育児

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杜の都仙台から仲の良さがほんわかと伝わる御家族が来店されました。
旦那さんが抱っこひもで赤ちゃんを抱えていることから、育児に積極的なのでしょう。
(お土産を頂きました♪)

お母さんは春に小学校にあがるという息子さんを隣に座らせて世話をしていました。

自然と子育ての話になり
「ダディのブログをいつも読んでます 
ああいう考えがもっと広まらないかなと思ってます」
そう言って頂きました。

ブログで子供に対しての想いをよく書いてはおりますが、本来は父親が子育てを語ることは特殊であると思います。
イクメンなどという言葉がもてはやされる風潮もあまり心地好く響いては来ません。

育児に関しては男性よりも女性の方が遥かに長けた存在であるという、至極当たり前のことが置き去りにされているような気がするからです。

親として駆け出しの頃は母親も要領もわからずストレスも大きいでしょうから、その時に父親のサポートも重要になります。
お手伝いをするのは当然のことですし、むしろ積極的に参加するべきだと思います。
母性というものに匹敵するものが男性にもあるとしたら、自分の場合は完全に後付けでした。
我が子を抱いた時には愛情だとか責任感よりも 
〃こんな自分が、親になる〃 
ということに不安しかありませんでした。

自己中でしかない若造が子育てをするわけです。

いざ子育てがはじまると……
寝ているときに起こされるなんてことは一番嫌いだった自分が、子供が泣くと飛び起きてオムツを替えミルクをやっているわけです。

これはとんでもなく新鮮な経験でした。 

自分をさておき優先すべき存在を持つことが出来るなんて、それまでは想像もしていなかったことです。
「こんな俺に親をさせるんだ」
そう思ったものです。

親としての覚悟みたいなものを持ったという意味で、積極的に育児参加をしてきたことは良かったと思っています。

子育てに関して女性にかなわないという思いはとても拭えるものではありません、子供は母親の愛情溢れる中で育って欲しいと思っています。
男性の子育てなど女性包容力の前には足元にも及ばないものだと思っています。
〃お手伝い〃
がせいぜいのところでしょう。

母親の子育てにベストな環境をつくることこそが父親の役割であり、その為の育児参加は必要です。

子供がまだ小さい時には父親も母親もその役割に大差はありませんが、思春期ぐらいからははっきりと影響力が違ってきます。
娘への父親の影響力と息子への影響力、同じく母親の双方への影響力も違います。

子供が成長するに連れて父親は
〃親〃  
という意味合いから外れただの人生の先輩という位置付けになっていくような気がします。
それに対して母親は、いつまでたっても確固たる 
〃親〃 
であるような気がするのです。

母親の存在は偉大です。

偉そうに言っても男性は女性の胎内で育てられこの世に押し出して貰わなければ存在さえしないのです。

吾輩がブログで子供に対する想いを書いているのは子育てを振り返り再確認して、一段落した子育てを二度楽しむ為です。

男が子育てを語るなんてことは
〃チャンチャラおかしい〃 
ことであり、おこがましいことなのだと思います。


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