記録は、言い換えれば消えるのか
この記事は、玉山富士子氏に宛てたものではありません。読んでくださる第三者の方に向けて、私がこれまで見てきたことを記録として残すために書いています。
はじめに——宣言の全面撤回について
私は2025年3月、玉山氏に謝罪し、以後、玉山氏に関する投稿はしないと宣言しました。この記事を公開するにあたり、その宣言を全面的に撤回します。誤解の無いように申し添えますが、撤回するのは、今後投稿しないという宣言の部分だけです。謝罪は撤回しません。
あのとき私は、自分の書いたもののなかに非のある部分があったことを認め、こう書きました。「玉山さんのお気持ちに配慮し、不快に感じられた部分全てについてお詫びいたします」。その判断も、その文面も、取り下げるつもりはありません。
配慮していたのならこんな記事を書かないだろう、と言われるかもしれません。例外を除いて、実際に16か月間、そうしてきました。そしてそれができなくなった理由を、以下に書きます。
宣言から16か月、私がその外に出たのは二度だけです。一度は2025年11月、宣言を拡大解釈されて絡まれたことへの反論。
もう一度は2026年2月8日、「呉思国軍団」という言葉の扱いについての指摘。どちらも防御的で、範囲を限った発言でした。
宣言してからしばらくの間は、玉山氏の側からも、私に関する発信はありませんでした。それが変わったのは2025年11月30日です。この日、深田氏と五月書房新社に関する私の投稿に対して、玉山氏から「もう私に関連することのポストはしないとおっしゃってませんでしたか?」という言及がありました。
そこから、私に関する発信は次第に増えていきました。そして2026年に入ってからは、その量も内容も、目に見えて変わっていきました。
私が確認できた限りで、2025年11月30日から現在まで、玉山氏が私または「呉思国軍団」に言及した投稿は、Xだけで100件以上あります。ただし、これはXでの数です。玉山氏はXの投稿の多くを、FacebookとYouTubeのコミュニティ欄にも同じ内容で流しておられます。同じ言及が、複数の場所で繰り返し表示されているということです。これとは別に、note記事、YouTube動画、YouTubeのショート動画でも言及があります。動画のタイトルに使われたこともあります。
正確な総数は、私には数えきれません。ただ、規模としてはそういうものだとお考えください。
私が行った宣言は、自分の言葉を律するために立てたものであって、一方的に語られ続けることに同意した覚えはありません。
そして、これまでの状況を鑑みて、宣言を部分的に守り続けることは、もはや不可能だと判断しました。
私は2026年1月、一般論としてこう整理したことがあります。ある人物について投稿しないという自己宣言が制限するのは、その人物を主語として扱う言論であって、その人物が「自分が関係している」と主張するあらゆる出来事までを封じるものではない。また、その解釈権や適用範囲が、第三者に自動的に委ねられるものでもない、と。
この整理そのものが、「また玉山に関する投稿をされましたね」と、宣言違反として扱われました。
・出版社の名前を書けば違反。
・決裂よりずっと前に書いた書評を再掲すれば違反。
・玉山氏のFacebookのコメント欄で私に人格攻撃をしてきた方に応答すれば違反。
・一般論で整理しても違反
私が何をどう書いても、玉山氏の側が「これは玉山に関する投稿だ」と認定できる構造が、そこにありました。
範囲を限った撤回を重ねることは、この構造を追認することです。ですから、限定を止め、全面的に撤回します。
撤回したからといって、この件について書き続けるつもりはありません。ただ、何を書けば違反とされるのかを毎回気にしながら発言するのは、もう止めます。
この記事で書くこと
そのうえで、私がこの記事を書こうと決めたのは、玉山氏の応答の仕方に、複数の独立した事案を通じて、同じ一つの動作が繰り返されていることに気づいたからです。
その動作とは、記録に残っている行為や、相手の主張の中身を、言い換えによって「そうではないもの」にしてしまうことです。
以下、六つの事案を順に記します。事実には出典と日付を示します。評価は評価として、区別して書きます。
一.「呉思国軍団」——「引用しているだけ」という説明について
2026年2月8日、私は「呉思国軍団」という言葉の使い方について指摘しました。
指摘したのは、次のことです。この言葉は、単なるネットスラングではありません。中国残留邦人という歴史的背景を持つ一人の私人に対し、長年レッテルとして使われてきた言葉です。その事情を踏まえないまま、批判する側をまとめて指す便利なラベルとして再利用するのは、無神経ではないか。
(このときの指摘には、別の件についての基準の一貫性を問う部分もありましたが、この記事では扱いません。)
これに対する玉山氏の説明は、一貫して次のものです。
鍵かっこ「」つけてます。しかも殆どの投稿には「深田氏の言うところの(または『深田氏曰くの』)」を付け加えてます。(2026年2月8日、X)
つまり、自分は深田氏の発言を引用しているだけだ、と。同じ趣旨のことを、2026年2月19日の動画でも述べておられます。
「しかし、この説明は成り立たない」というのが、私がこの章で書きたいことです。
