第5話

 女性監督の名は、カトリーヌ=モレルと言うらしい。


「どうか見逃してください。シファリオールのワッフルに特製クリームと三種のベリーでどうでしょう? お望みであればシロップも浴びるほどかけてください。一人三人前まで」

「お嬢様スタンガンの出番ですか?」

「最近のお嬢様は物騒なんだね!?」


 水を浴びせ、たたき起こしたところ、彼女は床に座り頭を下げ始めた。

 無論そんな交渉を聞く義理はないので、酒場の二階に案内させる。


 慈悲はかけない。


 物置の窓をふさいで作られた暗室スペースからフィルムを確認し、回収する。最後までカトリーヌは抵抗していたが、アネットがスタンガンを見せるとさすがに黙った。


 暗室には、他にも大量のフィルムが保管されていた。何十時間以上の映像記録。フィルムを用意する費用だけで膨大だろう。映画にかける彼女の熱意は本物のようだ。


「これからは騙すしないでね」


 慰めの声をかけると、カトリーヌは不服そうに顔をしかめた。


「………キミたちみたいなお嬢様には分からないだろうけど」

「ん?」

「この映画は庶民の希望になるんだ」


 カトリーヌがあざけるように、ハッ、と息を吐いた。


「放課後、にこやかに演劇の話なんてい気なものだね。庶民の税金で改修された劇場を、上流階級が独占するのはそんなに気分が良いかい?」


 声に込められているのは、強い憎悪。

 徹夜明けの赤らんだ目でじっとエルナたちをにらみつけている。


「キミたちの華やかな帰り道の横では、どれほどの路上生活者が飢えていた?」


 せせら笑われる。


「良い素材だったよ。聖カタラーツ高等学校の学生の笑顔。なんて醜いんだ」

「──黙れなの」


 それ以上の言葉を返さなかった。

 見つけたフィルムを強く握りしめ、彼女の横を素通りする。

 薬品の臭いが充満し、カトリーヌの汗と熱がこもった暗室は不愉快だった。一秒でも早く去りたくなるほどに。


   ♢


 とにかく映画騒動は決着がついた。


 夜、エルナは寝室でカトリーヌから奪ったネガフィルムを照明に透かせて、ぼんやりと眺めた。映画用の八ミリフィルムだ。


 エルナたちの姿だけでなく、たくさんの情景が撮影されたらしい。上流階級が私腹を肥やし、夜な夜なパーティーに出かける様。続くように路上生活者たちの貧しい生活も映しだされていて、対比の意図を察した。


 エルナたちのシーンも対比構造。学校に通うこともできず、悪質な孤児院で金の恵み方を習う子どもたち。それとは対照的に、放課後に楽しそうに笑い合う伝統校の子どもたち。

 ベッドから身を起こし、机で工作に励んでいるアネットに尋ねた。


「これ、上映できないの?」

「ネガフィルムですよ? 色は反転してますっ」


 それでも、と無理を言って、簡易的な投影機を作ってもらう。手回しで巻き取ったフィルムを、懐中電灯で照らすだけの簡易的な作りだ。


 部屋を暗くして、壁に映し出した。

 白黒反転しているので見られたものではなかったが、壁にはコレットやサンドラと一緒に、学校生活の話を弾ませているエルナの笑顔が映し出される。片隅でアネットが居眠りしているのも、中々に印象的だ。


 ──醜くなんてない。


 少なくとも、そう感じた。

 カトリーヌに侮蔑的な言葉を吐かれるいわれはない。少女たちを騙しおだてて、反政府映画に出演させる女だ。善悪は明確だ。

 切り取られた青春の一時をぼんやりと眺めていると、アネットが笑った。


「けど目の付けどころは良いですよねっ、あの映画監督」

「ん?」

「コレットさんとサンドラさん、聖カタラーツ高等学校を代表する名家出身ですから」


 エルナは瞬きをする。

 アネットの指摘通り、彼女たちはそれなりの地位のある家の娘だ。


 コレットの父は貿易会社を経営している。植民地で生産した高品質な砂糖を安く買い叩き、国中のレストランに卸している。大規模なプランテーションをいくつも有しているようだ。彼女はその長女。侯爵との婚姻が決まっている。


