り切っている。どこまでも自身を軽んじる態度。


 去り行くジギワルドに、デルミーラは「待って」と手を伸ばした。

 しかし、その手はジギワルドに振り払われ「『死に方』を乱すな」と睨まれる。


「一体、なにがご不満なんですか? 恋人を救うために死ねるのに」

「…………っ」

「それとも――他の死に方を、選べる立場だとでも?」


 侮蔑を隠さない瞳は、突撃隊のソレと変わらない。


 デルミーラにできることは何もない。

 ここで逃げ出しても、餓死する未来しかない。あるいはディン共和国の警察に捕まり、帝国に引き戻される。そしてレゲンス党に再び尊厳を踏みにじられる。


 だからこそ、ジギワルドの言葉を疑う気力が失せる。

 身を委ねたい――恋人のために命を賭す――そう思考を止めれば、どれほど楽か。


「…………っ」


 デルミーラが呻いた時、ジギワルドが突如、腹を蹴りつけてきた。


「足りない頭でも冷やしてください」と命じて、彼は部下を引き連れ、二階から降りていく。二階から人が消えた。その無防備な態度に疑念はあれど、好都合と捉えるしかない。


 頭を冷やすまでもなく答えは決まっている。

 死に場所とは違うゴールを与えてくれた者は、隣にいる。


「店長」


 デルミーラは倒れたまま、サラの身体を揺すった。


「アネット先輩から、新しい発信機を持たされた」

「……ありがとうございます。ずっと信じていたっすよ」


 サラからの返答はすぐに届いた。

 途中で意識を取り戻していたのだろう。サラはデルミーラが差し出した針金で、すかさず手足の錠の解除に取り掛かる。が、両手が拘束されているせいで簡単にはいかない。

 デルミーラは「鍵を探してくる」と伝えた。


「……過ちに気づいた……アレが『葬儀屋』の本性――」


 とそこまで吐き出した後で、首を横に振っていた。


「――いや、騙してたのは自分も同じ……店長を殺そうとした」

「後から挽回すればいいんすよ」

「……サラ店長、器大きすぎ」

「お世辞は不要っす。デルミーラさんは、もう引退してください」


 サラは首を横に振り、拘束された両手でデルミーラの肩を押した。


「鍵もいりません。発信機をもとに、仲間がもう囲んでいるはず。早く脱出を」


 見事な手腕にデルミーラは言葉を失った。

 彼女の言葉通りなら『葬儀屋』は既に詰んでいる。彼さえ仕留めれば、デルミーラは解放される。そして、ディン共和国の地できっと生きていける。


 ――が、果たしてそれでいいのか?


 疑念がよぎる。この殺人未遂犯がそんなに簡単に許されていいのか?

 それに結局、自身は流されるがまま。主が変わっただけ。


「――ダメ。ワタシには、使命がある」

「え?」

「……知りたいの……恋人の最期を……! ワタシは、ワタシの意志で戦いたい」


 本来、それこそが自らの使命だったと固く拳を握りこむ。

 サラ店長との日々を忘れない。何度エルナに挑戦し、何度アネットに追い回されたか。


「ワタシだって『アカシア・クヴェレ』の一員だから」

「ダメっす!」


 必死に引き留めるサラの叫びを無視し、デルミーラは走り出した。

 自ら選び取った答えならば悔いはない。たとえ、そこが死地だとしても。



 ◇◇◇



 ――『門出』の任務が最終局面を迎える十六時間前。


 その『灯』メンバーも独自に動き始めていた。忍び寄る危機に連動するように。


「ジビア、リリィ、お願いがあるんだ」


 早朝、拠点であるマンションから発とうとする仲間に、モニカは呼びかけた。

 ちょうど今、扉に手をかけていたジビアが首を傾げる。


「んんー? どうした?」

「今日の任務、参加できそうにない。ごめん。やっぱり、どうしても無理だ」


 すまなそうに首を横に振るモニカ。

 突然の申し出だったが、ジビアとリリィは一度顔を見合わせると、同時に噴き出していた。ここ数日、彼女に落ち着きがないのは、とっくに察していた。


「分かってるよ。サラの件だろ?」

「師匠離れはできているのに、弟子離れができていませんねー」


 そうジビアとリリィは微笑み、同時に手を振った。


「おぅ。駆け付けたいなら、駆けつけてこいよ」

「はい。こっちは任せて、自由にしてください。弟子想いの師匠ですね」


 二人に労われ、モニカは「ありがと。本当に笑えるよね」と頷いている。


「案外、ボクが思っているよりも、ボクは弟子が心配なのかも」


 照れくさそうに髪をかき上げ、すぐにモニカも動き出した。

 できるだけ素早く、と判断する。用意すべきアイテムは山ほどあった。

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