「引用しているだけ」が成り立つ条件
引用とは、誰かの言葉をそのまま運ぶことです。運ぶだけで済むのは、その言葉が誰を指すのかが、元の話し手のところで決まっている場合に限られます。
「呉思国軍団」は、そうではありません。誰が入っているのかが決まっていない言葉です。
そして、決まっていないと述べているのは、玉山氏ご自身です。
そもそも深田氏が勝手に呼んでいる概念なので、軍団員さんかどうかは深田氏がご自分のご都合でお決めになる、といったことではないでしょうか?(2026年3月6日、X)
誰が入るかは、その時々の都合で決まる。つまり、この言葉には運ぶべき中身がありません。 中身のない言葉を運んでも、何も運べません。使うたびに、誰のことなのかは、使う人が決めることになります。
では、玉山氏は決めていないのでしょうか。
そうではありません。誰を指すかを決めているのは、玉山氏です
範囲を絞っておられます。
深田氏のアンチさんは他にもたくさんいらっしゃいますが、この経緯の中では、玉山との関係性を示すために、「深田氏曰くの『呉思国軍団』」に限定させていただきます。(2026年3月6日、X)
「深田氏のアンチ」と「呉思国軍団」を別のまとまりとして扱い、後者に絞っておられます。引用であれば、絞る余地はありません。
誰が該当するかを、ご自分の観察から判断しておられます。
同じ日のXで、「呉思国氏? 誰? 軍団? なんで?」が最初の印象だったと書き、その後「ああ、この方々が深田氏曰くの『呉思国軍団』なんですね、とやっと認識しました」と続けておられます。深田氏が名簿を渡したのではありません。ご自分で当てはめた、と書いておられます。
誰が入っているかを、把握しておられます。
「方々のどなたも」「一部の方々は」「何人かの方々からの」。誰が入っているか分かっていなければ、こうは書けません。
決まっていない言葉を、自分で範囲を決めて使う。それは引用ではなく、使用です。
そして玉山氏は、この説明が通らないことを、ご自身で経験しておられます
私もよくわからないのに、深田氏に「呉思国軍団」の一員にされています(動画等で、違います、と申し上げてますが。)(2026年3月6日、X)
玉山氏は、この同じ言葉を当てられた側でもあります。玉山氏が違うと申し立てても、止まりませんでした。
もし「呼んでいるのは深田氏だから、使う自分は関係ない」で済むのなら、当てられた人には、文句の持って行き場がどこにもないことになります。実際には、その言葉を使う人がいるから、当てられた人が困る。玉山氏は、それをご自分の身で知っておられるはずです。
そして、名付ける側と呼ばれる側で意味が違うことも、経験として語っておられます。
2026年3月23日の動画。台湾の頼清徳氏の支持者は「徳軍」(頼清徳軍・頼清徳軍団の略)と呼ばれていました。
実はね、軍と名付けしたのは私。私自身もこの徳軍の1人だった。
徳軍という名前は頼氏を支持していない人々からよく思われなかったり、物議を醸したりしていたが……私たちにとって徳軍という名前はとっても誇らしかった。
名付けた経験がある。外から否定的に見られたことも知っている。名乗る側には誇らしかった。そのうえで、同じ動画で「呉思国軍団」についてこう述べておられます。
深田氏の被害者の方を応援する強い軍団という印象を個人的には持っています。さっきの徳軍みたいなやつね。 でもどうやら深田氏が軍団員だと認識してるらしい方々の自己評価は必ずしもそうではないように見えます。
引用しているだけの人は、その言葉について自分の印象を持ちません。そして、そう呼ばれた側が自分たちをそう思っていないことを、玉山氏はご自分で述べておられます。
つまり、鍵括弧は決めた事実を消しません
鍵括弧をつけ、「深田氏曰くの」と添える。それで変わるのは、言葉の出どころの表示だけです。誰に当てはめるかを決めたのは誰か、という点は変わりません。
そしてもう一つ。「深田氏曰くの『呉思国軍団』」——この言い回しそのものが、玉山氏の言葉です。
深田氏が使ったのは「呉思国軍団」です。そこに「深田氏曰くの」を付けた形は、深田氏の発言ではありません。玉山氏が作られたものです。引用であることを示す印まで含めて、この表現は玉山氏がお選びになったものです。
そして、この言葉である必要は、ありませんでした。
複数の方をまとめて指すこと自体は、何も問題がありません。毎回名前を並べるのは現実的ではありませんし、そういう言い方は必要です。
ただ、そのための言葉は他にもあります。玉山氏ご自身が「深田氏のアンチさんは他にもたくさんいらっしゃいますが」と書いておられます。 名前を並べずにまとめて指すのであれば、その言葉でもうできています。
それでも、「深田氏曰くの『呉思国軍団』」に限定させていただきます、と続けておられます。
私が2月8日に述べたのは、この言葉には別の重さがある、ということでした。まとめて指す言葉が他にある以上、この言葉を選ぶ理由は、まとめて指すこと以外のところにあります。
なお、「殆どの投稿には付け加えてます」とご自身が述べるとおり、その断り書きが付いていない例もあります。この章で触れた発言の出典と、その一覧は、末尾の付録2に整理しました。
そして、指摘の後も使用は続いています。