 サンドラの父は、中央議会の代議員議員を務めている。議員の家系で祖父から叔父に至るまで、みな、地方や国の議員だ。ほのぐらい税金の噂は数多くあり、公共事業と称して彼らの家や別荘に道路を通しているようだ。サンドラ自身もいずれ議員になるかもしれない。


 嬉しそうにアネットが笑った。


「俺様たちがぐっちゃぐちゃに壊す相手ですもんね!」

「────!!」


 突きつけられた言葉に頭がカッと熱くなる。

 批難するように睨みつけるが、アネットは動じずご機嫌な表情を変えない。


「なに怒っているんですか? 俺様の目的は、革命。革命側は既得権益なんか認めませんっ。植民地からの利益を独占しているやつらも、税金を我が物にしている奴らも、ぶっ壊す。俺様たちの目的は《暁闇計画》ですが、そうお題目を掲げないと革命が起きません」

「けれど……っ」

「エルナちゃんだって、この国の腐敗にずっと怒っているじゃないですか」


 事実だった。


 エルナは学校生活の傍ら、路上生活者にパンを施し続けている。稼いだバイト代で廃棄寸前のパンを買い占め、飢える人々に慈善活動を行っている。

 一つのパンを有難そうに受け取る彼らを見る度、エルナは怒りに燃えた。

 壁に投影されているコレットたちを見つめ、アネットが口にする。



「見ものですねっ。コレットさんとサンドラさんがどんな末路を辿たどるのか?」



 あからさまなあおりは、逆にエルナの心を鎮めてくれた。

 カトリーヌの言葉に反発した理由と向き合わねばならない。


 彼女はエルナ自身だ。王国の格差社会を糾弾する者。スパイとしてではなく、かつて旧貴族の家に生まれた自分は、ライラット王国の腐敗する上流階級に憤った。


 ──ぶっ壊さねばならない。


 アネットの言う通りだ。

 エルナたちは《暁闇計画》に近づくため、革命を選んだ。秘密裏に動く計画の全貌を掌握するため、この国の根幹を揺るがす過激な道を進む。

 その果てに聖カタラーツ高等学校の友人は、どんな目に遭うのか。


「肩入れしすぎじゃないですか?」


 静かな声でアネットに尋ねられる。


「映画フィルムを取り返したのは、保身のためだけですか?」

「そうに決まっているの」

「コレットさんたちを守るため──そんな目的はなかったです?」

「……使命を忘れているわけじゃない」

「忘れていますよ。あんな映画にのこのこ出演する時点で」

「………………」


 何も言い返せなかった。

 やはりダメだったのだろう。


 ──学校生活に興じてはいけない。


 結局は偽物でまんで仮初だ。

 エルナたち『灯』が目的を成せば、聖カタラーツ高等学校の生徒たちの人生は大きく狂う。温かく迎え入れた級友を裏切る行為になる。


「…………バランスを取ってくれているの?」

「ん?」

「お前はその気になれば、教室にも馴染める。むしろエルナより得意なの」


 問題行動の多さで見えにくいが、アネットは目的のためならば空気を読み、相手の懐に潜り込む。かつて飲食店にバイトとして順応したこともある。


「お前まで級友に馴染んだら、エルナは取り込まれてしまう。そう危惧して、あえてお前はクラスで孤立して、ブレーキ役になってくれたの?」

「俺様、昼間は眠たいだけですっ」

「…………そう」


 どこまで本心なのかは、分かりようもない。

 しかし、エルナ自身の感情は明白だった。


 壁に薄く投影された、ネガフィルムの笑顔。黒く反転された世界で、サンドラは親し気にエルナの腕を摑んでいる。コレットは無視されようとめげずにアネットに話しかけ、少しでも興味を引こうと微笑んでいる。

 賑やかな公園の片隅でエルナは、恥ずかしそうに顔を赤らめている。


 ん、とアネットが小さな声をあげた。


 エルナも遅れて気がついた。八ミリフィルムの片隅に、不思議なものが映っていた。分かりにくいが、何かがエルナたちの背後に映っている。

 ロングコートを着込んだ男性が、エルナたちを監視するように立っている。


「──なに、この男?」


 ただの通行人ではないのは明白。

 映画の撮影現場は、誰かに見張られていたらしい。

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