第2話

「ハッキリ言うっすね。アナタの暗殺は既に失敗している」


 情報整理を終え、サラは厳しい眼差しを向ける。


「それだけの実力差が、アナタと『灯』にはある。仮に暗殺が成功しかけたとしても、その時は自分たちが即刻、デルミーラさんを射撃する」

「……うん、何連敗もして身に染みている」

「寝返る気はありませんか? 『灯』に」


 声をかけた瞬間、デルミーラはハッとした表情で顔をあげた。

 サラは彼女の手を取り、にこやかに笑いかけた。


「『葬儀屋』を打倒しましょう。自分たちと一緒に」


 それは彼女を雇用した時から思い描いていたゴールだ。

 そのためにエルナに頼み、何度も命を狙われてもらった。デルミーラは心の底から、暗殺の失敗を認めねばならない。エルナは『任せるの』とノータイムで答えてくれた。


「デルミーラさんは、詰んでいます。他に選択はないはず」

「……いいの? ワタシは、アナタを殺しにきた……」

「もう『アカシア・クヴェレ』の仲間っすよ――全力でアナタを引退させます」


 一瞬、デルミーラの顔に希望が差したように眉が上がる。

 が、直後熱を失ったように首を横に振った。顔から血の気が消えている。


「……ダメ。サラ店長は、『葬儀屋』の恐ろしさを知らない……」

「それほどまでに脅威なんですか?」

「アイツは芸術家……理解を超えている……常識の枠に囚われない」


 以前モニカから渡された資料には、彼の異常性が綴られていた。


 専門は――死に方を、彩ること。

 死刑囚などを駆使し、大規模な破壊工作を展開する。本来、捨て駒にしかなれない死刑囚たちがなぜか彼に感謝の弁を述べ、積極的に殉職していく。

 そうして生まれた遺体に花を植え――芸術作品として棺に納める。


 死を導くことこそ誉れとする、理解を超えた死の導き手コーディネーター


「次の定時報告の日付は?」


 サラの問いに、デルミーラは青白い顔のまま答える。


「明後日……報告が滞れば、仲間が殺される……」

「嘘を吐いてください。報告書の文面は自分が用意します」

「……他には、どうすればいい?」

「『門出』の仲間と会わせてください。今は情報が要る」

「……ごめん……多くは知らない……仲間同士の接触は最低限だから……」


 そういえば、デルミーラは銃を購入した仲間を知らなかった。

 間違いなく『葬儀屋』の指示だろう。『門出』が一斉に逃げ出せば、彼の試みは挫かれるからだ。サポートは顔の知らない者同士で行わせているのか。


「それでも一緒のクラブにいたんすよね? 顔見知りもいるはず」


 しかし、逆に言えば、そこに付け入る隙がある。


「――どこでなら会えますか?」


 そう尋ねると、デルミーラは心当たりを明かしてくれた。

 サラは粗方の情報を引き出し終え、デルミーラには店に戻るよう伝えた。


 一人倉庫に籠り、算段を練る。できれば、デルミーラ以外の『門出』の人たちも救いたい。彼らは『灯』の暗殺を命じられている。余計なリスクは消しておきたい。

 やはり、この任務の結末は『葬儀屋』の打倒以外考えられなかった。


「いいんですかっ? サラの姉貴っ」


 じっと策を巡らせていたところ、アネットが倉庫に顔を出してきた。


「姉貴っ、もしかして、とんでもなく危ない橋を渡ろうとしていません?」

「分かっているっすよ。『葬儀屋』……名前だけでも恐いっすね」

「いいや、そうじゃなくて――」


 アネットは倉庫の壁に触れ、仕掛けていた盗聴器を外した。

 どうやらデルミーラとの会話は聞いていたようだ。


「あの女――?」

「無理に言わせても仕方がないっすから」


 サラは手を振り、アネットの不安を払拭するように笑いかける。

 そして、その上で頼みたいことを伝えた。今回の任務では、モニカを含め他の『灯』メンバーの手を借りる気はないが、さすがにエルナとアネットの力は要る。


 自身は『灯』の主軸にはなれない。

 引退を決め、サポート役としての活躍を――その諦念が今のサラの武器。



 ◇◇◇



 三日後、『アカシア・クヴェレ』は、これまでとは違う熱気で満ちていた。


「サラお姉ちゃん、よく似合っているのおおおおおおおっ!」

「俺様っ、もっとキリリとっ! 化粧もやってやりますっ」

「アネット、服を用意したの! 一日駆け回ってきたの!」

「エルナちゃん、さすがですっ! 裾は、俺様が調整しますっ!」

「かっこいいのおおおおおおおおおおおおおお!」

「サラの姉貴っ! サラの姉貴いいいいいいぃっ!」


 愛を爆発させたアネットとエルナが拍手を送るのは――男装したサラ。

 萌黄色のジャケットに身を包んでいる。かつて手放したキャスケット帽をやや浅めに被り、長い髪は上手に隠した。アネットが施してくれた化粧で顔の印象も変えている。


 沸き立つアネットとエルナに、デルミーラが首を傾げる。


「……なに、先輩たちの熱狂……」

「可愛いっすよねー、お二方」

「…………本当に愛されている、サラ店長……ワタシも、やりたい……」


 デルミーラはこほんと咳ばらいをして、両腕をあげた。


「……サラてんちょー!」

「真似しなくていいっす」


 なぜか無理やりテンションを上げ始めたデルミーラに苦笑し、サラは身支度を整えた。


「じゃ、『門出』のお仲間を探してくるっすね。先輩たちは、待機を」

「任せるの」とエルナが頷き、アネットが「発信機は肌身離さず」と強調する。


 最後に、デルミーラが緊張した声音で「サラ店長」と口にした。


「ワタシの仲間によろしくね」

「えぇ、仲良くやれるよう祈っていますよ」


 そう答え、サラは『アカシア・クヴェレ』を抜け出した。

 行き先は一つ――ディン共和国の同性愛クラブだ。


 ガルガド帝国と同様、ディン共和国にも同じ嗜好を持った者が集まる場が存在する。どうしても奇異な目で見られるため、場所はひっそりと地下酒場や個人邸宅などだ。


 デルミーラのアイデアだった。『ワタシも出入りしていたから』と。


 たとえ暗殺任務を言い渡されても、孤独からは逃れられない。

 不安に抗うため、彼女は一時そこに通っていた。『門出』の仲間も目撃したという。


 男装は、その『門出』の人間を欺くため。うっかり『灯』だと正体を見抜かれ、その場で戦闘になっては説得どころではない。

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