進化ではなく純化をする。
お会いした方から「体が軽くなった」とか「腰の痛みが取れた」とか「腫瘍が消えた」とか、奇跡みたいな報告をいただく。私は、エネルギーワークの専門家でもないし、何かの信奉者でもない。それなのに、なぜ、このような出来事が起こるのか。キリストは、行く先々で病人を治したり、水の上を歩いたりした。あれは、奇跡のようで奇跡ではない『働き』があるのだと思う。私たちは、きっと、自分の病気は自分で治せるのだと思う。
スピリチュアルのことは詳しくないが、スピリチュアルに詳しい人と会う機会が多く、話を聞くだけで学ばせていただいている。スピリチュアルで言うところのワンネスは、人間の摂理を超える。普通1+1=2になるが、宇宙の摂理だと1+1=1になる。自分も他人もないなら、私はあなたで、あなたは私であるから、1+1=1のまま。誰かといる時、私は、私だったらどうするかではなく、その人の体の中にまるごと入って、その人が感じているように感じることがある。その領域に入ることができた時、相手の悩みが消えて、奇跡のような出来事が起こる。奇跡は、それを目にする機会が増えると、奇跡ではなく自然になる。
誰とでもこの領域に入れる訳ではない。頼まれてない人にはやらないし、冷やかしみたいな人にもやらない。お互いがオープンになる必要があり、うまくはまると、邪心や闘争心が消え去り、恍惚とした状態になる。自分をすごいと言いたいのではなく、自分はなにをしているのかを知りたい。自分たちに、なにが起きているのかを知りたい。感覚的に、ワンネスの状態に入った時、何かが付け加えられるのではなく、自分の外側に張り付いたものが取り除かれる。進化ではなく純化する。純化は、見方によっては退化に見える。退化をしたまま、充実する。生まれる以前の状態に戻る。
自分の外側に張り付いたものは、見栄や、プライドや、他人の目線なども当然あるが、もっと奥には物語がある。ドラマがある。情緒がある。精神性があり、文学性がある。それらのすべてを取り除く。一切の意味が取り払われた時、ただそうであるだけの自分が立ち上がり、そこに充実する。私たちの苦しみは、多くの場合、私たちの癖や無駄が生み出している。物語や情緒を取り払うと、癖や無駄を捨てられる。ワンネス(この言葉はあまり好きではないが、便宜上使わせていただく)に入ると、その癖や無駄がわかる。わかれば、取り除くのは難しくない。自覚をすれば、消える。
1+1=1になる世界は1+1=無限になる世界でもある。そこに触れた時、重さが取れたり、痛みが取れたり、腫瘍が取れたりするのだと思う。最近、風邪で寝込んでいた。体調不良の恩恵は、力みようがなくなること。力を入れることができないから、体が楽な姿勢を求める。考えれば考えるほど苦しくなる。ありがとうと思うと眠りに落ちる。感謝が大事と言われるが、正確には「憎しみが消えた状態」が、純化を推し進めるのだと思う。自分を表現することが大事と言われるが、生きている限り、誰もが表現をしている。人見知りも表現なら、快活も表現。ワンネスは、表現の隙をつく。表現を降りた時に、癖や無駄を捨てられる。私たちは俳優で、乞食にもなれば、王様にもなる。俳優の俳は「人に非ず」と書く。生前、憎み合っていた人と天国で再会した時、仲睦まじく「あなたの演技は最高だったよ」「あなたの演技もなかなかだったよ」と、肩を叩いて笑い合う。
おおまかな予定
7月29日(水)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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