第三部

第53話 無限ループって怖くね?

 草原が一面に広がっている。


 太陽のない青空は、今日もどこまでも続いていた。


 遠くに建つ白い家を眺めながら、俺、網代駆は、今日も日課となった実験を行っていた。


「コアちゃん。今度は、これだ」


 俺の手のひらには、一軒家のミニチュアが載っている。


 その周囲には、間取り図や完成予想図をはじめ、建築に必要と思われる数々の資料を草の上へ並べてあった。


「ふむ、分かった」


 コアちゃんが、俺の欲望を口へ運んで咀嚼する。


 その動きと同期するように、草原の地面が盛り上がった。


 壁が伸びる。

 柱が立つ。

 屋根が生まれ――。


 そのまま、崩れた。


「なんでだ!? なんでできないんだ!?」


 暦や教授が成功させた、コアちゃんに建築物を直接生成してもらう方法。


 その再現実験は、完全に頓挫していた。


     ◇


 網代家の居間。


 使い古された炬燵で、ピザトーストを頬張っていた鐘々が問いかけてきた。


「お兄さん、また駄目だった?」


「駄目だな。資料やイメージの問題じゃない気がする」


「あの、何かお手伝いできることはありませんか?」


 単眼の異形である暦が、コーヒーを手渡しながら尋ねてくる。


「いや、ミニチュアや資料を作ってもらえるだけで助かってるよ。それに、家事までやってもらってるわけだしな」


 暦は現在、ダンジョンの中に住んでいる。

 だが、毎日のように我が家へやってきて、一通りの家事をこなしてくれていた。


 一度、鐘々がふざけて「メイド服を着てくれない?」と言ったことがある。

 暦が真剣に受け取ってしまい、大変だった。

 ダンジョンの中ならまだしも、近所の目があるこの家で、メイド服姿の暦に家事をされたら、どんな噂が立つか分からない。


 それはそれとして、メイド姿の暦は見てみたい。

 たぶん――いや、絶対に似合う。


「やはり、欲の問題じゃと思うぞ?」


 コアちゃんが、そう言った。


 勉強の成果が出てきたのか、最近はコアちゃんの賢さレベルが上がっているように感じることが多い。


 少なくとも、常識外れな発言をする頻度は減ってきた。


「欲……か。教授は分かるんだが、それだと暦は……」


「いや、分かるでしょ?」


「その話はやめましょう」


「だが、それだと検証が――」


「やめましょう」


「あ、ああ」


 暦の家は、電気や水道といったライフラインまで成立している。


 暦がどんな欲望から、あの家を生み出したのか。


 その本質が分かれば、汎用的な建築方法を見つけるための手がかりになると思うのだが……ここまで頑なに話を逸らされるとは。


「教授から、もっと詳しく話を聞ければいいんだがな」


「だから、あの人に深入りさせるのはやばいって言ったじゃん。研究の話になったら、絶対に止まらないよ」


「分かってる。とりあえず……」


 俺は視線を下げた。


 炬燵の上には、一冊の大学ノートが置かれている。


 表紙に書かれているのは、『ダンジョン居住化計画』。


 中には、今後必要になる設備や、解決しなければならない問題が、いくつも並べられていた。


 建物。

 ライフライン。

 環境。

 搬入口。

 飲食物。

 仕事。

 その他、諸々。


 それらが、四ページにわたって羅列されている。


 当面は、この項目を一つずつ減らしながら、居住区の完成を目指していくことになる。


 もっとも、一つ消すたびに、二つ、三つと新しい問題が増えていくのは容易に想像できた。


 なぜ役場に、あれほど多くの職員が必要なのか。


 今なら、その理由がよく分かる。


 そう。

 圧倒的に、マンパワーが足りないのだ。


 マンパワー。

 つまり、人員だ。


 だが、このダンジョンは今後、『低活動・安定型迷宮における異形居住適合性検証事業』として利用していく方針で、申請を進めている。


 もっとも、提出してから、まだ何の音沙汰もない。


 白根さんが進めてくれている以上、妙なことにはならないと信じたいが、前回の認可が認可だっただけに、沈黙されているだけでも怖い。


 ともあれ、事業の目的を考えれば、ここへ協力者として迎え入れるのは、異形化によって生活に困っている人が望ましい。


 そう。

 そこまではいい。

 別に、何も間違っていない。


 そして、話は今朝の日課へ戻る。


 新しい住人を迎え入れるには、住んでもらうための家が必要だ。


 だが、その家を安定して作る方法が、まだ見つかっていない。


 専門家を迎え入れたい。

 専門家を迎え入れるには、家がいる。

 家を作るには、専門家がいる。


 そう、つまりあれだ。


 完全に、無限ループへ陥っていた。

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