私が指摘したのは2月8日です。玉山氏はその日のうちに複数回にわたって応答されましたが、驚いたことに、私の指摘に対するまさにその返信の中で、既にこの言葉が使われていました。
その後も、2月、3月、5月、6月、7月と、私がXで確認できただけで十数回。動画のタイトルにも使われています。7月20日のnote記事では本文とハッシュタグの両方に。これはXで確認できた分だけであり、他の媒体を含めればさらに増えます。
指摘の核心について、確認できた範囲では、玉山氏から本質的な反論はありません。確認した範囲としては、X、Youtube動画、Youtubeショート動画、Youtube投稿、Facebook、note記事。繰り返しますが、これらの中に本質的な反論は確認出来ませんでした。2026年2月19日、2026年3月23日のYoutube動画も例外ではありません。反論がないまま、使用だけが続いています。
なお、玉山氏は2026年5月9日、ご自身の過去の発言を「訂正のお知らせ」として自主的に撤回されています。必要と判断すれば訂正も撤回もなさる方ですが、この言葉については、訂正も撤回もありません。
二.「加担していない」——記録されている拡散について
玉山氏は2026年7月17日、「加担」という批判についてこう述べています。
深田氏がシェアした私の原典の文章をろくに検証もせずに、深田氏の総括ワードだけ見て、玉山は加担したとデマを拡散して仲間内でワイワイ。(中略)私は騙されたのではなく、自著作群が知らないところで無断で使われてたという話
深田氏に著作物を無断使用されたという玉山氏の訴えは、事実として存在する問題です。私はそれを否定しません。
ただ、これは「加担」として問題にされてきたこととは、別の話です。
私が2025年に記録したのは、深田氏が玉山氏の文章を使ったケースではありません。玉山氏ご自身が、深田氏の投稿や動画を、自分の意思で選んで拡散したケースです。日付とともに、六つ挙げました。
2022年4月16日頃、深田萌絵TV「日経新聞がTSMCペテンを批判!?」を、内容を検証しないままシェア。「日経さん、日本語で報道してはいけないのなら、違う言語を使ってでも知らせなきゃってことかしら?」というご自身のコメントを添えて
Facebookで深田氏を引用し「今度このような利益優先、環境無視の企業が日本にやって来るのです」と投稿
深田萌絵TV「【台湾 蔡英文総統】がポンペオ氏の友人に電話『深田萌絵』には気を付けろと忠告!?」を、蔡英文氏批判のためにシェア
深田氏の羽賀ヒカルチャンネル出演を批判した私の投稿を「台湾の1450と一緒」と発言
2021年6月13日、深田氏のFacebook投稿「偽日本人との闘い」をシェア。リンク先ではモザイクなしの画像がそのまま
2021年2月24日、深田氏による浙江財閥陰謀論の投稿をそのままシェア
この六件を書いたのは、2025年3月4日に公開したnote記事「玉山富士子さんへ」です。当時の記事がどういうものだったかは、下の魚拓で確認できます。
これらは「無断で使われた」話ではありません。玉山氏が自ら選んで、広めた話です。性質がまったく違います。
そして、この六件について、玉山氏はかつて個別に説明をされています。2025年3月12日のnote記事で、こう書かれました。
当時は、深田氏を応援しようと思って、氏の投稿をシェアすることもあった。その際、積極的に肯定コメントを付け加えることもあれば、単にシェアだけのものもあった。
そのうえで、六件それぞれについて、日経中文版の記事タイトルはこうだった、蔡英文氏の記事に添付したのは本文と関係ない、といった反論を一つずつ書いておられます。「これらの論拠は、このような重大な言葉で人を評するほどの内容ですか?」とも問われました。(この反論の妥当性については、この記事では取り扱いません)
つまり2025年3月の時点では、シェアがあったこと自体は認めたうえで、その程度を争っておられたわけです。
それが2026年7月には、「私は騙されたのではなく、自著作群が知らないところで無断で使われてたという話」になっています。
私は、玉山氏が嘘をついていると言いたいのではありません。かつてご自身が認め、個別に説明されていたことが、いまは一つの物語の中に見当たらなくなっている——その変化を指摘しています。
なお、上に挙げた六件は、私が2025年に指摘した範囲のものです。これ以外にも同種の拡散が記録に残っていますので、この記事の末尾に付録として一覧を付けました。日付と、確認できるものはURLを添えてあります。ご関心があればご覧ください。
念のため書き添えますが、私は当時からこれを「悪意ある加担」だとは考えていません。信頼していた相手の発信を検証せずに広めてしまう、というのは誰にでも起こり得ることです。私はそのように書きましたし、今もそう思っています。問題は、加担があったかどうかではなく、それがなかったことにされていることです。
三.「低能児」——名指ししていない、という説明について
2025年1月6日、玉山氏はnote記事「私は趣味で台湾を書いているわけではない」で、深田氏を批判する人々の「手法」についてこう書かれました。
この手法は、フォロワーさんの言葉を借りると、低能児、だと思う。
そのすぐ下に、名前を伏せた投稿のスクリーンショットが置かれています。同じスクリーンショットが、記事のサムネイル画像にも使われています。
