(インタビュー)これはテック・クーデター テック政策研究者、マリエッチェ・スハーケさん

 シリコンバレーなどのテック企業が、国家に並ぶ力を獲得したと言われて何年もたつ。いや、目の前で起きているのは、国家の権能自体を企業が乗っ取る「クーデター」なのだ――。元欧州議会議員でテック政策研究者のマリエッチェ・スハーケさんの訴えだ。民主主義が統制を奪い返す道は残っているのか。

 ――「クーデター」とはまた強い言葉ですね。

 「かつて国防や諜報(ちょうほう)、インフラ開発といった領域は、公共の責任を負った政治と政府の専売特許でした。しかし今は海底ケーブルの開発・敷設から戦争での爆撃ターゲットの決定、さらには機密情報の真偽の選別までテック企業が担っています」

 「有権者に選ばれたわけでもない企業が、監視や抑制もないまま、正当なプロセスを経ずに国家権力を奪取してしまっている。これはまさにクーデターです。テック企業の独善だけでなく、それを許してきた政治指導者たちも批判されるべきです」

 ――米起業家のイーロン・マスク氏が典型例でしょうか。

 「彼は衛星通信サービス『スターリンク』のウクライナ側への提供を一時拒み、ロシア寄りの『和平案』を示しました。たった一人の富豪が地政学的な決定権を持ち、国際法を無視して自らのビジョンを世界に強制できる現実が生まれています」

 「議会の承認を得ず、自社の利益相反も解消しないまま政府効率化省を率いて米政府に入り込み、機密データへのアクセスを手にする。保有するX(旧ツイッター)のアルゴリズムを操作して過激な思想を広める。いずれも反民主主義的です」

 「マスク氏に限りません。米データ解析大手パランティアはイランなどでの軍事作戦の選定に関与しているだけでなく、コロナ禍では『誰を優先的に治療すべきか』というトリアージまで担いました。膨大な情報と資本、独自のイデオロギーに基づき、一企業とそのCEO(最高経営責任者)が、民主的な政府を追い越して支配力を持つ社会が構想されているのです」

 ――なぜテック企業がここまで権力を握ったのでしょう。

 「共和・民主両党とも、企業に自由を与えすぎました。『既存勢力に挑戦する革新の旗手』というナラティブ(語り)は魅力的だったのです。バイデン前政権時には独占禁止法を厳しく適用する努力をしましたが、成功を収めるに至っていません」

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 ――あなたは30歳で欧州議会議員に当選して以来、テック政策にかかわってきました。

 「SNSを活用したオバマ米大統領の誕生に触発され、その熱気を欧州にも持ち込みたいとオランダの小さな政党から選挙に出ました。当時、政治家の多くはデジタル技術について『子供がフェイスブック(FB)で遊んで困る』ぐらいの牧歌的な認識でした。その後、『FB革命』『ツイッター革命』などと呼ばれた中東の『アラブの春』により、テクノロジーへの楽観主義がさらに広がりました」

 「しかし私は当時、イランから逃れてきた活動家に話を聞き、ユーザーの情報を抜き取るスパイウェアなどの技術が弾圧に使われていたことを知りました。技術は独裁者の武器になっていたのです。しかもその技術は、弾圧を批判する欧州内の企業から、イランの独裁政権に合法的に提供されていました」

 「この偽善を目の当たりにし、『市場に任せておけば社会にも最善』という考えはナイーブだと痛感しました。民主主義を守るには、テクノロジーを民主的に統治しなければならない。そんな信念で、技術や通商の政策を手がけてきました」

 ――欧州連合(EU)はテック企業の権力を警戒し、数々のデジタル規制を導入しました。

 「EUの規制は誇るべきものですが、あまりにも後追いでした。今日はAI(人工知能)法、明日は量子法といった具合に、技術の進展をそのつど追いかける立法には限界があります。人員や予算も不足してきました。そして、競争力向上などの名目で、その規制自体が今や突き崩されようとしています」

 「EUもロビー攻勢に対抗しきれていません。同僚議員が規制修正案を一度に120件も出したことがありますが、それはテック企業の提案と全く同じものでした。露骨な例ですが、私がより懸念するのは、学会や市民団体への支援といった『目に見えにくい形』でも企業の影響力が膨らんでいることです」

