第8話

 親衛隊の男たちは、既にカトリーヌを拘束するに足る情報は集め終わっているらしい。警棒を握りしめ、大股でカトリーヌに近寄ってくる。


「ふ、ふざけるなよっ──!!」


 壁に追い詰められつつ、左手で近くにあったビールジョッキを摑む。

 先日は少女相手に屈したが、こんなこともあろうと護衛術は身につけている。映画撮影の動機でもある、恩人から教わったものだ。

 右手でビデオカメラを抱くように摑み、左手でビールジョッキを振り上げた。


「フィ、フィルムを奪われた上に逮捕などされてたまるか!? ワタシはテメーみたいなアンポンタン共の悪行を暴くために──」

「口汚い言葉を慎め」


 かなうはずもなかった。


 親衛隊の男たちの一人が一歩踏み込み、警棒のリーチを活かしてカトリーヌの肩を強く打った。ビールジョッキで攻撃する間もない。抵抗の余裕さえ与えられず、もう一人の男に取り押さえられ、床に引きずり倒される。

 だが攻撃は終わらない。心を折るように背中を強く警棒で殴られた。


「お前は最大の禁忌を犯した」


 頭上から冷ややかな声が降ってくる。


「お前の低俗なプロパガンダ映画にニケ様を登場させようとしたな? 先月撮影を試みた。あの方を汚すような振る舞いが許されるとでも?」

「は? い、いや──」


 言われた意味がまるで理解できず、当惑する。

『創世軍』の頂点であり、ライラット王国を守護する最強のスパイ──ニケ。

 腐敗する王政府を守る最大の盾であり、映画に出さねばと考えた。先月、ある式典に呼ばれた彼女をこっそり撮影しようと、群衆に紛れて近づいた。


 だが、途中で諦めた。


 彼女と目が合った瞬間、緊張に屈した。取り出そうとしたカメラをカバンに戻し、ただ手を振るだけに留めた。


 ニケは「応援、感謝するよ! 素晴らしい国民がオレのエネルギーさ」と爽やかな笑顔で手を振り返してくれた。


 カトリーヌとニケの接点はそれだけ。

 カメラをカバンから出すこともない。彼女の前では何もしていない。カトリーヌの場には何十人も人だかりがいて、ニケからはカバンも見えなかったはず。


「ワタシはニケ様を撮影なんて──」

「撮影しようと思ったが控えた──あの方がお前の本心を見抜くには十分すぎる」


 告げられた衝撃的な真相に、全身の血が冷えきる。

 あまりに人間離れした女。王政府を打ち倒すために暗躍する秘密結社を数十と潰し、王国に近づくスパイを拘束し続ける謀神。


「ホント……ふっざけるなよ……!」


 右手にはまだビデオカメラが収まっている。強く握っていた。

 疑問を呈することさえ認めない政府などクソくらえだった。そんなごうまんな王政府と、守護するニケに怒りが止まらなかった。


「ワタシは、映画で変えるんだ……この国の悪夢を……っ!」


 強く訴えるが、親衛隊の男たちは心を折るように再度、警棒で殴りつけてくる。

 女だろうと容赦がない。無抵抗に連行に従うまで痛めつける気だ。背中を殴られる度に口から血と唾が混じったような何かが飛び出す。

 心までは屈さないと固く唇を嚙んだ時だった。



「おい、映画監督っ! カメラを回す準備はできましたか?」

「ワタシたちの大活躍、撮影する権利をくれてやるの!!」



 裏口から聞き覚えのある楽し気な声が響いてきた。

 聖カタラーツ高等学校の灰桃髪と金髪の少女たちか──そう察して、ハッと顔を上げる。


 だが違っていた。


 裏口の照明の下に立っていたのは、異形の二人。

 真っ先に目に入ったのは、被り物。夜の酒場にらんらんと輝いている赤い瞳に、すぼめたようなバッテン印の口元。頭からは長い耳が生えているが、途中でかくんと折れ曲がっている。


 早い話、ウサギの着ぐるみを着込んだ少女が二人立っていた。


 国王親衛隊たちもまた啞然として固まっている。

 慌ててカメラを回した時、ウサギの少女たちは両腕をあげる。


「悪行を推し進めるやからに、俺様たちのてんちゅうを!」

「天の神が見逃しても、この赤い瞳が見逃さない!」

「跳ねる身体は、クソヤローどもを蹴り飛ばすために!!」

「長い耳は、子どもの涙を聞くために!!」


 途中何度も両腕を振り回したり大きく曲げたりを繰り返している。ポーズを決めているつもりのようだ。



「俺様たちっ!「ワタシたち「「ウサウサシスターズですっ!!」」



 豪快に名乗った少女たち。

 裏口の照明がスポットライトのように、彼女たちを照らしている。明るく照らされた場所から彼女たちも出ることなく、堂々と光を浴びていた。


「「…………なんか来た」」


 親衛隊の男たちも己の使命を忘れたようにうめいている。

 まるで意味の分からないちんにゅう者に思考を停止させられているようだ。


 しばらくの静寂が生まれた。


 ウサウサシスターズ(?)はポーズを決めたまま動かない。親衛隊の男たちも啞然としている。途中カトリーヌは「知り合いか?」と尋ねられたので「知らん」と返した。

 やがてウサギの片方が膝から崩れ、着ぐるみの顔を手で覆った。


「…………やっぱり恥ずかしいの」

「俺様も猛烈に嫌ですが、顔をさらせないので仕方がないですっ!」

 別のウサギは堂々と立ち、場にそぐわない楽し気な笑みを見せている。



「なのでっ、お前たちでウサウサっと憂さ晴らしですっ!」



 彼女がウサギの耳をむしって取り出したのは、特大のスタンガン。


 以降の出来事は、カメラに収めきれなかった。

 ただカトリーヌの目に映ったのは、スタンガンや花火を撒き散らす過激なウサギと、その被害から逃れるように動いて親衛隊をほんろうするウサギ、そして、形勢不利と見て瞬く間に撤退していった親衛隊の男たちの姿だった。

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