それは、私の投稿です。
この件について、玉山氏は2025年3月、Xでこう述べておられます。
私はわさびちゃんのことを「低能児」「人を批判する資格なし」なんて一言も言ってませんでした
名前を消すことと、誰も指さないことは、別のことです
「言っていない」が本当になるのは、誰のことか分からない場合だけです。
名前を伏せることには、二通りあります。
・誰のことか分からなくするために伏せる場合
・誰のことか分かる形のまま、名前という文字列だけを消す場合
あの記事は、後者です。「低能児」という語のすぐ下に、私の投稿が置かれている。同じ画像が、記事の表紙にもなっている。読む人に誰の投稿か伝わるように作られていなければ、そこに載せる意味がありません。
私の名前は、記事のどこにも書かれていません。しかし、名前という文字列がないことと、誰も指していないことは、別のことです。
「フォロワーさんの言葉を借りると」
この一文には、もう一つ仕掛けがあります。
低能児という語を選んだのは、玉山氏です。誰の手法をそう評するかを決めたのも、玉山氏です。借りたのは語だけで、それをどこに当てるかは、借りた人が決めています。
一章で見たのと、同じ形です。「深田氏曰くの」と添えても、その言葉を誰に当てるかを決めた事実は消えません。「フォロワーさんの言葉を借りると」も同じです。借りものの言葉であろうと、当てられた側に届くものは変わりません。
同じ趣旨の否定は、その後も繰り返されています。2026年1月3日には「そもそも私は人に向かって『低能児』という言葉を言うような人ではない」と述べられ、2026年7月20日のnote記事でも、「私が彼らのメンバーの一人を低能児呼ばわりしただとか」という指摘は、話を「盛って」いるものの例として挙げられています。
ここで、私自身のことも書きます。
問題にされたその投稿は、2022年3月、玉山氏の投稿を引用して私が書いたものです。投稿の内容は、決して褒められた内容ではありませんでした。私はその後、この投稿について自分の非を認め、謝罪し、削除しました。
つまり私は、自分の記録を、自分の過ちとして認めて消しています。
一方、その——私が既に謝罪して消した——投稿のスクリーンショットを保存し、「低能児」という言葉と結びつけ、サムネイルにまで使った玉山さんの記事は、2026年7月の今も、謝罪も削除もされないまま公開され続けています。
私は自分の非を棚に上げるつもりはありません。だからこそ、この違いは記録しておきます。
四.「謝りながら誹謗中傷してきた」——ある記事の要約について
私は2025年、「玉山富士子さんへ」というnote記事を書きました。玉山氏はこの記事について、繰り返し「謝りながら誹謗中傷してきた」という趣旨の発言をされています。たとえば2026年2月23日のnote記事では、「わさびちゃんのあの長文の『謝罪と銘打っていたが実質はひどい誹謗中傷だった謝罪文』」と書かれています。
まず、あの記事がどういう経緯で書かれたものかを記しておきます。
2025年3月2日、玉山氏はご自身のYouTubeチャンネルで、批判者たちの発信を一つずつ読み上げ、その都度「具体的に説明してください」と求める動画を公開されました。その中で、私の過去の発信も読み上げられています。そして、こう問われました。
わさびちゃん、私はどのように加担したのか、何を認めるのか、具体的に説明していただけますか
わさびちゃん、都合悪い部分とは、著しく公平性を欠く発言とは、具体的に説明してください。お願いします
「玉山富士子さんへ」は、この問いへの回答です。記事は【玉山さんへの謝罪】から始まり、【陰謀論家に加担した事例】として六件を挙げ、そのあとに
【TSMCという企業に対する発言について】
【都合の悪い部分とは?】
【公平性を欠くとは?】
【"陰謀論に加担した人に潔白なんてない"の意味】
と続きます。この並びは、動画で問われた順です。
具体的に説明してください、と公開の場で求められた。だから、日付と出典を添えて具体的に答えた。それがあの記事です。
あの記事は、2025年3月の謝罪の際、玉山氏に関する投稿を削除した一環で、非公開にしました。いまも非公開のままです。謝罪の一部として下げたものですから、戻すことはしません。
ただ、玉山氏による反論記事は今も公開されており、その冒頭には私の記事へのリンクが置かれたままです。片方だけが読める状態では、読まれる方が確かめようがありません。ですので、公開当時の内容が保存された魚拓を示しておきます。
第三者のアーカイブですので、私が後から手を加えることはできません。以下に要約しますが、実際の中身はそちらでご確認いただけます。
私は日付と出典を明示した六つの具体例を挙げました。上記の四つの問いに、一つずつ答えました。そのうえで、こう書いています。
恐らく悪意はなかったでしょう
これは別に玉山さんだけを殊更に責めているわけではなく、単なる一般論を述べているに過ぎません。誰にでも常に起こり得る事です。勿論私にも。
私からの具体的な依頼は二件だけでした。特定の投稿のシェアをやめてほしいこと、特定の画像を削除してほしいこと。そして末尾に、こう書きました。
漏れがある場合はその旨ご指摘ください
