相模原市の障害者施設で19人が殺害された事件から10年となるのにあわせ、26歳で犠牲となった娘の名前を初めて明かし現場の献花台に刻んだ遺族がいます。
事件が起きた相模原市にある「津久井やまゆり園」に「鎮魂のモニュメント」として設置された献花台には、遺族の意向を受けて、これまでに10人の名前が刻まれていましたが、事件から10年となる今月、新たに1人の名前が刻まれました。
新たに刻まれたのは、事件当時26歳だった「満里奈」さんの名前です。
母親は事件後初めてその名前を明かした気持ちを満里奈さんの写真とともに手紙でNHKに寄せました。
この中で「10年たっていろんな事がありました。やはり失った物はあまりにも大きい。悩みに悩んだ結果、10年という大切な時期だから娘の大切な満里奈と言う名前を鎮魂のモニュメントに刻ませてもらいました」と記しています。
献花台のすぐ近くに「ともに生きる」と書かれた水鏡があることを踏まえ、「水があればすぐに入ってしまうような、本当にお水が好きな子でした。ですので水鏡はとても喜んでいる事と思います」としています。
その上で「澄んだ瞳をしていていやされました。アイスがとても大好きでしたね。いろんな事を思い出します」と在りし日の娘の姿を振り返りました。
そして「名前を刻んでもらい満里奈も自分の名前を見て喜んでいる事と思います。満里奈ちゃんありがとう。ママは忘れないよ。ずっと思っているからね」とつづっています。
母親によりますと、満里奈さんは3歳で自閉症と診断され、気持ちをことばで伝えることは苦手でしたが態度で伝えてくれたといい、地元の保育所や小学校で友達に囲まれて育ったといいます。
母親が親の介護などで体調を崩して長期入院したため施設で暮らすようになり、事件の4年前に「津久井やまゆり園」に入所しました。
中庭にあったブランコが好きで、よく乗っていたといいます。
母親は名前を刻むことを悩んだ理由について「名前を入れると、『亡くなった』ということが、『もう帰ってこない』ということが突きつけられる気がして難しかった。ただ毎年献花をするときに『どこに置こうか』と思うたび、ずっと揺れ動いていた。『満里奈はちゃんと生きていたんだから名前を入れないと』と思い、10年の今しか入れられないと思って決めました」と語りました。
その上で「満里奈を知らない人も知っている人も名前を見て欲しいと思う。こういう事件は二度と起きて欲しくない。障害への差別はなかなかなくならないが、よい世の中に少しでもなったらいいと思っています」と話していました。
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