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京アニ放火殺人事件から7年 スタジオ跡地で追悼式 京都

(更新)

「京都アニメーション」のスタジオが放火され、社員36人が亡くなった事件から18日で7年です。現場となったスタジオ跡地では遺族や関係者が参列して追悼式が行われ、犠牲となった社員に祈りをささげました。

7年前(2019年)の7月18日、京都市伏見区にあった「京都アニメーション」の第1スタジオが放火され、社員36人が亡くなり、32人が重軽傷を負いました。

事件から18日で7年となり、現場となったスタジオ跡地では、事件が起きた午前10時半すぎにあわせて追悼式が行われました。

会社の代理人弁護士によりますと、亡くなった社員を表す36本のひまわりの花が祭壇に飾られるなか、遺族や会社関係者などおよそ140人が参列したということで、はじめに全員で黙とうしました。

式では、遺族の代表が「この悲しみはこの先も消えることも薄まることもなく続いていく。あなたたちの名前がエンドロールからなくなっても、つないでくれた技術で気持ちでこだわりで作品の中でこれからもあなたたちに会える。だから新しい作品を心待ちにしています」と述べたほか、事件後に入社した社員も「先輩が皆さんから受け継ぎ、私も受け継いだ作品制作に懸ける熱い想いを絶やすことなく、今度は私が後輩たちに受け継いでいけるよう取り組んでいきます」と追悼のことばを述べたということです。

そして参列した人たちが花を手向けて犠牲になった社員に祈りをささげたあと、ことし2月に亡くなった八田英明前社長の後任となった長男の八田真一郎社長があいさつしました。

この事件で、殺人や放火などの罪に問われた青葉真司死刑囚(48)をめぐっては、1審判決に対する控訴を本人が取り下げ、大阪高裁がこれを有効と判断しましたが、死刑囚の弁護士が異議申し立てを行い、最終的な結論が出るまで時間がかかる見通しとなっています。

祈りをささげるファンの姿も

現場となったスタジオの跡地から少し離れた最寄り駅の周辺で祈りをささげるファンの姿も見られました。

大阪・守口市から訪れ、最寄り駅のホームで黙とうしたという60代の男性は、「事件があった日ということで、毎年、来ています。私たちアニメファンも事件をどうしても忘れることができないので、お祈りさせていただきました。今も京アニのアニメに勇気をもらっています」と話していました。

【全文】遺族代表のことば

(原文まま)

今年も この日がやってきました。

今 皆さんはどんなふうに過ごしてあるのでしょう…

毎年、『今年はあの子は どのひまわりの所から微笑んでいるだろう?』と祭壇のひまわりを見つめて探します。

皆さんも今 それぞれのひまわりからこちらを見守っていただいているのかなと思っています。

昨日のことのように鮮明に思い出せる あの辛い日からもう7年なのか まだ7年なのか どちらの気持ちもあったりしますが街並みの変化や 子どもさんの成長を見ると間違いなく月日は流れているのだなと実感します。

あれから『あなたたちに守られている』と 感じることがよく起きます。

特にご遺族のかたと集まっているときには 不思議なお天気でエスコートされることが多くて『あの子たちが頑張ってくれているね』とよく話しています。

いつも本当にありがとう。

この悲しみはこの先も 消えることも薄まることもなく続いていくけれど本当はあなたたちと分かち合うはずだった 小さな喜びもまた少しずつ少しずつ 積み重ねていっているところです。