厳しい表現がなかったとは言いません。「リテラシーの無さは批判されてしかるべき」と書きましたし、皮肉めいた言い回しもありました。そこは認めます。
誤りもあります。見出しに動画の日付を「2021年12月12日」と書きましたが、正しくは2021年11月12日です。魚拓にはそのまま残っています。
しかし、誹謗中傷とは、根拠のない事実を並べて他人の評価を落とす行為のことです。
あの記事では、事実には出典を付けました。評価は評価として、そうと分かる形で書きました。悪意はなかっただろうと書き添え、自分にも起こり得ることだと書き、最後に訂正の機会を求めました。
これを誹謗中傷と呼ぶなら、根拠を示した批判は、すべて誹謗中傷になります。
「謝りながら誹謗中傷してきた」という要約は、批判の中身に答える代わりに、批判という行為そのものを不当なものとして片付ける言い換えです。厳しい批判と誹謗中傷は、違います。
なお、先ほど引用した2026年2月23日の記事の末尾で、玉山氏は私たちについて「DARVO」という言葉を使われています。
ハッシュタグにも掲げられています。
どういう概念かは、こちらをご覧ください。
記録を示した批判は「誹謗中傷」に、それを書いた者は「加害者」に。この二つは、同じ一つの動作の表と裏だろうと思います。
(なお、法的な評価は弁護士の領域です。ここで述べているのは、言葉の意味としての区別です。)
五.「どっちもどっち」——批判の中身の置き換えについて
これは私自身の投稿が対象になった、直近の例です。この記事を書いている最中に起きました。
2026年7月23日、玉山氏はこう投稿されました。
【「どっちもどっち」】 深田氏は、これまで、高市首相のファッションについて何度も批判してきた。 深田氏曰くの「呉思国軍団」の方々も、「FMコレクション」と称し、毎度批判してきた。 …また一つ、友達が仰っていた「どっちもどっち」を確認。 そもそも、何を着ようとその人の自由なのでは?
そして、私の2025年5月31日の投稿のスクリーンショットが添えられていました。
私が実際に書いたのは、こういう内容です。「いつも『お金がないの、応援して』『いつも手弁当、持ち出しなの』などと言っているのに何故か着々と増えていくハイブランドコレクション」。
私が問題にしていたのは、服装の趣味でも、着こなしでもありません。資金がないと訴えて支援を募る一方で、高額な品を次々と身につけているという、言っていることとやっていることの食い違いです。
「何を着ようとその人の自由」——その通りです。私はそこを問題にしていません。
これは、相手の主張を、より否定しやすい別の主張に置き換えてから否定する、という形です。言っていることとやっていることが違う、という指摘は確かめられてしまいます。けれども「服装の趣味に文句をつけている」という主張になら、簡単に反論できます。
「どっちもどっち」は、一度きりの表現ではありません。
三日後の2026年7月26日にも、【「どっちもどっち」また発見】という表題で、私の別の投稿が同じ枠に置かれました。こちらは私の人物像についての評価を含むので、内容には立ち入りません。ここで記しておきたいのは、この枠が繰り返し使われているという事実だけです。
深田氏の言動と私の投稿を並べ、同じ穴のむじなだと示す。それが「どっちもどっち」という枠です。
この「深田氏と同列に置く」という手法は、今回が初めてではありません。私が深田氏の著書について過去に書いた書評——玉山氏と決裂するよりずっと前に書いたものです——を再掲したときにも、私が深田氏と同じことをしているかのような投稿がなされました。「まさか、わさびちゃんは、ご自分が看過できない深田氏と同様のことをしようとされてるわけではないですよね?」と。
具体的な指摘の中身に答える代わりに、指摘した側を「批判している相手と同じ」枠に入れる。そうすれば、指摘の内容そのものを検討しなくて済みます。
題材としては小さな話です。しかし、この記事で挙げてきた他の事案と、形は同じです。
六.「次から次へとポストをすること」——沈黙していた期間について
これも、この記事を書いている最中に起きたことです。
2026年7月26日、玉山氏はこう投稿されました。
去年の春、私の指摘を受け、わさびちゃんは、素直に謝罪をする暇もないほどお忙しかった、ように見えた。 何に忙しかったか、って? 私をどうにか悪者にしようと次から次へとポストをすること、でとてもお忙しかったように私には見えました。
「去年の春」は、2025年の春です。その時期の公開記録を並べます。
2025年3月4日 私が「玉山富士子さんへ」を公開しました。玉山氏が公開の場で求めた説明への回答です。
2025年3月 私が玉山氏に関する投稿について謝罪し、該当する投稿を削除しました。
2025年3月18日 私が「今後、玉山さんに関する投稿は一切いたしません」と宣言しました。この時に「玉山富士子さんへ」の魚拓を保存しています。
2025年春以降 私は玉山氏に関する投稿をしていません。「はじめに」に書いたとおり、宣言の外に出たのは二度だけで、いずれも2025年11月30日以降です。
「素直に謝罪をする暇もないほどお忙しかった」と述べられていますが、この時期に謝罪が行われたことは、玉山氏ご自身が繰り返し前提にしてこられたことです。四で引用したとおり、玉山氏は私の記事を「謝罪と銘打っていた」ものとして扱っておられます。謝罪がなかったという前提には立っていません。