 ――米国ではトランプ政権が規制緩和を進めていますが、中国発の動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」をめぐる規制など、安全保障の文脈では国家が関与を強めています。

 「分断が極まる共和党と民主党で唯一、合意できるのが『中国の脅威』であり、だからこそ過度に焦点が当たりました。米中のテック覇権争いというフレーム(枠組み)の設定は、互いの対立を一層深める『予言の自己成就』になりつつあります」

 「テック企業は中国の脅威を、規制を逃れる口実としてロビーイングに利用しています。『我々を規制すれば中国に負け、民主主義が衰退する』と。技術の国家支配を強める中国への懸念を否定するつもりはありませんが、米国企業が勝てば民主主義が勝つという論理は実態を伴っていません。私たちが目にしているのは米国内での民主主義の侵食や、米国による国際的枠組みの軽視なのですから」

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 ――対する欧州も、自前の有力なプラットフォームを持てていない弱みがあります。

 「私たち欧州人は長く、規制がより良い景色をもたらすと信じてきましたが、それだけでは期待される結果を出せなかったのは事実です。自ら『作りあげる』ことへとかじを切らなければなりません。独自の技術基盤を築いて選択肢を持たなければ、真の主権は得られません」

 「そもそも欧州はデジタル技術で米国に依存し、関係を信頼しすぎていました。しかし今や、テック企業だけでなく米政府までもが欧州の規制を攻撃し、EUの正統性そのものを揺さぶっています。『クーデター』が民間企業による権力の乗っ取りにとどまらず、さらに進んだ段階に入ったといえます」

 ――日本も米国に広く深く依存しています。

 「日本の現状は非常に脆弱(ぜいじゃく)に見えます。テクノロジーだけでなく国防や金融、エネルギーのいずれも米国と密接に結びついていますが、米国がその関係を打ち切る瞬間が来るかもしれないからです。トランプ氏のような指導者にとって、同盟国はただの道具に過ぎません」

 「私たちは独裁政府に社会をコントロールされることも、企業、ましてや外国企業に支配されることも望んでいないはずです。『社会を導く異なる原則がある』と明確に示さなければなりません」

 「米中どちらの軌道にも乗りたくない国々が連合を築き、民主的な価値観に基づきながら規模も確保する現実主義が求められます。カナダのカーニー首相が提唱したようなミドルパワー連合の一翼を、日本もともに担うことが期待されます。技術を互いに認証・運用できるようにするなど、新たな国際協定の姿も構想されていくでしょう」

 ――テック企業をめぐる問題の遠因は、あくまで株主利益を追求する米国型資本主義の構造にも求められそうです。

 「企業統治そのものを問い直さなければなりません。たとえばAI企業による資本とエネルギーの浪費は、社会を人質に取ったギャンブルです。もし彼らの予言が実現すれば、AIによる大量失業というディストピアが訪れます。逆に外れれば、巨額の投融資を受けている彼らはバブル崩壊を引き起こし、世界経済を道連れにします」

 「なぜこんなことが起きるのか。シリコンバレーは技術革新のハブである前に、ベンチャー投資のハブなのです。優れた製品をつくるより、市場を独占し、早く規模拡大させることへ異常な圧力がかかる。実は経営者もうんざりしているのです」

 ――欧州議会議員を辞め、シリコンバレーというテックの「本拠地」に、研究者として乗り込みました。

 「米国の人々もまた、技術が社会や民主主義に与える影響を知りたいと切望していると分かりました。グーグルやオープンAIなどのテック企業に就職した教え子の多くは、テクノロジーが持つ権力性に強い警戒心を持っています」

 「社会の様々なトレードオフに対し、公共の利益の観点から決断を下せるのは結局、選挙で人々の負託を受けた政府だけです。テック企業にはその意思もないし、そうした役割を担う必要もありません。現実のどこにも完璧なものなど存在しませんが、『民衆による民衆のための統治』や法の支配という基本原則は、私たちが命がけで守るに値するものだと信じています」(聞き手 編集委員・江渕崇)

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 Marietje Schaake 1978年生まれ。欧州議会議員(2009~19年)を経て米スタンフォード大サイバー政策センターフェロー。国連の諮問委員も務めた。邦訳書に「テクノ・クーデター」。

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