第4話

 アネットとエルナは『アカシア・クヴェレ』で待機を続けていた。


 今日はさすがに「臨時休業」の看板を掲げていた。カウンターには巨大な無線機が置かれている。サラの任務先はそう離れておらず、状況をリアルタイムで聞けた。


 途中、何度もデルミーラは離席しようとした。


「……やっぱり自分も外に行く……」


 焦った素振りを装い、彼女は幾度となく店から出ようと腰をあげた。


「……そっちの方が効率的……一部だけなら『門出』の顔を知って――」

「――サラの姉貴は、待機を命じました」


 その度にアネットが席に引き戻した。

 その時点でデルミーラの裏切りは明白だった。彼女の顔から滝のような汗が流れる。


 やがてサラが「ウェス」と名乗った男に『灯』の一員と特定された直後、無線が途絶えた。衝撃で故障したのか。隠し持っていた発信機が見つかったのか。

 アネットは天井を見上げ、大きく息を吐いた。


「サラの姉貴っ、やられましたねっ。待ち伏せされたんでしょうっ」

「サラお姉ちゃん…………」


 エルナがか細い声を漏らし、身体の前でぐっと手を掴んだ。

 アネットはその肩を強く叩いた後「で? テメェの言い分は?」とデルミーラを睨む。


「し、知らない…………」


 デルミーラは後ずさりし、店の壁に背中をつける。


「……ワタシは……サラ店長を売ってなんか……」

「騙せると思ってます? 何度も逃げようとしやがって」


『葬儀屋』との定期報告の文書で、サラたちの動きを密告したのだろう。

 報告書はこちらで用意したが、送付したのは彼女自身。別の文書を仕込んだか。

 アネットはデルミーラの海色の髪を掴み、容赦なく彼女を床に引きずり倒す。


「テメェが姉貴を殺したんですよ、この殺人犯」

「だってっ――」


 彼女が涙目になりながら、悲鳴をあげた。


「そうしないとっ! 帝国の! 仲間が……なにより、ワタシの恋人が――」

「――馬鹿でも極めてます?」


 アネットは、デルミーラの顔をブーツのつま先で蹴り飛ばした。


「どうせ死んでますよっ。五年前に捕まったスパイだなんて」

「……っ、嘘……そんな、はずがない……」

「根拠でもあるんですか? 『葬儀屋』とやらの、どこに信じる要素が?」

「それは――」

「――奴は都合のいい美談を作り上げる。テメェらを死に追いやるためにっ」


 その『葬儀屋』の手法は、ウェスが言い放った言葉からも察せられた。彼は心から自らの使命を信じている。恋人を救う正義を教えられたデルミーラのように。


「追い詰められた者は、信じたいことを信じる――今のテメェみたいに」


 アネットがそう言い放ちながら拳を振り上げた時、エルナに腕を掴まれた。


「言っておくけど、サラお姉ちゃんは覚悟していたの」


 アネットを引き下げ、代わりにエルナが前に出る。


「デルミーラさんに騙されることくらい、当然、想定済みだった」

「……? 理解できない……じゃあ、なんで一人で――」

「――一パーセント、アナタが裏切っていない可能性があったから」


 エルナはしゃがみ、デルミーラの手を掴んだ。


「アナタは、それだけ期待を寄せていたサラお姉ちゃんの心を無下にしたの」

「――――っ」


 デルミーラの身体が震えた。

 ようやく自らの過ちに思い至ったようで、口から嗚咽が漏れる。顔が悲哀に歪み、唇を血が出るほどに噛みしめ、自らの髪を搔きむしった。

 それから何度も床を拳で殴り続ける。

 激しい自傷を繰り返した後、やがて「……でも」と力なく拳を落とした。


「どうすればいいのか、分からない……ワタシは。ずっと……」

「なら選びやがれ――サラの姉貴を救うか、俺様に殺されるか」


 アネットが発信機を差し出し、彼女の手に置いた。

 いまだ惑うデルミーラを、エルナが寄り添い、アネットが威圧する。


 やがてデルミーラは弾かれるように立ち上がった。発信機を飲み込むと『アカシア・クヴェレ』から飛び出していく。強く扉を押し、地上に繋がる階段を駆け上がる。

 そんな無我夢中の背中を見届け、エルナは安堵の息を吐いた。


「…………これ、やっぱり必要な手順だったの?」

「さぁ? でも、サラの姉貴の判断ですからっ」


 アネットとエルナは、サラの指示通りに動いていた。今回の流れはすべて計算の上。


 ――

 それが、自らを危険に晒してでもサラが本当に成し遂げたかったもの。



「――調教。姉貴の愛情は、どんな、じゃじゃ馬も引き込みますからねっ」



 アネットは大きく伸びをしながら「かく言う俺様もその一人っ」と笑った。

 同意するようにエルナも「かく言うエルナもその一人」と同調する。


 計画通りに事が進んでいることを確認し、アネットは『アカシア・クヴェレ』の壁を強く蹴り上げた。それに倣うように、エルナも同時に蹴り飛ばす。


「ま、今のところ、全てはサラの姉貴の計画通りっ」

「なの。完全にデルミーラさんの心を掴んだはず」

「そして今回の件で、デルミーラは『葬儀屋』の信頼を勝ち取ったっ」

「ん。『草原』の居場所を密告して、評価が上がらないわけがない」

「疑うはずもないでしょうっ。密告時、デルミーラは本気で俺様たちを裏切る気だった」

「そんなデルミーラさんが裏切ったなんて、相手にとっても想定外のはず」


 そう交互に発し続けてきた時、隠し金庫が天井から落下する。

 それは特定の場所を二か所同時に蹴ると、作動する仕掛け。


 金庫は落下の衝撃で開き、中身をほぼ同時に散乱させる。拳銃、銃弾、任務服、睡眠薬、自白剤、手りゅう弾、多足型爆弾、飛行機型爆弾。

 それが落下する前にアネットとエルナは回収し、身に着ける。


「じゃ、サラの姉貴の下に行きましょうかっ」

「ん。間違いなく『葬儀屋』はそこにいるの」


 アネットの手には、新たな受信機が握られている。

 それは、ディン共和国をバイクで移動しているデルミーラの現在地が示されていた。

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