ヤクルトの日本本社=東京都港区で2026年7月27日、友永翔大撮影
台湾ヤクルトに出向していた高橋圭介(仮名)は2024年3月、ヤクルト・コンプライアンス・ホットラインに内部通報した。台湾の中壢工場では、ゴキブリが頻繁に発生するほど衛生状態が悪化。食中毒を起こしかねない状態だったし、パワハラも横行していた。高橋は品質管理全般に責任を持つ幹部であり、見過ごせなかった。
だが翌月、東京から中壢工場にやって来た国際業務部長の嶌田実は「ホットラインに連絡している暇があったら仕事をしなさい」と、内部通報に向き合わない。台湾ヤクルトには高橋が通報したことが知られ、逆に高橋はパワハラ疑惑をでっちあげられた。
追い込まれた高橋はうつ病に。2024年6月3日、日本のヤクルトの工場への異動願を出した。
しかし、異動願に対して日本の人事部の課長は、高橋が予想もしなかった発言をする。
傷口に塩
高橋は6月3日に提出した異動願で、次のように書いた。
「私は2022年7月から台湾ヤクルト中壢工場に赴任し、以来様々な業務を遂行してまいりました。しかし、赴任当初から工場の状況は危機的で、永岡前工場長からの業務中の飲酒によるパワハラを受け続けました。この問題は他の現地社員も同様で、複数の現地社員はパワハラを私に相談し、私は矢面に立って守ってきました」
「設備面では非常に不安全な作業が行われており、集団食中毒がいつ発生してもおかしくない危険な状態でした。また、防虫対策についても深刻な問題がありました。このままでは、工場の安全と品質が著しく損なわれるリスクが高まっています」
「心残りは、真面目に働き、真剣に仕事に取り組みたいと願ってサポートしてくれていた多くの現地社員に、安心して働ける環境を提供できなかったことを深く残念に思います。彼らの献身的な努力とサポートに対して、十分な環境を整えることができなかったことが心苦しく、申し訳ない気持ちでいっぱいです。現地職員の皆さんの熱意と真摯な姿勢に報いることができなかったことが、私にとって大変な痛恨の極みです」
異動願を出してからは、高橋は東京本社の人事部と面談を重ねた。
6月6日の面談で高橋は驚愕した。
人事課長の河野元貴が、「異動願の内容は信用しない」ということを、高圧的に伝えてきたのだ。異動願には中壢工場の衛生問題やパワハラの横行など内部通報と同じ内容が記されている。
本社に内部通報したことが台湾ヤクルトに漏洩した上、国際部の嶌田実からは「ホットラインに連絡している暇があったら仕事をしなさい」と言われた。精神的に追い詰められて、異動願を出している。河野の言葉は傷口に塩を塗るようなものだった。
河野人事課長「これはもうお約束であり、会社の指示です」
本社人事部は高橋と面談の上、日本に即時帰任させることを決定した。2024年6月21日、人事課長の河野は高橋にメールを送り、帰任させる理由を念押ししている。
「繰り返しになりますが、これらの体調面(療養および『うつ病』を発症した根本的原因との切り離し)に関する理由と面談でもお話ししたように貴殿からの『異動願』が提出される事態になったことの両面にて、即時に日本に帰任という正式な会社判断となったとご理解ください」
注目すべきは、帰任させる理由について人事部が、高橋のうつ病発症だけではなく、「異動願が提出される事態になった」ことを挙げていることだ。異動願には前掲のように、高橋が本社に内部通報したことと同じ内容が記されている。台湾ヤクルト中壢工場での衛生問題やパワハラが、これ以上の騒ぎになることを、本社が警戒していることを示唆している。
本社が警戒していることは、6月26日の人事部と高橋との面談ではっきりする。高橋は人事部への不信感を募らせており、この日の面談は録画した。
面談は中壢工場にある荷物を自分で取りに行きたいという高橋に対し、うつ病の原因になった職場には行くなという河野とのやりとりが主だ。だが最後に河野が切り出す。
「高橋さんが今回のことに関して、何かメールを送ったりされていると、ちょっと漏れ聞こえてきたんですけれども。そういうのも業務に当たることだと思ってください」
「しっかり療養していただきたいというのが、我々の思っていることですので。業務のことから完全に離れるというお約束の中に、やっぱりそういうのも含まれてきますので。そこを改めてお約束いただいてよろしいですか」
高橋は「分かりました」と答えたが、河野は更にたたみかける。
「そのお約束を守っていただくことが、我々としてもやっぱりいろんなことで前提になっていますので。これはもうお約束であり、業務指示でもあります。会社からの指示でもあります。そこに反するような行為が発覚してしまった場合には、人事としても厳正に対処しなければいけなくなってしまいますので」
高橋の体調を気遣っている体裁をとってはいるが、「台湾の中壢工場での衛生問題やパワハラについて、日本の社員に話すなよ」という警告だ。高橋はそう受け止めた。
戻ってこなかった手紙
台湾へ2022年夏に赴任する際、高橋は日本の職場の同僚から手紙をもらった。セクハラとパワハラに悩んでいた彼女は、高橋の行動により救われたと感謝の気持ちを綴っていた。
「私がセクハラやら理不尽なパワハラに悩んでいた時も、真剣に受け止めてくれて行動に移してくれた人は、後にも先にも高橋さんしかいませんでした。あの正義感のおかげで、今快適な社会人生活を送れています。本当にありがとうございました」
「旅立つ前で不安がいっぱいだと思いますが、高橋さんの明るい性格と笑顔なら、どこででもきっと通用すると思いますよ。お体にはくれぐれも気をつけて。お元気で! いってらっしゃい!!」
だが台湾赴任後、今度は高橋がパワハラに悩まされることになった。泣いてしまいそうなこともあったが、この手紙を読むと心が落ち着いた。再び立ち上がる勇気が湧いた。
手紙はPDF化して保存していたものの、現物は職場で保管していた。人事部から日本への帰任命令が出た際、高橋は中壢工場の私物を自分で取りに行きたいと掛け合った。台湾ヤクルトに荷物の発送を任せるのが不安だったからだ。台湾ヤクルトは、高橋が内部通報をしたことを知っているし、逆にパワハラ疑惑をでっち上げてきた。信用できない。
だが人事部は、高橋がうつ病になったのは職場に原因があるという理由で、荷物を自ら取りに行くことを認めなかった。
後日、高橋のもとに中壢工場から郵送されてきた荷物の中に、同僚からの手紙はなかった。
(敬称略)
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