私たちが決してあなたたちを忘れることがないように会社の方々も決してあなたたちを忘れることはなくむしろ原動力にして 日々奮闘を続けておられるのだと思っています。

あなたたちの名前がエンドロールからなくなっても、つないでくれた 技術で 気持ちで こだわりで作品の中でこれからも あなたたちに会える。

だから 新しい作品を心待ちにしています。

いつかそちらで また会えたら たくさんたくさんお話ししたいです。

笑顔でお話しできるように 前を見て 上を向いて あなたたちを想いながら一歩ずつ 歩いていきます。

これからもずっと見守っていてくださいね。

2026年7月18日遺族を代表して

事件後に入社した社員の追悼のことば

京都アニメーションに事件後に入社した社員の追悼のことばです。

「7年前の今日。私は京都アニメーションで働くことを夢見て、採用審査の只中にいる一人の学生でした。そんな中、報道で知ったあの日の出来事。採用面接で訪れた際に触れた、スタッフやスタジオの温かい雰囲気を感じていた私は辛い出来事に心が深く傷つきました。私の入社から6年が経ち、気付けば私にも多くの後輩ができました。先輩が皆さんから受け継ぎ、私も受け継いだ作品制作に懸ける熱い想いを絶やすことなく、今度は私が後輩たちに受け継いでいけるよう取り組んでいきます。これからもともに作品制作に取り組みながら、見守っていてください」。

別の社員の追悼のことばです。

「他愛もないやり取りから人となりまで。皆さんをよく知る方々から、皆さんのことをたくさん聞いてきました。もうお会いしたことがないのが不思議に思えるほど、当社で働く皆さんの姿が鮮明に、思い描けるのです。これは、皆さんが当社で過ごした日々や、仕事に向き合ってこられた矜持が、当社に根差し、今も確かに受け継がれている、ということだと思います。それでも、心の内を曝け出せば、私も皆さんと一つ屋根の下、一緒に働きたかった。アニメーションに一途だった皆さんと、心も時間も共にしたかった。そう願って止みません。それは叶わずとも、我々の志は皆さんと共にあります。これからも当社の未来を、アニメーションの未来を共に創っていきましょう」。

今も仕事に復帰できず療養続ける社員も

京都アニメーションには事件当時、176人の社員がいましたが、事件で36人が亡くなり、32人が重軽傷を負いました。

会社によりますと、けがをした社員の中には今も仕事に復帰できず、療養を続けている人もいるということです。

会社はことし4月に13人が新たに入社し、現在は170人の社員が在籍していて、このうち事件後に入社した社員は63人で、全体の4割近くになっています。


宇治 事件を伝える碑で遺族やファンが犠牲者悼む

京都アニメーションの本社がある京都府宇治市には、おととし、市内の公園に事件を伝える碑が設置され、事件から7年となった18日は、遺族やファンがこの碑を訪れて亡くなった人たちを悼みました。

宇治市の「お茶と宇治のまち歴史公園」に設置されている『志を繋ぐ碑』は、36羽の羽ばたく鳥が亡くなった36人を表していて、事件そのものや犠牲者の存在などを記憶にとどめる象徴とされています。

京都アニメーションのクリエーターがデザインを手がけました。

18日は午前中から遺族やファンなどがこの碑を訪れ、事件が起きた時刻の午前10時半すぎには多くの人が黙とうをしたり手を合わせたりするなどしていました。

事件で亡くなったアニメーターの遺族の1人は「時間が解決するなどということばがありますが、月日がたてばたつほどつらい思いです。もう一度、アニメを描かせてあげたい。鉛筆と紙を渡して、『絵、描くか』と言ってあげたいです」と言葉を詰まらせながら話していました。

また、堺市から訪れた京都アニメーションのファンだという30代の男性は、「こういう事件はあってはならないし、毎年この日になると悲しい気持ちになります。亡くなったアニメーターの志を継いでよりよい作品を作ってもらいたいです」と話していました。

亡くなった武本康弘さんの友人「会えないのがさみしい」

事件で亡くなった武本康弘さん(当時47)の高校時代からの友人も宇治市の公園に設置された碑を訪れ、祈りをささげました。30代の若さで監督に抜てきされた武本さんは、「らき☆すた」など数々の作品でアニメ制作の中心的な役割を担っていました。高校時代の同級生の三木紀明さんは、「武本さんにもう会えないのがさみしく、京アニの作品を見ることが今は唯一のつながりです。また来年も来るよと声をかけました」と話していました。

青葉死刑囚 1審で死刑確定も結論出ず

青葉真司死刑囚は、おととし1月に1審の京都地方裁判所で死刑判決を言い渡され控訴しましたが、去年1月、みずから控訴を取り下げたため、死刑が確定しました。

これに対して、青葉死刑囚の弁護士は取り下げは無効だと申し立てました。

大阪高等裁判所はことし3月、「控訴を取り下げる意義を本人が理解していたことは明らかだ。以前から妄想性障害になっていたが、判断能力自体は問題がなかった」として取り下げは有効だとする決定を出しました。

