―栄華3 後編―

第1話

『アカシア・クヴェレ』がデルミーラ=パラッシュを雇用してから一か月が経過した。


 雇用――というより飼い殺しという表現が適切かもしれない。

 人手不足の『アカシア・クヴェレ』にとって、彼女は実に都合のいい労働力。本人も他に行く当てがないため、渋々と言った様子ではあるが仕事をこなしている。

 強いて難点をあげれば、一日一回、『灯』メンバーの暗殺を企むことだが――。


「……エルナ先輩、終わり……さっき振舞ったまかないには、毒を盛っていて――」

「――あの表面なら、不幸の臭いがしたから取り除いたの」


 ――エルナが難なく対処する。


 この日、デルミーラが振る舞ったグラタンには毒が塗布されていたが、その表面はエルナがスプーンで取り分け、排除していたらしい。

 彼女は能天気な顔で「美味しかったの」と笑顔を浮かべている。


 デルミーラはなんとも言えない顔で「理解、不能……」と悔しがっていた。

 カウンター席では、アネットが呆れた顔でパンに齧りついている。


「お前、分かりやすすぎるんですっ。突然、自分でまかないを作り始めるなんて」

「……サラ店長の美味しすぎる料理に……毒は盛れない……」


妙なこだわりを発揮し、俯くデルミーラ。

アネットは「中途半端な刺客ですねっ」とせせら笑う。


「たまには、俺様を狙えばいいのに」

「……だってエルナ先輩が一番弱そう」

「そう印象を植え付けることも、エルナちゃんの才能でしたね」

「……じゃあ、仮にアネット先輩を攻撃したら?」

「? 俺様、八つ裂きにしますけどっ?」


 決して脅しではない、本気の殺気。デルミーラは身体を震わせ、そして、その冷たい眼差しから逃れるように、隣のエルナをぎゅっと抱きしめた。


「の? のぉ……⁉」

「……気づいた。エルナ先輩の勘は、不幸じゃなければ発揮しない……」

「う、動きづらいの!」

「……でも避けられなかった……ということは、本当はハグされたいはず……」


 勝ち誇るように唇をゆがませる、デルミーラ。

 それは、エルナに独占欲を発揮しているアネットへの復讐。


「……エルナ先輩、このままワタシを守る盾として二十四時間――」

「――サラの姉貴ーっ、今日のゴミ当番、俺様が引き受けていいですかぁ?」


 そして、憤怒の情をぶちまけるアネット。

 この流れ含めて、もはや『アカシア・クヴェレ』の日常になっている。


 その後しばらく、ゴミ袋にデルミーラを入れようとするアネットと、エルナを盾にして狭い店内を逃げ回るデルミーラとの攻防が続いた。

 そんな光景の隣で料理の下拵えを行っていたサラが、静かに包丁を置いた。


「デルミーラさん、ちょっといいっすか?」

「……サラ店長……アネット先輩を止めて。冗談、通じない……」

「大丈夫っす。昔のアネット先輩なら、とっくに実行済みでしたけど」

「なにがどう大丈夫……⁉」


 悲鳴をあげるデルミーラを無視し、サラは店の奥を示した。


「――店長面談、いいっすか?」


 その真剣な声音で、デルミーラも顔を強張らせる。

 彼女自身が一番わかっていた。こんな日々が長く続くはずもない、と。



 ◇◇◇



 倉庫兼尋問室――『アカシア・クヴェレ』の秘密の空間で二人は向き合う。

 空いた木箱を椅子代わりに座り、サラはデルミーラの顔をじっと見つめた。


「まずは、情報の整理っす」


 サラ同様、木箱に腰を下ろしたデルミーラは固い表情で頷いた。


「……はい。お願いします……」

「ガルガド帝国は現在、レゲンス党による同性愛者のバッシングが盛んになっている。自分たちの権威付けのため、マイノリティを迫害する手法っすね」

「……そう。帝国には、同性愛者が集まるクラブがあったけど――」

「――突撃隊が襲撃した。アナタたちは暴力を加えられ、路上で晒し物にされた」


 ここまでの経緯は彼女の雇用時に把握している。

 恥辱を思い出すように唇を噛みしめていた態度は、決して嘘ではなかったはずだ。


「……そんな時、ガルガド帝国の防諜機関『幽谷』の人間が助けてくれたの。レゲンス党の突撃隊を追い払ってくれて、ワタシたちを匿ってくれた……」


 黒いフードで顔を覆っている、小柄な男という。

 少年にも見えるような体躯の男は、仲間から『葬儀屋』と呼ばれていた。


「そして――


 あまりに無茶苦茶な指示に、サラは無意識に拳を握りこんでいる。

『葬儀屋』とやらは、デルミーラたちを守っていない。むしろ死に追いやっている。


「無謀っすよ。異国の地で素人がスパイチームを探すなんて」


 サラが冷静に指摘する。


「万が一に見つけ出せても、殺される可能性が高い」

「……でも逃げ出せば、他の仲間に責任を負わせるって……帝国に居場所はない……ワタシたちには、他に選択肢はなかった……『灯』に挑むしかなかった」

「でも実際、アナタたちは飢え死にしないだけで精いっぱいだった?」

「……滑稽極まりない……本当に、使い捨て」


 デルミーラは自嘲するように肩を竦めた。


「それが『門出セレモニー』の実態――異端者集団なんて呼ばれていたのね」


 むしろ、今のデルミーラの境遇は奇跡に等しいのかもしれない。

 その悲哀を思えば、正しくないという表現は分かる。しかし『灯』と接触でき、いまだ生き延びている状況は「僥倖」以外に言いようがない。


「……五年前は、幸せだった」


 デルミーラは、寂しげに呟いた。


「……こんなワタシにも、恋人がいたの。その人に本気の恋をして、なんでもやった……当時働いていたお店の裏帳簿も、裏金庫も、ぜーんぶ、差し出せるくらい」

「……あの、唐突な犯罪自慢っすけど、それ、もしかして――」

「えぇ、その方はスパイだった」

「騙されていただけでは⁉」

「……うん。ワタシ、逮捕。ワタシの初恋相手も『幽谷』に捕まった……らしい……」


 あくまで伝聞なのは、その現場を見ていないということか。

 そしてデルミーラ自身は微罪で終わり、釈放されたようだ。



「『葬儀屋』は約束してくれた――『灯』を仕留めれば、その人も解放すると」



 デルミーラの声音に迷いはなかった。騙されていたとしても、想いは不変か。

 五年前の恋人を救いだすため――彼女は無謀極まる暗殺者に堕ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る