スパイ教室【短編】

竹町

ー撮影1ー

第1話

 聖カタラーツ高等学校はライラット王国にある名門女子校である。


 二百年以上の歴史を誇り、かつては貴族や王族などの上流階級が通う学校ではあったが、今では門戸が開かれ、出自に関係なく入学試験に合格し「多少の入学金」を支払えれば誰もが入学できる。一般的な学問だけでなくピアノやバレエなどの幅広い分野を学べ、それぞれに王国最高峰の指導者がつく。一歩敷地に足を踏み入れれば、大きな噴水とバラ園が出迎え、思わず楽園と勘違いするだろう。娘が生まれた親ならば誰もが通わせたい学校だ。


 ちなみにちまたでは「入学試験の合否にかかわらず多額の寄付金を積めば入学できる」といううわさもあるが、理事長から否定されている。裏口入学について調べた記者は、後日、別件でスパイ容疑がかけられ逮捕されたため、真偽は定かではない。


 二年生の伝統行事と言えば、王国劇場のミュージカルである。

 音楽、ダンス、演出、脚本、衣装、大道具、全てを生徒自ら作り上げる、一大イベント。


 聖カタラーツ高等学校からは、多くの舞台女優やピアニスト、ダンサー、デザイナーが輩出されているため、各業界からも注目されている。ダイヤモンドの原石を探す場。ただの学校行事ではなく、就活の場でもあるのだ。


 特に主演女優を巡っては、毎年、生徒の親を巻き込んだ泥沼の争いが行われているという噂だ。オーディション前には、最高の家庭教師をつけることはもちろん、金銭含む教師への根回しも忘れない。飛び交う多額の金、女子同士の派閥争い、練習の妨害。血で血を洗う争いだ。ちなみに、これについて調べた記者も後日逮捕されている。


 が、大半の女子生徒にとっては、楽しい和やかな学校行事。

 準備期間、教室では女子生徒たちが集まり、針仕事を行っていた。


「ふぅ、だんだん演劇の衣装も様になってきましたね」

「ホントね。もうっ、何回指を刺しちゃったか数えきれないくらい!」


 互いに労をねぎらう、女子生徒たち。

 半ば完成した水色のドレスを広げている、眼鏡の女子生徒はコレット。二年一組の学級委員長を務めている。

 彼女の隣で包帯だらけの指を振っているのは、サンドラ。コレットの親友。ボーイッシュな顔立ちの勇ましく、同性受けしそうな顔をしている。

 二人が互いの成果物を披露しあっていると、そこに、一人の金髪の少女が駆けこんできた。


「とうとう完成したっ! 一週間かけての集大成!」


 可愛かわいいウサギの着ぐるみを掲げる彼女の名前は、エルフィン。

 精巧に作られた人形のような肌の白さと美しさを有する、小柄な少女。まばゆい金髪は短く切りそろえられ、意志の強そうな目元があらわになっている。白すぎる肌のせいか、やや薄幸めいた雰囲気を持つが、今ははつらつとした笑みを見せていた。


「チャームポイントはこの目なの! ガラスを削って、輝きを──」

「「「今『の』って言った!?」」」

「そっちには触れるな、なの!」


 うれしそうに声を弾ませるコレットとサンドラ。

 エルフィンの口癖は『の』。本人は恥じているため、普段は言わないよう気を引き締めている。が、興奮すると時にしゃべり、教室では「の」が聞けると一日幸運になれるとの評判だ。



 エルフィンには別の顔がある。



 彼女の正体は、ディン共和国のスパイ。『じん』のエルナ。

 彼女は任務のために隣国のライラット王国に忍び込み、この聖カタラーツ高等学校に潜伏している。学生というかりそめの身分を得て、昼間は通学する一方、夜はスパイとして暗躍している。

 いわば、学校行事に興じる姿は偽りの姿。


『の』を指摘され、顔を真っ赤にするぐさは、もちろん擬態。

 友人から謝られ、着ぐるみを褒められて喜ぶ姿ももちろん演技。周囲に乗せられ、とりあえず着ぐるみをまとい「可愛い!」「天使!」「もう着ぐるみが主演女優でいいよ!」と教室中に持ち上げられ、はにかんでみせるのも演技。そのあと級友から「着ぐるみができたなら、こっちを手伝って」「えー、エルフィンさんはワタシたちの班!」と取り合いされ、どこか嬉しさを隠しきれない困り顔も当然、演技。


(それはそうと──)


 にぎやかな教室の中心でエルナは内心で叫ぶ。



(──楽しいのおおおおおおおっ!!)



 そう、『愚人』のエルナは普通の学校生活を普通に満喫していた。

 着ぐるみを纏って笑う姿はどう見てもスパイのそれではなかった。


   ♢


 ──世界はゆうに塗れている。


 十二年前に終結した世界大戦は、参加した西央諸国に大きな戦禍をもたらした。終戦後、各国は平和条約を結び、二度と悲惨な戦争を繰り返さぬよう国際協調の方向に、政治のかじを切り始める。軍部よりもちょうほう機関に国家予算を割き、スパイの時代が訪れた。


 ディン共和国のスパイチーム『ともしび』もまた世界の動向を探る組織の一つ。

 大国の首脳部同士でひそかに進行する《暁闇計画ノスタルジア・プロジェクト》の全貌をつかむため、彼らはライラット王国に潜伏していた。王国政治の中枢に近づくため、『灯』は王国で革命を起こし、王政府を脅かす手段を採用。チームを四つに分け、王国内部で工作を行っている。


『愚人』のエルナと、『ぼう』のアネットは、聖カタラーツ高等学校に潜入していた。

 これは彼女たちの仮初の学校生活で起きた騒動だ。

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