そして「私をどうにか悪者にしようと次から次へとポストをすること」という記述ですが、私がこの時期にしたのは、その反対のことです。投稿を削除し、以後投稿しないと宣言し、それを守りました。玉山氏の言う「去年の春」に、私が玉山氏に関する投稿をした記録はありません。 宣言があったことは、玉山氏ご自身が「真摯に受け止めている」と繰り返し述べてこられたことでもあります。
玉山氏は「ように見えた」「私には見えました」と、印象として述べておられます。ですから、これは事実の主張ではないという読み方もできるでしょう。ただ、同じ時期についての公開記録は、上に並べたとおりです。どちらが記録に残っているかは、読まれる方が確かめられます。
この事案を最後に置いたのは、これが「はじめに」で述べた撤回の理由と直結しているからです。宣言を守っても、守ったことが記録に残らないのであれば、宣言を守る意味は失われます。
六つに共通しているもの
以上を並べてみると、同じ形が見えます。
一.「呉思国軍団」
記録にあるもの……誰を対象にするかを自ら「限定させていただきます」と決めた。誰が該当するかを把握し、自らも同じ種類のラベルを名付けた経験を語っている。
言い換えられた後……「引用しているだけ」
二.加担
記録にあるもの……深田氏の主張を自分で選んで拡散した。(六件)
※この六件は、私が「玉山富士子さんへ」で取り上げた分です。それ以外に確認できたものを含む一覧は、末尾の付録にあります。
言い換えられた後……「無断使用された被害者である」
三.低能児
記録にあるもの……スクショを本文とサムネイルに使い、「低能児」という語と結んだ。
言い換えられた後……「名指しで言っていない」
四.謝罪記事の評価
記録にあるもの……出典を示し、訂正の機会を開いた批判記事
言い換えられた後……「謝りながらの誹謗中傷」
五.どっちもどっち
記録にあるもの……支援を募りながら高額品を所有するという、食い違いの指摘
言い換えられた後……「服装の趣味への批判」
六.沈黙していた期間
記録にあるもの……謝罪し、投稿を削除し、その後は投稿しなかった
言い換えられた後……「次から次へとポストをすることでお忙しかった」
一件なら、行き違いでしょう。二件なら、偶然かもしれません。
六件の独立した事案で、同じ動作が繰り返されています。記録に残っている行為や、相手の主張の中身を、言い方を換えることでそうではないものにする。そしていずれの場合も、指摘の核心そのものへの応答は、私が確認できた範囲では見当たりません。
最後に
私がこの記録を残すのは、玉山氏に謝罪や訂正を求めるためではありません。求めても、これまで返ってきたのは論点の置き換えだけでした。ですから、この記事について何か言われても、基本的には応じません。議論の応酬をする段階は、私の中ではもう終わっています。
ただ、何があっても黙っていると決めたわけではありません。そのときが来れば、そのときに考えます。
私が最も重く見ているのは、一の話です。「呉思国軍団」という言葉で名指しされてきた私人の方は、十年以上にわたって根拠のない主張の対象とされ続けてきました。その方にとって、この言葉がどれほどの重さを持つのか。批判者をまとめて指す便利なラベルとして使う前に、一度だけでいい、そこに立ち止まってほしいと思っています。
玉山氏は、ご自身が名付けた「徳軍」という呼び名が外から否定的に見られた経験を語り、名乗る側にはそれが誇らしかったと述べ、そして「呉思国軍団」と呼ばれる側の自己評価はそうではないと、ご自身で述べておられます。付ける側と付けられる側で意味が違うということを、これほど的確に述べられる方が他にいるでしょうか。
これを読んでくださった方へ。もしどこかでこの言葉を目にしても、どうか安易に使わないでいただきたい。鍵括弧をつけても、「誰々曰くの」と添えても、それを誰に当てはめるかを決めるのは、使うあなた自身です。
なお、この記事では、私人の氏名は必要最小限にとどめました。
以上です。
付録:深田萌絵氏コンテンツ等の拡散記録
二章で触れた件について、記録に残っているものを日付順に整理しました。
記載は事実の提示にとどめ、評価は加えていません。確認できるものにはURLを付しています。読まれる方がご自身で原典にあたれるようにするためです。
1. 2021年2月11日
玉山氏のコメント:「絶対見て!/一緒に怒りましょう😡」 (続けて中国語で)「叫日本人忍耐,然後政府一直放人進來是在搞什麼?/深田小姐的意見『不讓外國人進來,讓國人能夠自由的移動不是更好?首相的兒子花大錢吃喝玩樂,然後叫人民忍耐?』」
拡散対象:YouTube動画「はぁ?自粛自粛うっせえわ その『裏口入国』にバツ 【Ado風】」(深田萌絵)
備考:日本語と中国語(繁体字)の併記。深田氏の主張を中国語に訳して紹介している。
2. 2021年2月24日
内容:深田萌絵氏による浙江財閥に関する投稿をシェア(「TSMCは浙江から来た中国人」等の主張を含む)
出典:note記事「玉山富士子さんへ」で指摘した事例のひとつ
備考:URL未取得。
3. 2021年4月2日
玉山氏のコメント:「深田さんは警鐘を鳴らしています!」
