誰でもできる「文化的雪かき」◆百科繚乱 ウィキペディア事始め(連載最終回・全4回)
2026年07月29日08時00分
村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」という長編小説に「文化的雪かき」という表現が出てくる。フリーのライターである主人公の「僕」は、好きでも嫌いでもないが、誰かが書かなければならないことを書いていると語る。
ウィキペディアを読んでいて、記述の内容が古い、不足している、間違っていると感じる時は、いうなれば「雪かきがされていない状態」に近い。あなたは雪が残っていることに不平を言うだけでもいいし、その道を通らなくてもいい。もちろん、自ら進んで雪かきをして誰かの役に立つこともできる。
ウィキペディアの基本的な編集方針は、①意見発表の場ではないので「独自研究は載せない」②偏った視点を避ける「中立的な観点」③信頼できる出典を明記する「検証可能性」―の三つである。
よく誤解されるが、編集対象についての専門的知識は必ずしも必要ない。知識があり過ぎて、かえって「中立的な観点」から外れることもある。特定のスポーツチームを偏愛するファンは、そのチームのことを客観的に見られない場合もあるだろう。
資料精査、楽しめる趣味に
私が「アジフライ」「プッチンプリン」の記事を書こうと思ったのは、単純に記事がなく、記事を書くのに必要な資料を集められると思ったから。埼玉県の織物「川越唐桟(とうざん)」、葉ショウガの一種である「谷中生姜」を書いた時も同様だった。
あなたの地元の著名な人物や祭り、名所、名産品などはウィキペディアでどう書かれているだろうか。ウィキペディア内の多くの記事は、信頼できると判断した出典を基に、文章をつづって出来上がっている。典拠が必要なので、執筆途中に図書館に通うこともあるだろう。
複数の資料を精査して、事実として受け入れられている事柄を整理し、自分の言葉で記事を書くことは、氾濫する情報をうのみにしない訓練にもなる。
私の知る限り中学生からシルバー世代まで多くの人が、ウィキペディアの記事編集に参加している。自身のスキルアップも含めて長く楽しめる趣味にもなる。
誰かの知識が、誰かの役に立つ
西アフリカ、ガーナ第2の都市クマシの中学校教師によるフェイスブックへの投稿が、2018年に話題になった。パソコンソフトのワードの画面を黒板に書き写して、授業していたのである。学校にはパソコンが1台もなく、実際に操作して教えることができないが、高校入学時には情報通信技術の試験がある。この投稿は反響を呼び、同校には多くのパソコンや書籍が寄贈されたという。
スマートフォン、パソコン、テレビ、新聞、ラジオ、書籍、雑誌…。日本には電気があり、インターネット環境があり、図書館がある。特別なことがない限り、得たい情報を自由に入手することができる。だが、世界にはそれがかなわない地域もたくさんある。
国連の持続可能な開発目標(SDGs)は第4に「質の高い教育をみんなに」と掲げる。世界のどこでも同じように学び、情報を受け取ることができたら。知識の入り口となる百科事典を届けることができたら。従来の百科事典は、著作権やそれに伴うコストなど、さまざまな問題をクリアしなければ無料で配布するのは困難だ。一方で、自由に再利用可能なウィキペディアなら、無料で共有することができる。
Kiwixというプロジェクトはネット環境がなくても、ウィキペディアの内容をタブレットやUSBメモリーに入れて閲覧できる。これにより冒頭のような途上国でも容易に活用できる。日本語版の記事が充実すれば、300以上の言語版に翻訳され、世界の誰かの知識や、遠い国の子どもたちの教育に役立つかもしれない。
そして、ウィキペディアの記事は初版からの変遷が全て記録されている。最初はとても短かった記事が成長していく流れを、いつでも、誰でもたどることができる。ある人物への評価が大きく変わっていく過程も編集履歴から知ることができる。
知の探究は終わらない
ウィキペディアについて、五つのキーワードを改めて確認したい。「誰でも編集ができる」「自由に再利用できるライセンス」「知の共有」「300以上の言語版」、そして「質においても量においても史上最高の百科事典を目指すプロジェクト」。終わらない知の探究は、完成がない記事の編集と共にずっと続いていくのである。
(海獺・ウィキペディア日本語版元管理者)