私たちは死ぬ存在である。
風邪が思っていた以上に風邪で、頭と喉と関節が絶望的に痛く、だが、痛いと言っては心までやられてしまうので「生きてる生きてるぅ!」とぶつぶつ言いながら、タバコを吸うことだけはやめられないから玄関で吸っていたら「こんにちは」と言ってお見舞い客がやって来た。その時、半裸だった私は「いやん」とかナチュラルにキモい声を出してしまって、慌てて家に入って服を着た。見舞客は「突然来ちゃってごめんなさい」と言いながら、家に入り、持参した果物を切ってくれた。
声を出すのもしんどかったが、帰ってくださいと言う訳にもいかないから「寝物語を聞かせてください」と言ったら、見舞客の方は身の上話をはじめてくださり、その過程で泣き、泣き終えた後にスッキリして「聞いてくださってありがとうございました」と言った。私としては、本当に、ただ聞いていただけだったので「病人にもできることはあるのだな」と思った。現代社会は聞き手が不足しているから、余計な言葉を挟まず、アドバイスもしないで、黙って話を聞くだけで役に立つ。
私は、このことを恋愛で学んだ。昔は、モテるためには芸人みたいに面白い話をする必要があると思っていた。だが、それは面倒臭いし、疲れるから、聞き手に専念した。皮肉なことに、面白い人間になろうとするより、良い聞き手になれた時の方が、モテた。いかにこの世に聞き手が不足しているかを実感したので、余計なお世話だけど「世の男たちよ。お前たちは話すな。聞くに徹しろ。女は出せ。男は出すな」と思うようになった。聞く力があれば、病気になっても、まったく体が動かなくなっても、誰かの役に立つことができる。
風邪を引くと「こんなものをお見舞いでもらうと嬉しいのだな」と言うものがわかる。私の場合、桃、スイカ、キウイ、果物全般、珈琲豆、タバコ(メビウス6ミリのロング)、金、などである。タバコやめろよと言う声が聞こえてきそうだが、邪気払いのためにも、まだ、やめられない。臭いのは嫌だが、仕方がないのである。食費よりタバコを優先してしまうので、人生的にいろいろおかしなことになっているが、まだタバコを吸えていると言うことは大丈夫と言うことなのだきっと。
いろいろな人が家に来るが、誰が来ても、とにもかくにも「お茶でも一杯どうですか」と言う。お茶がいいと言うよりは、お茶を飲む心のゆとりが大事なのだ。最近の人は忙しい人が多いらしい。忙しい時は、何かから目を逸らしていると思う。それは、多くの場合「私たちは死ぬ存在である」と言う事実だと思う。死から目を逸らすと、見たくないものを見ないでいられるが、通り過ぎて行くものがある。明日死ぬとしたら、人の目なんてどうでもいいし、金も財産も力を失う。天国に持っていけるものは、愛し愛された記憶だけ。あとは何の役にも立たないから、一期一会で行こう。
おおまかな予定
7月28日(火)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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