日本酒の値段のこと、産業のこと、嘘をつかないこと|質問箱から・2026年7月
noteの質問箱に届いた質問に、まとめてお答えします。
これから届くぶんも、月に一度くらいのペースで、こうして記事で返していくつもりです。質問はいただいた原文のまま載せます。答えにくいものは答えにくいと書きますし、分からないことは分からないと書きます。
Q1|いつかやってみたい仕事は?
>いつかやってみたい仕事は?
自分の本を出すことです。ずっと持っている夢です。ただ本そのものが目的ではなくて、日本酒を伝えたり、日本の文化や地方のよさを伝えたりするための手段として、本という形がいいと思っています。
それからラジオ。小学生のころから昔からハガキ職人…とまでいわないけれど、今も好きなのがラジオ。声で伝える仕事は、文字よりも時にはたくさんの情報を運んでくれます。stand fmを停止してからしばらく時間が経ちますが、またやりたいです。
あとひとつ、この夏に自分のウェブメディアを立ち上げます。いまはこれが盛り上がることを、いちばんの目標にしています。
Q2|日本酒は「人」が造る、ワインは「土地」が造る。その変化を感じますか?
>以前日本酒蔵で働いており,現在ワイナリーで働いております。 ざっくりとしたイメージですが,今までの日本酒は「人」が造るもの,ワインは土地が造るものだと感じておりました。 ですが,最近の日本酒は遠くの特A山田よりも地元の飯米。ワインは造り手を全面に推しているように思います。先生はそのような変化を感じることはありますか?
日本酒の蔵とワイナリー、両方で働いた方からの質問ですね。ありがとうございます。
おっしゃるような変化を感じる、というよりも、どの蔵も変わらなければと必死で、それぞれのアイデンティティを見直しているところ。わたしにはそう見えています。
昔は季節雇用の杜氏さんたちが、製造現場をブラックボックスにして、代々引き継いできました。そのぶん幻想に包まれたものでした。そこへ発酵学と醸造学が進んで、勘とされてきたものの多くが科学で説明できるようになり、情報も回るようになりました。経営難にくわえて、第一次産業の衰退とともに杜氏集団も高齢化し、経営者が製造責任者を兼ねる蔵元杜氏が増えました。造る人と売る人が同じなら、情報はもっと回ります。
原料も変わりました。かつて兵庫県産の山田錦、とくに特A地区のものは、兵庫県内の酒蔵と、長年つきあってきた蔵しか取引できませんでした。いまも自由ではありませんが、昔よりは緩和されています。原料がわりと自由になった。だからこそ、あえて地元を選ぶことに意味が出てきた、というのもあるかと思います。
地元の米を使うのは、実務的な理由もあります。米の仕入れが地元なら、地元の雇用と経済を互いに回しあうことになるので、協力してもらいやすい。品質を上げるための勉強会も、地元同士なら何回でも開けます。「子どもの学校がおなじで」など、お金だけの関係ではないことも多いので、この土地をよくしようという意識も働きやすい。
ご指摘のとおり、ワインにならった面もあると思います。りんごの酒を開発してつくっていた経験から見ると、「ワインは農業で、日本酒は加工産業」です。どちらがえらいという話ではなく、特徴の違い。果実は、ほんとうの意味でそれ以上の酒をつくれません。醸造適性のある果実でなければ、どうにもならないからです。日本酒は製造工程が何十倍も複雑で、途中で取り戻せる可能性も高いです。
いまワインの知識が広く知られるようになって、ワインを飲む人に日本酒を売る場面が増えました。そうすると、ワインと同じ項目で質問されます。それに答えられる意味を、日本酒の側が言語化した。そういうことだと思います。
ただ、これは新しくできた軸ではありません。戦前あたりまでは、もともとそうだったはずです。元に戻ったのを見直した、という言い方もできます。灘から江戸へ大量に運ばれた酒のように、流行としての酒の文化が日本酒にあったのは事実ですが、それはワインも同じです。
そのうえで、逆のことを言います。わたしから見ると、いまの日本酒の売り方は、人にかなり紐づいています。押し出しています。次の世代はこれをどうやって売るのだろう、重荷だろうな、と心配になるほどに。
ただ、小さい醸造所はまずキャッシュフローをよくしないといけません。酒のコンセプトが作り手や経営者の考え方に紐づいているのだから、その人を取り上げるのは仕方のないことです。それに経営者なら、いくらマスコットとして動いても会社としてイメージはぶれないし、責任も取れる。ブラック企業とも呼ばれません(笑)
だから「日本酒は人が造る、ワインは土地が造る」も、企業の規模や考え方、立ち位置によって見え方はさまざまです。一概にはいえません。どちらにもいろんな側面があります。いままでマスコミやマーケティングが押し出しすぎた一面ではなく、「こういう側面もあるよ」と手を変え品を変えして、違う魅力を知ってもらおうとしている。それだけじゃないでしょうか。
そして次の段階では、また違う売り方をしなければならない時期が来ます。消費者は飽きるからです。次々と、ひとつずつ魅力を紹介していくしかない。これは業界全体で語れることではなく、1社ずつの段階と、体力と、その蔵の文化を見て判断すべきことだと思います。
このあたりは先日のセミナーでも話しました。YouTubeで見られます。
▼セミナー動画
Q3|2000円で大吟醸が飲めるのに、5万や10万の酒がある。どう理解すればいい?
