踊るネバネバ
定期的にくる謎イベントなのだが、最近屁が止まらない。1年ぶり24度目くらいで、出場回数で言えば、私立の甲子園強豪校並みである。屁が止まらない現象自体は慣れているので、自宅では躊躇わず放屁するようにしている。
といっても音や香りは様々だ。もしかすると体調の変化を知らせるサインなのかもしれないが、今こいた屁の情報を精査する間もなく次の放屁がやってくるため、キリがない。大腸が活性化している。原因は毎日1,2パック食べている納豆しか思いつかない。
放屁に勢いがある時は、少しだけ身体がふわっと浮いている気がしないでもない。立っている場合はなおさらだ。ロケットやジェット機のように、反作用を利用した推進力を得ている可能性がわずかにある。実際に屁をこくたびに前にちょっとずつ進むことができるのであれば、ローラースケートを履くことも視野に入れたいところだ。毎日の通勤が圧倒的に楽になる。ロッカーに置いておこうかな。
午後の仕事中、デスクに座りキーボードを叩いていると、いつものように大腸が踊る感覚がやってきた。無意識にOAチェアから尻をわずかに浮かせたところで、私はピタリと止まった。
いや、ダメだろ。
日常のサイクルで、放屁があまりに自然になっている。食事、睡眠、放屁が日々のルーティンとして確立されてしまっている。気づけば私は3cmほど尻を浮かせたままフリーズしていた。
「やめろ!ここは職場だ!」
無線から緊急指令が出るが、私の身体は、完全に放出の体制が整っている。
ほんのわずかに重心をずらしただけで、均衡が崩れそうな危うい体勢だ。ここで下手に動けば、すべてが終わる。ローラーのついたOAチェアとともに、少しだけ前に進んでしまいかねない。
理屈は簡単だ。閉じればよい。出かかっているガス体内に戻し、噴出口に蓋をすればよいだけの話だ。
しかしこれは机上の空論、いわば屁理屈だった。レインボーブリッジと同じだ。封鎖できそうにない。
脳内では、すでに爆弾処理班が招集されていた。与えられた猶予はほんの数秒。息を潜めて静止したまま、生死を賭けた戦いが始まった。
中腰でフリーズした私は、傍から彫刻のように見えているのだろうか。3cmだけ尻を浮かせた「考える人」は、そのまま静かにデスクに手を置く。ゆっくりと腰を伸ばし、そーっと立ち上がる。刺激は禁物。その瞬間、ドカン、だ。
10秒ほどかけて文字通り重い腰をあげた後、一目散にトイレへ向かった。誰かが私を呼び止めたような気がしたが、構っているヒマなどない。今、私に必要なのは、同僚の声ではなく個室だ。事件はデスクで起きているのではない。
刺激せずに急ぐという、あまりにも無理のあるミッションを抱えながら私は歩いた。できることなら身体を揺らさず、それでいて前進したい。くそ、なぜ弊社の廊下はベルトコンベアじゃないのだ。福利厚生が貧弱すぎる。
「やはりローラースケートをロッカーに置いておくべきだったか」
そんな後悔が頭をよぎる。だが冷静に考えなければならない。ローラースケートで前進する場合、私は既に放屁している。
どれくらいの時間が経っただろうか。やっとの思いでたどり着いたトイレの個室は、レインボーに輝いていた。
静かに中に入り、ドアを完全に封鎖したところで、私の踊る大"腸"査線はエンドロールを迎えた。
「And I never never never…」
脳内で鳴り響く織田裕二の「Love Somebody」。私は誓った。しばらく納豆は控えよう、と。


屁屋、 ふ屁ん、 とことん屁をぶち込むzariさん。 どこまでもついて屁きやす。
久しぶりにzarinamoさんの部屋を覗いたら、屁の話で充満していた。 変わってない。 決して期待を裏切らない日常がそこにある。
ようこそzarinamoの屁屋へ。 良くも悪くも変わらない。ふ屁んの日常をこれからもお楽しみください。
東京の上りエスカレーター左側に並んでたってる時 出そうな時が1番我慢しどき 他人の鼻先 逃げ場なし
自由律俳句みたいでいいですね。夏井先生もきっと添削なしだと思います。
臭いじゃなく香りと表現する所にザリナモさんの品を感じます。職場で読むには下唇を噛み締めなければなりませんでした。面白すぎる。 私の脳裏には芋洗坂係長のへ〜ばっか出た!のネタが浮かびます…
どうぞ、口も肛門もしっかり閉じてくださるようお願いします。芋洗坂係長、本名「小浦一優」。イメージと違い過ぎる。