第9話

 親衛隊を追い払うことに成功したが、またいつ戻ってくるかは分からない。


 女性一人を捕らえるだけと思い、二人だけの少人数で動いたのだろう。何者かが支援していると思われれば、より多くの人員が割かれるはずだ。そうなればエルナとアネット二人では、さすがに荷が重い。


 フィルムや薬品を慌てて作業部屋から持ち出し、路地に逃げた。

 全てはカトリーヌという女性を国王親衛隊から逃がすためだ。


 盗んだフィルムを鑑賞した際、彼女が親衛隊に見張られている事実を摑んだ。最初は無関係を決め込んだが、弁護士事務所で方針を転換。念のためのアリバイ工作を頼み、アネットと合流。聖カタラーツ高等学校からウサギの着ぐるみを拝借し、彼女の元に駆け出した。戦闘になったのは予想外だが。なんとか退散させた。


 背中や両手いっぱいにフィルムや撮影道具を抱えた彼女を小型バイクに乗せ、曲芸じみた三人乗りで首都の街から逃がす。一度、郊外に身を隠した方が良い。


 彼女は終始「な、なんで助けてくれたの?」と困惑気味だった。

 余計な問答はできない。正体は明かせない。


 去り際、エルナはカトリーヌに、持ってきていたフィルムを差し出した。


「ネガは返すの」

「え?」

「俺様たちがバッチリ映っている部分は切り取りましたけどっ」


 さすがにそのまま使用させることはできない。

 エルナは、目を見開くカトリーヌに告げる。



「代わりに完璧な映画を完成させて」



 彼女が本当に反政府活動をこなすのならば、支援せねばならない。

 フィルムを奪ったのは、エルナたちの保身のためだ。元々カトリーヌたちと目的は一致している。王政府の打倒。

 しかし、差し出した手には、それ以上の感情もこもっている。



「ワタシたちがここにいたことを、なかったことにしないで」



 強く言いきる。誰にも否定させないと示すように。


「たとえ仮初でも噓だらけでも、ワタシたちは普通の学生生活を送っていた」


 ある意味では究極の欺瞞だ。


 ──エルナたちは、コレットやサンドラ、聖カタラーツ高等学校の生徒たちの人生を無茶苦茶にする。


 それが革命という手法。彼女たちを恨んではいない。それでも人生を破壊する。憎まれようと実行する。


 理解されようなんて思わない。裏切られたと彼女たちが憎む権利はある。

 しかし、それでも──学校生活は楽しかったのだ、と胸を張って言える。

 彼女たちも同様だと信じている。たとえどんな末路を迎えようと、朗らかに笑い合える一時は本物だった。


 ──映画として残してほしい。


 たとえ映画自体は歴史に葬られようと、見た人の心に残る。エルナたちの青春を、観衆の記憶の片隅でもいいから残したい。


「キミたちのことはよく分からないけど……」


 カトリーヌは瞬きをしたあとで、フィルムを受け取った。


「大切にする。ありがとう。ワタシ、この程度じゃ諦めないから」

「うん」

「ワタシもね、約束をしたんだ。引きこもりのワタシを救ってくれた恩人たちと」

「恩人?」

「そ、名は教えてもらえなかったけど」


 彼女は恥ずかしそうに頰を赤らめ、にこやかな笑顔をしてみせた。



「形にするよ。キミたちとの出会いも、このフィルムに収められているんだから」



 そう言って、彼女はぶんぶんと大きく手を振って道を進んでいった。

 たくさんの会話を交わしてはいないが、彼女ならば良い映画を作るだろうと不思議な予感があった。国王親衛隊に殴られても屈さなかった人だ。

 彼女の背中が小さくなった頃、バイクのハンドルを握るアネットが笑う。


「しっかし、エルナちゃん! 今回は、俺様に迷惑かけっぱなしですねっ」

「反論できないの……」

「俺様っ、ほとんどエルナちゃんのボディガードですっ! 俺様にだって仕事は、たくさんあるんですよ?」

「そ、その代わり諜報活動のほとんどはエルナが──」

「エルナちゃんが不幸に突っ込みまくるからでしょうが、俺様の仕事が進まないんですっ!!」


 アネットが怒ったようにアクセルを回し、バイクは急発進する。のぉ、と悲鳴をあげながら彼女の背中にしがみつき、夜が明け始めたピルカに戻っていった。

 朝を迎えたら、またエルナは学校に向かう。仮初の学校生活を享受し、来週にはミュージカルの舞台に立つ。


   ♢


 ──ライラット王国革命任務。


『灯』がこれまで行ってきた任務とは全く異なる長期任務。一年以上チームはバラバラになり、それぞれの地に潜伏する。

 ゆえにスパイとして孤独に苛まれることは多い。


 エルナが級友との友情とスパイの使命の狭間で葛藤するように、多くの者が感情と向き合った期間。


 メンバーは一年以上、連絡を取り合っていない。お互いの居場所さえ分かっておらず、手紙のやり取りもない。稀に連絡係を担う少女が指令や緊急の相談事項を送り合うのだが、それもあくまで緊急時の話。

 特に任務が始まった最初の八か月は、メンバー同士の交流は一切なかった。


 ──しかし、何も接点はなかったわけではない。


 離れ離れでも目的は一つ。

 同じゴールに進んでいる以上、知らず知らずのうちに繫がっている。


   ♢


「よぉし! 次の撮影に取り掛かるぞぉ!」


 新たな街に辿り着いたカトリーヌは高々と拳をあげる。

 脳裏にあるのは、恩人の二人組の姿。


「絶対に完成させるよっ! 茶髪と白髪、恩人の少女たちとの約束だ!」



 その映画は『灯』の少女たちに思わぬ接点を生み出す。

 いずれ大きな悲劇と喜劇をもたらす映画撮影は終わらない。

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