第3話

「……誰の紹介で来た?」


 やがて辿り着いたのは、首都繁華街から少し外れた裏路地。

 名目は、会員制のダンスホールということになっている。廃墟寸前の個人邸宅には、小さく『ニワトコの森』という看板が掲げられ、窓から光が漏れていた。

 その門の前で立っていた男に、サラは「デルミーラさんから」と微笑む。


「他には何を言えばいいっすか? 合言葉でも伝えた方が?」

「そんなものはねぇよ、不審者が」

「――『そんなものはねぇよ、不審者が』が合言葉と聞いているっす」


 サラがそう伝えると、ずっと険しい面持ちの男が表情を和らげた。


「中に入れよ、ブラザー。最近、帝国からの新入りが増えてな」

「お、いいっすね。帝国男性、紹介してくださいよ」

「どうかな? アンタ、男色家にしちゃ可愛すぎんだよ」


 門番の男は一瞬、怪訝そうにサラの顔を見つめた。が、すぐに頷く。


「ま、いい。そういうのが好みの男だっているだろ」


 一瞬焦ったが、なんとかなったようだ。

 室内は薄暗く、より男装がバレずにすみそうだった。


 間接照明のみで照らされた広間には、ソファが並べられ、男女が二十人ほど酒を酌み交わしている。どうやら健全な交流を行う場らしい――と思ったが、やけに距離が近い男二人が階段をあがっていく様を見て、二階がそのための場なのだと理解する。


 だが、行為目当ての客は少数派らしい。

 会話に交わって、すぐに察する――彼らは理解者を求めていただけ。

 自らの内なる欲求を吐き出し、それを受け止めてくれる存在を。


 話題の中心はやはりレゲンス党だったので、サラも参加しやすかった。



「恐いっすよねー。実は、ディン共和国にも同調する人がいるみたいで」



 決して話の腰を折らずに、より興味を引く話題に転換していく。

 ソファの端に腰を下ろし、サラはコミュニティに溶け込んでいった。



「あぁ、帝国から逃げてきたんすね。賢明っすよ。突撃隊なんて野蛮な集団」



 そしてガルガド帝国出身者を見つければ、ゆっくり距離を近づける。

 中にはサラの肩に触れようとする者がいたが、愛の心で受け入れた。



「自分にも似た境遇の知り合いがいるんですよ。突撃隊に苦しめられた」



 脳裏にあったのは、酒を注がれるたびに相手の心を開かせるジビアの姿。

 ライラット革命任務では、一年以上、彼女のそばで酒場を回り続けた。サラはもっぱら介抱が専門だったが、その振る舞いは学び続けている。

 改めて自分には多くの師がいるな、と感謝し、サラは潜入を続ける。



「デルミーラさんと言うんです……あれ? もしかして同郷っすかね?」



 やがて一時間以上の時間をかけ、じっくり『門出』の一員を特定した。


 落ち度は一切なかったという自負はあった。

 アネットとエルナのおかげで、男装は完璧に行っている。一流諜報員相手ならまだしも、この薄暗い照明の中で、一般人が見破れるはずはない。


 会話にミスはない。デルミーラの名も自然な流れで出した。

 演技は完璧。カバンやポケットにも不審に思われる物はない。男性名義の身分証や男性用化粧品、髭剃り用のフォーム、タバコ、避妊具。設定は徹底的に作り込んでいる。



「――貴様、『灯』の一員だな?」



 だからこそ――


 サラの正体を指摘したのは、香水を纏う、細身の男性だった。雄ライオンのたてがみのような長い毛並みのモヒカンは、デルミーラから教わった特徴とも一致する。


 サラは先ほど、ウェス=ペーベルと名乗っていた男を見つめる。


「あぁ、やっぱり」


 サラはため息を吐きながら、微笑んでいた。


「デルミーラさん、自分たちを売ることに決めたんですね」

「二重スパイ工作――あの方の指摘通り、スパイは皆、同じことを考える」


 ウェスはそう言いながら、ずっとつけていた手袋を外した。

 屋内だろうと決して外さなかった手袋。その理由は、露になった手を見た時、判明する。彼の右手には、穴が開けられていた。直径一センチほどの大きな穴。


 ――右手に開けられた穴には、深紅の花。


「『葬儀屋』様が植えてくれた。オレの遺体が、華やかになるように」


 ウェスは右手を見せつけるよう拳を振り上げる。


「ほら――『灯』が殺してくれるんだろう?」


 そう叫びながら振り下ろされた拳に、サラは吹っ飛ばされる。

 拳自体は受け止めたが、勢いまでは殺せない。ソファやショットグラスを薙ぎ倒し、サラは床に転がった。すぐさま体勢を整えるが、ウェスは既に迫っている。


「聞いたぞ。レゲンス党を背後で操るのは、『灯』のボスだと」


 彼が再び繰り出してきた拳を、サラは身をよじって回避した。

 憎悪とともにぶつけられた言葉を受け止め、サラは距離を取った。


「それこそがアナタの死に方なんですね?」

「あの方は、約束してくれた。『灯』を止めれば、レゲンスは潰えると」

「さぁ……? そんな簡単な事情ではないんですが……」

「惚けるんじゃあああぁないっ!」


 再び怒号をあげ、今度はキックを繰り出してくるウェス。

 おそらくは元軍人か警察なのだろう。動きに無駄がない。



「殺す……今もなお、帝国で生きる仲間のため――俺は、命を捨てる!」



 命さえ擲つ覚悟の一撃は、サラの意識を奪うほどの威力が宿っていた。

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