拡散対象:YouTube動画「3/31ライブ配信!の続き。」(深田萌絵)
備考:拡散対象の動画は現在確認できない。本項は、玉山氏が肯定的なコメントを付して拡散した事実の記録であり、動画内容の当否を扱うものではない。
4. 2021年4月29日
内容:深田萌絵氏の投稿をシェア。深田氏の文「私の巻き込まれた事件、英語字幕付きました。いま、日本語訳をボランティアさんに手伝ってもらってます。」とともに、動画「Jason Ho & Moe Fukada: Exposing CCP's Tech Spies, New Paradigms with Sargis Sangari EP #49 」を掲示
備考:玉山氏独自のコメントは、確認できる範囲では付されていない。
5. 2021年6月9日
玉山氏のコメント:「其實不止台灣被中共嚴重滲透/日本也是❗️」(実際、深刻に侵入しているのは台湾だけではない/日本も)
拡散対象:新唐人(NTDTV)の記事「日評論家揭科技被竊內幕 稱政府被中共滲透」。深田氏が「日本の最先端半導体技術の流出は軍事技術の流出に匹敵する」「日本政府は既に中共に深刻な程度まで浸透されている」等と述べる内容
備考:中国語(繁体字)と日本語の併記。記事の主張を自分の言葉で要約し、言い足したうえで拡散している。
6. 2021年6月13日
内容:深田萌絵氏のFacebook投稿「偽日本人との闘い」をシェア
出典:note記事「玉山富士子さんへ」で指摘した事例のひとつ。同記事で、当該投稿のシェア停止を依頼した
備考:リンク先には、モザイク処理のない画像が含まれていた。第三者に関わる内容のため、本資料では詳細を記載しない。
7. 2021年6月24日
玉山氏のコメント:「深田『日本の政治を日本人の手に取り戻さないといけない』」
拡散対象:YouTube動画「日本の検察を動かす闇の組織、そして空港へ」(深田萌絵)
備考:深田氏の発言を引用する形での拡散。
8. 2021年11月13日
内容:深田萌絵TV「【台湾 蔡英文総統】がポンペオ氏の友人に電話『深田萌絵』には気を付けろと忠告!?」を、蔡英文氏への批判の文脈でシェア
出典:note記事「玉山富士子さんへ」で指摘した事例のひとつ。同記事で、当該投稿の画像削除を依頼した
9. 2021年12月1日
玉山氏のコメント:「英語を理解できる人は読むべき」「自分の国を売っているのはあなたの国だけではない」等。深田氏が間接的に台湾を救おうとしている、という趣旨の評価を含む
拡散対象:動画「Jason Morgan & Moet Fukada: CCP MIL TECH & INDUSTL Espionage, New Paradigms w/Sargis Sangari EP #74 」
備考:賛同・擁護のコメントを伴う拡散。
10. 2022年4月16日頃
内容:深田萌絵TV「日経新聞がTSMCペテンを批判!?」を、内容の検証を経ずにシェア。「日経さん、日本語で報道してはいけないのなら、違う言語を使ってでも知らせなきゃってことかしら?」というコメントを付す
出典:note記事「玉山富士子さんへ」で指摘した事例のひとつ
11. 2022年4月20日
内容:佐藤和夫氏の投稿「AC通信No.890/AC論説No.890『…でも暗し』国家」をシェア。当該文には、2020年米大統領選挙について「イカサマ選挙でバイデンが大統領となった」とする記述、および蔡英文氏の学位詐称を断定する記述が含まれる
URL:https://www.facebook.com/100005833663602/posts/1759657037572068/
備考:佐藤氏の投稿は、アンディ・チャン氏のブログの内容を掲載したもの。同ブログは、深田氏が主張の典拠としていたものである。深田氏の投稿の直接の拡散ではないが、同じ系統の主張の拡散として記録する。
12. 2022年5月16日
内容:深田氏が羽賀ヒカル氏の神社チャンネルに出演したことを批判した投稿に対し、「台湾の1450と一緒」と発言
出典:note記事「玉山富士子さんへ」で指摘した事例のひとつ(同記事に「2022.5.16玉山さんFacebook投稿より」と明記)
備考:拡散ではなく、深田氏への批判に対する反応として記録。
URL:
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=pfbid0265USYd8aWr5A9A84iurp5o9Ctp2hYNg9nPHcR2iXrH1Zd5R6DPuDa4eRnsqZX2Yfl&id=100053815332261
記録にあたっての注記
本資料に挙げた投稿のうち、2021年2月11日、4月2日、6月9日、6月24日、12月1日、2022年4月16日頃のものには、玉山氏自身のコメントが付されている。単純な転送ではなく、賛同や評価を伴う拡散である。
2021年2月11日と6月9日の投稿は、中国語(繁体字)を併記している。
拡散対象の動画のうち、現在確認できないものがある。本資料は、拡散という行為の記録であり、拡散対象の主張の当否を検証するものではない。
URLが未取得の項目については、note記事「玉山富士子さんへ」に日付・内容を記載している。
第三者に関わる画像・個人情報は、本資料には転記していない。