>最近の日本酒は美味いとか不味いとかではなく、みんな美味しいと思います。あるのは好み。そんな中で2000円も出せば大吟醸クラスが飲めるのに5万とか10万 お酒の存在って、どう理解すればいいのでしょうか。
率直なご意見をありがとうございます。そう感じるのは、もっともだと思います。
ワインを見れば分かるとおり、味わいだけにお金を払っているわけではありません。1万円の酒と10万円の酒で、後者が10倍おいしいわけではない。それはみんな分かっているはずです。無理に理解しなくてもいいと思いますが、背景だけ書いておきます。
世の中には、お金にそうとうの余裕があって、より特別な体験をしたい人がいます。味わいはもちろん、醸造家が少数の人のためにつくったこと、いつもと違うコンセプトでつくったこと。なにかしらの物語や稀少性にお金を払う人がいます。そして彼らが納得して出してくれたお金が蔵の経営を安定させて、わたしたち庶民が飲む酒を楽に、気持ちよく出荷してもなお、社員の給料を上げられる。そういう現状です。
酒蔵はアーティストではありません。地方の産業のひとつです。物価は上がるけれど、社員の給与は上がらなくて、税金も上がらなくて、水道光熱費も酒蔵だけは上がりません——そんなことは、ありえない。
問題は、ワインのヴィンテージのような分かりやすい物差しがないことです。いまはボトルが特別だとか、精米歩合を上げたとか、そのあたりだけで訴える世界ですが、ここはもっと広がっていくと思っています。
それから、質問の前提のほうにも触れます。
わたしたちプロは最近よくこの話をするのですが、「いまの酒はみんな美味しい、あるのは好み」とは思っていません。ワインも同じです。ありえない、あってはいけないような、あるいは賛否を言いかねる商品も、なかにはあります。そしてそれが案外、国内外の市場で人気を持っていたりする。
でも発酵と腐敗は背中合わせです。同じ菌の働きでも、人間にとって有益なら「発酵」、有害なら「腐敗」。ただそれだけの違いですが、その線は人が引いてきたものです。だから「なんでもいい」とは言いにくい。なんでもいいと言えば、伝統もルールも崩れていきます。それはなし崩しに、「日本酒でなくてもいい」ということに転じます。
ただし、いまの日本酒は値付けをすべて酒蔵がしている世界です。だから、高いからおいしい、高いから安心して飲める、安心して流通できる、安心して熟成していい——とはならない。そこが課題だと思っています。
この質問の答えには、いろんな側面があります。
Q4|今の日本酒需要の低迷を、回復させる方法教えて下さい!
>今の日本酒需要の低迷を、回復させる方法教えて下さい!
ありがとうございます。いちばん切実な質問ですね。
それが分かっていたら、わたしはいま売れっ子のコンサルタントです(笑) 世界中で引っぱりだこでしょうし、酒造組合中央会も放っておかないはずです。みんなでひとつずつ見つめて、見つけていきましょう。
そのうえで。需要の低迷とおっしゃいますが、飲酒人口がどんどん減っていくなかで、元どおりにするのはまず無理です。そして日本酒が全部生き残るべきだとは、個人的には思っていません。地方の町々に酒造業というハブになる産業があることは大切です。食文化を残すために必要な酒蔵もあります。でも、それとこれとはまた別の議論です。
ひとつ前の質問への答えと同じで、すべての蔵が自社で必死に努力して、がむしゃらに改善しているかというと、そんなことはないのも事実です。
ほかの業界ではありえないくらい借金を抱えたまま、存在だけしているところ。これが悪いと一概にはいえませんが、あります。名前だけ残して、製造は他の会社にお願いしているところ。衛生管理が行き届いていない製造所も、実際に見てきました。全国には、いろんな酒蔵があります。
残るべきものが残っていけばいい。そう思っています。
わたしにできるのは、一軒ずつ訪ねて、その蔵がなぜその土地にあるのかを書き残すことくらいです。銘柄だけでなく、その町ごと伝える。「おいしいから飲む」だけだと、飲まない理由もすぐ見つかりますが、その土地に行ってみたいという気持ちのほうが、長く持つからです。
Q5|日本酒の情報を発信するうえで一番大事にしていることは?
>初めまして!高知県を拠点に日本酒クリエイターとして様々な情報を発信しているのですが、お聞きしたいことがあります! 関さんが日本酒の情報を発信するうえで一番大事にしていることを教えてください!
はじめまして。高知県も酒どころですね。質問をありがとうございます。
嘘をつかないこと。これを一番大切にしています。PRで頼まれたら何でもやる人もいると思いますが、わたしは、まずいものを美味しいとは言えません。それをひとつやり始めてしまうと、いままで取材に協力してくれた酒蔵を裏切ることになる。わたしの価値がなくなります。
嘘は言わない。信念に反する仕事は断る。そのうえで伝えるべきことがあるなら、真実だけを上手に伝える。伝わるべき人に伝わるように。そういう心持ちでやっています。
伝わるように、専門用語はできるだけ使いません。でも読者をばかにせず、少し背伸びして勉強したくなる余白は残す。ほかにも細かいルールはたくさんあります。 でも一番は、嘘をつかないことです。
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届いたぶんを、またまとめて返します。
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