この決定を受けて弁護士が異議申し立てを行ったため、今後、大阪高等裁判所の別の裁判官が判断する見通しです。


亡くなった石田奈央美さんの母親「何もかも宙ぶらりんのまま」

京都アニメーションで映像の色使いを考える「色彩設計」を担当していたアニメーターで、事件で亡くなった石田奈央美さん(当時49)と同居していた母親が取材に応じ、現在の心境を語りました。

石田さんの母親は「毎日、『ただいま』と玄関を開ける姿を思い出していましたが、少しずつ薄れてきてしまいました」と話しています。

そして事件をめぐる司法手続きの結論が出るまでに時間がかかっていることについては「7年がたっても、娘には『ことしも、まだ解決していないよ』と言うしかなく、何もかもが宙ぶらりんの状態のままです。私たちにはどうすることもできませんが、いつまで続くのだろうと思います。私も年を重ね、最後まで見届けられるか不安があるので、早く結論が出てほしいです」と話しています。

亡くなったアニメーターの父親「一生むなしさ続く」

事件で亡くなったアニメーターの男性の父親は「事件から7年がたっても一生むなしさが続く。息子の思いを背負って彼の分まで生きていくだけです。今でも事件の前の暮らしに戻してほしいと思い続けています」と気持ちの整理はつかないままだと話しています。

この事件をめぐる司法手続きの結論が出るのに時間がかかっていることについて、父親は「さまざまな動きがあり、それに関する報道を見るたびに当時のつらい気持ちを思い出します。どんな結論が出ても遺族の気持ちが晴れて区切りがつくことはないが、早めに結論が出てほしいです」と話していました。

そのうえで「どんな償い方をしても亡くなった36人の命は償いきれないことを知ってほしい。かけがえのない命が奪われることは絶対にあってはならず、命の大切さというものを社会全体で考えてほしい」と訴えています。

“二度と悲惨な事件を起こさない” 講演活動を続ける親子の願い

この事件で犠牲になった社員の遺族の中には、二度と悲惨な事件が起きないことを願って講演活動を続ける親子がいます。

京都アニメーションで美術監督として背景画の責任者を務めていた渡邊美希子さん(当時35)。

「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」など数々の作品に関わり、キャラクターを引き立てるきめ細かい背景の描写が高く評価されていましたが、事件に巻き込まれて命を落としました。

渡邊さんの母親の達子さんと兄の勇さんは、遺族の思いを伝えることが二度と悲惨な事件を起こさないことにつながるのではないかと考え、事件から5年ほどして講演活動を始めました。

警察などからの依頼を受けて北海道から九州まで全国各地を訪れ、およそ2年間で講演は50回を超えました。

このうち今月3日には、滋賀県内の中学校で3年生の生徒およそ40人を前に講演し、勇さんは「妹がいなくなってしまって言いたかったことばも、言えなかったことばもたくさんあります。皆さんにはそういうことばをちゃんと伝えられるような、日々後悔しないような時間であってほしいと思います」と話し、今、身近にいる人との関係を大切にしてほしいと訴えました。

そして、講演の最後、身近な人への感謝をつづってほしいと「サンキューレター」と名付けたメッセージカードを生徒たちに渡しました。

周りにいる大切な人に素直に向き合うことができれば、事件のない未来につながるはずだという2人の願いが込められたものです。

かけがえのない肉親が奪われた事件から7年。

達子さんは「娘のことを思い出すとつらく、今でもやっぱり会いたいです。子どもがどこにいるかわからなくなって、必死に探しているような感覚はずっと消えません」と話し、喪失感は変わりません。

それでも、勇さんは「講演が事件が起きる確率を0.1%でも減らすきっかけになればいいなと思い依頼があるかぎり続けていきたいです。同じような事件が起きないようまずは身近な人との『いいつながり』を作ってほしいという願いを伝えていきたいです」と決意を明かしました。

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