以上
付録2:一章で触れた発言の出典
一章では要点を三つに絞りました。それぞれの根拠となる発言を、媒体と日付を添えて以下に整理します。原文にあたれるようにするためのものです。
1. 「引用しているだけ」という説明
2026年2月8日、X
鍵かっこ「」つけてます。しかも殆どの投稿には「深田氏の言うところの(または『深田氏曰くの』)」を付け加えてます。
2026年2月19日、動画(8:00〜8:19)
わさびちゃんもご存知のように、私はこの言葉を使う際に鍵括弧をつける、または「深田氏曰くの」を付け加えてきました。つまり深田氏の発言を引用しています。
2026年2月24日には、この説明の根拠として、玉山氏ご自身がこの動画の切り抜き(7:39〜8:00)を提示されている。
2. 対象を絞る操作
2026年3月6日、X(注記①)
深田氏のアンチさんは他にもたくさんいらっしゃいますが、この経緯の中では、玉山との関係性を示すために、「深田氏曰くの『呉思国軍団』」に限定させていただきます。
3. 誰が該当するかを認めた過程
2026年3月6日、X(ある方との対話の中で)
呉思国氏?誰? 軍団?なんで? が最初の印象。 その後、呉氏についてたまに情報を見掛けたり、同じ方々がまるで軍団のように呉氏について投稿など色々されていたので、ああ、この方々が深田氏曰くの「呉思国軍団」なんですね、とやっと認識しました。
2026年2月19日、動画(1:12〜1:44)
正直なところ私としては未だに「どなた?」の状態です。で、深田萌絵氏の言うところの呉思国軍団。その昔、深田氏とやり取りをしていた頃、深田氏から、深田氏に付きまとうアンチさんたちの話を聞いていた。色々聞いているうちにいつの間にか自分もウォッチングされる対象になっちゃった。 ああ、この方々が呉思国軍団なんですね。
4. 誰が含まれるかが把握されていることを示す言い方
2026年3月6日、X
「呉思国軍団」の方々のどなたも、玉山に対する過去の大量の誹謗中傷やデマ発信について、謝らず、削除もせず
「呉思国軍団」の一部の方々は過去の問題投稿群を削除されたが……
2026年2月19日、動画(2:39〜2:58)
呉思国軍団の何人かの方々からの私に対する理不尽な行為は……
2026年3月26日、X
「呉思国軍団」の方々は、日課のように、深田氏のコーデから発信内容までウォッチして投稿するのがお好きとお見受けします。
※これらの投稿には事実認識の対立を含む記述が多数あるが、ここで扱うのは言い方の形だけであり、中身には立ち入らない。
5. 誰が入るかは決める人次第だという記述
2026年3月6日、X(ある方との対話の中で)
そもそも深田氏が勝手に呼んでいる概念なので、軍団員さんかどうかは深田氏がご自分のご都合でお決めになる、といったことではないでしょうか?
6. 呼び名の元になっている方について
2026年2月19日、動画(0:57〜1:12)
これは私が呉思国というワードについて積極的に投稿した唯一のポストです。……正直なところ私としては未だに「どなた?」の状態です。
7. ラベルを名付けた経験
2026年3月23日、動画(1:57〜3:04)
彼の支持者さんたちは、徳軍とも呼ばれていた。頼清徳軍とか頼清徳軍団の略である。実はね、軍と名付けしたのは私。私自身もこの徳軍の1人だった。
徳軍という名前は頼氏を支持していない人々からよく思われなかったり、物議を醸したりしていたが……メディアやネット上で言論で応援しようと我々は一生懸命彼を支える活動をしていた。私たちにとって徳軍という名前はとっても誇らしかった。
同(4:13〜4:45)
前回の動画で深田氏曰くの呉思国軍団に関することに触れました。このワーディング、あくまでも深田氏が勝手にそう呼んでるものなんだけど、深田氏の被害者の方を応援する強い軍団という印象を個人的には持っています。さっきの徳軍みたいなやつね。 でもどうやら深田氏が軍団員だと認識してるらしい方々の自己評価は必ずしもそうではないように見えます。
8. 一括りにされることへの拒否
2026年2月19日、動画(3:37〜4:00)
ちなみに最近の深田氏はよく、玉山が呉思国軍団の一員であるかのようなことをおっしゃいますが、もしもし? 萩生田さんと関係があるとか、TSMCの利益の代弁者とか……何でもかんでも一つの世界に一括りにしようとしてんじゃないよと言いたい。
2026年3月6日、X(5に引用した発言のすぐ前の部分)
私もよくわからないのに、深田氏に「呉思国軍団」の一員にされています(動画等で、違います、と申し上げてますが。)
9. 「深田氏曰くの」が付いていない使用例
玉山氏は「殆どの投稿には付け加えてます」と述べ、例外があることを自ら認めている。確認できた例外は次のとおり。
・2026年2月8日……「呉思国軍団」と思しき(ある私人の氏名) ・2026年3月23日……「軍団」の方から/「軍団」の方々から ・2026年3月26日……「呉思国軍団」の方々は
特に「と思しき」は、深田氏が誰を指したかではなく、玉山氏が誰に当たると考えるかを述べる言い方である。
※私人の氏名は必要最小限にとどめた。
以上


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