【ネタバレ】『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』の感想を吐き出させてほしい
【このnoteは映画ちいかわのネタバレを含みます。当該の漫画は全編Xにて公開されていますがネタバレを踏みたくない方はここで引き返してください!!】
昨日、映画ちいかわを観てきました。わたしのちいかわの知識としてはキャラとそれぞれの特徴、ここ1年くらいの漫画とアニメは見ているものの過去の漫画は見ていないくらいのもので、今回の島編は「うっかりネタバレを踏んでしまい“犯人”だけは知っていたものの漫画そのものは読んでいない」ものでした。
結構から言うと、決して鬱展開ではないはずなのに1日経ってもなおモヤモヤが晴れない映画でした。映画としての完成度はとても高いのですが。
以下、個人的に印象に残ったポイントを記していきます。
また前述の通り漫画の当該部分は読んでいないため、漫画等できっちり描かれていて解釈が違うものがあるかもしれませんがその点はご了承ください。
“殺人は悪であり許されるものではない”が…
映画ちいかわを観た後の感覚って「質のいい2時間サスペンスを観た後」の感覚に近い。これ全年齢向けのアニメ映画なんですが。
人魚1匹が殺された理由、それは“彼ら”(性別などは一切分かりませんがここでは彼らとさせてください)の片割れがセイレーンに≪悪気なく≫重篤な状態にさせられてしまったことによる復讐、そして彼らの片割れを助けたい愛情によるもの。
人魚は所謂ちいかわ族でもなければ島の住民達と同じ生き物でもないので「討伐」であると思えば普段ちいかわ達がしていることと変わりないのだが、果たしてこれは討伐なのだろうか。
答えはNOだと思っている。何故なら彼らは「明確な復讐という感情を持ち、それを晴らすために」人魚に手を出したからである。人ではないが「殺人事件」というのがいちばん近い。そういう意味でもこの映画はサスペンスに近い。
セイレーンは簡単に言えば“バケモノ”である。きっと本当の意味での映画のトゥルーエンドは彼らがセイレーンとこの事件の前に和解をすることだと思うが、それが成立するような世界ならセイレーンは“バケモノ“とはされない。恐らくこの結果はあり得ないifである。
そしてセイレーンはこの件に自分に非があるとは気付いていないものの無自覚に他人を傷付けたり「食べられたから食べてやる」という復讐をして島を荒らす明確な悪である。
とはいえ、彼らがとった“復讐”というのは正しかったのか。一見、そうするしかないとは思うが、
「復讐のために殺人事件を起こして許されるか」
こう問いを変えるとどうだろうか。
映画ちいかわの感想が「何が正しかったのか」というものに溢れている根源は、この問いに対する答えが大人ほど明確に分かっているからである。
ちいかわが出した答え
色々あったものの見事セイレーンを捉えもがき苦しませることに成功したちいかわ達と島民達。
島民達はもがき苦しむセイレーンに最後の制裁、トドメを刺して欲しいとちいかわ達に意思を示す。
しかし、ちいかわ達は決してトドメは刺さなかった。
ちいかわ・ハチワレ・うさぎだけでなくラッコも、
くりまんじゅう、シーサー、古本屋、そしてモモンガすらも決してトドメを刺すことはしなかった。
「もうしない」という言葉(約束)をセイレーンに吐かせ、結果セイレーンを逃している。
感想考察で“彼ら”とちいかわ・ハチワレを対照に描かれているというものをよく見たが、これこそがまさに対照であり明確な違いである。
トドメを刺すのが本当に正しいのか?
そんな問いに対してちいかわが、ちいかわ達が出した答えはNOだった。
ちいかわ達の場合は討伐に該当するはずなので、本来なら別にセイレーンにトドメを刺しても誰も悪いことは言わなかったはずである。ただ、それをしなかった。
復讐も、必要以上の傷も、誰も幸せにならないからだ。
ちいかわが背負わされた業と救い
“彼ら”の片割れが庇ってくれた場面と目を覚ます場面でちいかわは全てが結びついてしまう。
ちいかわにだけに、犯人が分かってしまう。
「セイレーンが島からいなくなり、平和が取り戻されたけこと」でハチワレ達や島民達にとってのトゥルーエンドを迎えた。
しかし、ちいかわは分かっていた。この一件は何も終わっていないことに。犯人が目の前にいるから。
最後のキャンプファイヤーのシーンでちいかわは最後の問いにぶつかる。
簡単に言えば「自首させるべきか」ということだろう。
これもちいかわの出した答えはNOだった。
あの場面でハチワレが来なければ、ちいかわは自首を促したのか。恐らくこれも答えはNOだろう。
ちいかわには、彼らがしたことが悪いことであるのは分かっていても自首(セイレーンに全て自白すること)をしたら今度は彼らが必要以上の復讐をされる対象になることも分かっていただろう。だから、何も言えなかった。
何も言わなかった、誰も幸せにならないからである。
そして、全てを飲み込みモヤモヤを抱えたまま帰ることになる。
ただし、恐らくこのモヤモヤの意味を理解していた存在がもうひとりいる。
うさぎである。
明確には描かれていないものの、キャンプファイヤーのシーンでハチワレがちいかわに声をかけた後、ちいかわに対してフォロー(のようなもの)を入れており、
モヤモヤを抱えて島を出た後もちいかわに真っ先に声をかけにいっている。
明確に真実を理解していないように描かれているハチワレとは違い、明確に描かれていないもののちいかわが抱えているモヤモヤを理解し見守る存在がちいかわにはいたことが唯一この作品における救いかもしれない。
そして、うさぎという少し引いた場所からちいかわとハチワレを導く友達という存在の有無がちいかわ・ハチワレと“彼ら”のある種残酷でもある明確な違いでもあった。
きっとこの作品に、明確な“正しい選択肢”は存在しない。
けれど、正しさを踏み違えて悪に走る場面はこの映画に何度も存在する。
「正しいこと」は存在しなくとも、「してはいけないこと」「しても誰も幸せにならないこと」は存在する。
その選択肢を間違えずに生きていくこと(は時に難しいかもしれない)が人生において大事だということはちいかわが教えてくれたのではないだろうか。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
個人的に突拍子もない発言をするハチワレに本気でドン引くちいかわがツボだったのと、カニちゃんが好きになりました。
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