第4話

 あああああああああああああああああああ、と嘆きが響く。


 夜、彼女が借りている部屋だ。

 ベッドでバタバタと足を動かしながら、やらかした後悔にさいなまれる。


何事もなかったように平静を取り繕い、学友と別れたあと、すぐさま脚本全てを読み込んだ。見えてきたのは、王国の格差社会を示す記述の数々。格差を拡大させる王政府の悪行。


 エルナたちが出演したのは『王政府を打倒せよ!』というメッセージで終える、バチバチな極左思想のプロパガンダ映画だった。


「やられましたね、エルナちゃん」


 アネットがけらけらと笑っている。


「あの監督共、自分たちは映画に映りたくないんですよ。警察や国王親衛隊に目をつけられたくないからっ。だからエキストラを用いたんですっ」

「代わりにエルナたちが目をつけられるの!!」

「見事なスケープゴートですねっ!」


 夜になって目が覚めてきたらしく、アネットは大きな声をあげている。


「どっかの秘密結社が流すんでしょうね。地下上映会ってやつですっ」

「不幸……不幸なのぉ……!!」

「俺様、不幸じゃなく不注意だと思いますっ」

「ううううううううううううぅ」


 アネットが完全に正しく、紛れもなくエルナの失態。

 それも嘆き続ける理由の一つだった。成長に満足した自分自身がいかに滑稽だったか、思い知らされる。


「で、でも、エルナたちはだまされただけなの! 事情を説明すれば──」

「騙されたって証拠を提示できますかっ? はたから見れば、反政府映画に協力してるんですよ?」

「うっ……!」

「そもそもマークされた時点で困るんですよ。所持品検査なんてされた日には、俺様たち、困るものだらけです」


 部屋には拳銃含むスパイ活動に使用するアイテムが多数保管されている。

 特にこれまで必死に集めた情報を刻んだ、マイクロフィルムを奪われたら、これまでの努力がパーだ。


「た、直ちに映画のフィルムを破棄するの……ま、まずはあの女性監督を捜して……ど、どうにかして……!」

「仕方ねぇですねぇ。俺様がカバーしてやります」


 パニックのエルナをあざわらうように、アネットがめ息をいた。

 やれやれ、と言わんばかりに手を天井に向けている。


「貸イチですよ、エルナちゃん?」

「く、屈辱なの……!」

「それが人に物を頼む態度ですかぁ?」


 まさか、こんな問題児に守られる日が来ようとは。

 拳をぷるぷると震わせるが、エルナには「お願いします」と頭を下げる以外の選択肢は残されていなかった。


   ♢


 アネットが動き出したのは、夜明け前だった。


 そもそも彼女は映画撮影の途中で、女性監督らの不審さには気づいたらしい。スタッフの少なさ、監督の顔を隠すサングラス、名前も名乗らず脚本を一切見せようとしない振る舞い。


 発信機を彼らのカバンに忍ばせたという。


「俺様、あえて泳がせていましたっ」


 発信機の電波を追って街を駆けながら、アネットが説明してくれる。


「あの時の俺様たちは闘える装備がなかったのでっ。トラブルは控えました」

「な、なるほど。ちなみに、夜明けまで待った理由はなんなの?」

「……エルナちゃん、映画フィルムのこと、何も分かっていませんね」


 面倒くさそうに顔をしかめられる。


「フィルムは現像しないと、ただの黒い帯ですよ?」

「あ、そうか」

「俺様たちが映っているフィルムかどうか確認できません。あの監督っ、すぐに現像して編集に取り掛かるって言っていたので、それを待ちましたっ」


 フィルムを破棄させるにも、それが本物かどうか確認せねばならない。別のフィルムにすり替えられた可能性を残してはならない。


「で、でも複製とかされていたら?」

「複製は、編集を終えたポジフィルムで行うものですっ。編集の時間までは与えませんよ」

「ポジ?」

「早い話、複製だって手間なんです。全部の撮影を終えて編集した完成作品じゃないと、いちいち複製なんてしません」


 機械に関してはアネットの方がずっと詳しいので、頼りになる。

 映画製作は、撮影したフィルムを現像し、まずネガフィルムにするらしい。それを切り貼りし、繫ぎ合わせて、一つのストーリーを作る。ただしネガフィルムは色が反転しているので、最後、正しく見られるようポジフィルムに直すと完成。


 たとえ短編映画でもフィルムの量は膨大だ。コストもかかる。わざわざネガフィルムの複製を作ることはないという。


「今日ほどお前が頼りになると思ったことはないの!」

「エルナちゃんとは今晩、話し合いですねっ!」


 不満そうなアネットを宥めていると、受信機が強く反応を示した。

 あの女性監督がいる場所に到着したようだ。目の前にあるのは、小さな酒場。早朝にもかかわらず、二階の小窓からかすかな明かりが漏れている。


 酒場の二階を借り上げ、映画撮影の拠点にしているようだ。秘密結社や政治結社が、懇意の飲食店の倉庫や二階を拠点にすることはよくある。


 どう突入するか、を考えていると、裏口の方で扉が開く音が聞こえた。

 急いで回り込む。


「ふふ、ようやく現像を終えたぜ。こりゃ名作の予感しかしねぇ」


 ちょうどターゲットの女性監督が裏口から出てきた。サングラスはかけていないが、目立つそばかすで本人だと分かる。暑い暗室にこもっていたのか、夜明け前の涼し気な空気を心地よさそうに浴びていた。

 アネットが駆け出し、女性に飛び蹴りをらわせた。


「──ふぐぅ」


 ある意味でベストタイミング。

 顔を隠す暇はなかったが、この好機を逃す手はない。


「通りすがりの強盗ですっ」


 アネットが女性の胸倉を摑んだ。


「はぁ? 昨日の──」

「フィルム、渡しやがれです。命までは勘弁してやります」


 彼女の右手には、作動させたスタンガン。バチバチと空気を焦がす音を鳴らし、満面の笑みで脅迫する。

 ひえっ、と女性監督の口から悲鳴が漏れた。


「も、もうバレたのか。まさか、こんな過激に追ってくるとはね……」


 相手も騙している自覚はあったか。

 このままアネットにお仕置きさせようか、と思った時、女性監督の口元がゆがんだ。



「──だがめてもらっちゃ困るよ」



 彼女は自身の胸倉を摑んでいたアネットの左手を握り返す。

 すると、そのまま身体をひねるようにアネットの身体を投げ飛ばした。軽い力しか加えていないのに、相手の重心を崩す──力学に沿った、無駄のない投げ技。


 うおっ、とアネットは言葉を漏らして振りほどき、れいに着地する。

 アネットから距離を取り、女性監督は誇らし気に笑った。


「反政府映画の撮影なんて命がけさ! 護身術くらい習得しているよ!」


 ファイティングポーズを決め、勝ち誇る女性監督。


「ぬるま湯に浸かった、金持ち学校のお嬢様には見切れま──ごふぅっ!!」


 言葉を遮ったのはエルナの殴打。

 相手が自分たちを見くびっているなら、油断を突くまで。体勢をかがめて、一瞬で相手の懐に入り込み、みぞおちに向かって肘をぶち込む。


 勝負を決めるには十分だった。

 ヨダレをき散らせながら、女性監督は顔面から地面に屈した。


「お嬢様肘鉄、なの」

「最近のお嬢様はすごいんだね……」


 その言葉で力尽きたらしく、がくっと彼女は気を失った。

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