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十一章 深淵の使徒
【14】ナカマー


 レンは鞄から取り出した物をペタリと額に貼りつけた。

 それはコイン程度の大きさの水晶の欠片に魔力付与を施し、皮膚に貼り付けられるよう加工したものだ。

 特に魔術式を刻んだわけではないし、何らかの魔術が発動する類のものでもない。ただ、魔力を帯びているだけの水晶だ。


「行くぜ!」


 レンとセビルは木の陰に隠れず、どうどうとした足取りで小屋に近づいた。

 小屋の周りをウロウロしていた魔物達が、一斉に二人を取り囲む。

 二足歩行の茶色い犬の魔物──コボルトと呼ばれる種族だ。人狼より小柄ではあるが、ずんぐりとした成人男性ぐらいの体格がある。それが八匹。


「ニンゲン、タベレル?」


「タベレル、オイシイ」


「オイカケル、タノシイ」


 人間食べれる? 食べれる美味しい。追いかける、楽しい……なんだか物騒なことを言っている。

 怖ぇぇ、という本音を飲み込み、レンは額の水晶を指さした。


「よく見てくれよ、オレはあんたらの仲間だって。ほら、水晶の鋲が刺さってるだろ?」


「スイショウビョウ」


「サシテル、ニンゲン、イタ」


 そう、〈百眼の魔女〉アンネリーゼ・レームが裏切った際、額に水晶の鋲を刺していたことは、〈楔の塔〉の魔術師達の証言からも判明している。

 人間であるレームは、本来水晶汚染された〈楔の塔〉で活動できない。それを可能にしていたのが、おそらく水晶の鋲なのだろう、とレン達は推測していた。


(コボルトって確か、人狼より力が弱くて知能が低い……だっけか)


 今、この場は魔力濃度が濃くて、人間は出入りできない。出入りできているのは、魔物側について、水晶の鋲を刺した人間だけ──つまり、今ここにいるレン達は魔物側についた人間である。

 ……という理屈をどうにかコボルト達に理解させたい。

 ここは、あまり小難しい言い回しはしない方が良いだろう。

 レンは人懐こい美少年スマイルを浮かべ、愛想良く言った。


「こんなに魔力濃度が濃いんだぜ。普通の人間だったら、死んじまうよ! 分かる? 人間、魔力、無理!」


「ホントダー」


「ニンゲン、チガウー?」


「水晶刺してる人間、魔物の仲間! 分かるか? な・か・ま!」


「ナカマー」


「ナカマー?」


「ナカマー」


 ナカマー? とコボルトの一匹が右のコボルトに訊ね、そのコボルトがまた右のコボルトに訊ね、そのコボルトがまた右の……と、質問が一周する。

 そのタイミングでセビルが力強く言った。


「いかにも! わたくし達は仲間だ!」


「ナカマー」


 緩い返事に気が抜けそうになるが、油断はできない。

 何故なら、コボルトの執着とは……。


「ナカマー、ナイゾウ、クレル?」


 そう、コボルトは人間の内臓の味を覚え、執着した魔物達なのだ。

 他の食べ物でも生きられるが、殊更、人の臓物に執着する。レンは咄嗟に己の腹を両手で隠し、叫んだ。


「駄目ー! 内臓駄目ー! 死んじゃうから!」


「チョット、カジル?」


「駄目ー! 齧るの駄目ー! 美少年はお触り禁止ー!」


「ビショーネン? オサワリキンシー?」


「ビショーネン、キンシー」


「オサワリキンシー?」


 コボルト達はつぶらな目できょとんとした後で、レンの言葉を繰り返した。

 本性を知らなければ、ちょっと可愛いかもしれない……が、ハフハフという呼吸の合間に舌舐めずりをしているのだ。中には涎を垂らしている者もいる。

 咄嗟にレンは機転を利かせた。


「お前らさ、吸血鬼って分かる? 人間に似てる上位種の!」


 その言葉に、コボルト達の毛がブワッと逆立つ。

 これは賭けだ。レンはその吸血鬼のことを詳しく知らない。

 吸血鬼と遭遇したのはティアだ。以前、メルヴェンの街に向かう途中で遭遇し、人間に間違われて襲われた。

 その際に、くだんの吸血鬼には「眷属」なる人間の味方がいることが判明している。


「オレ達は吸血鬼の眷属だ。オレ達を襲うと、ご主人様が怒る。分かった?」


 コボルト達がジリジリとレン達から離れた。


(よし、成功した!)


 密かに拳を握るレンは知らない。

 今まさに、レン達の師であるヒュッターが、吸血鬼の下僕になるふりをして生き延びたことを。


「わたくし達は、この先にいる者に、食事と着替えを届けに来たのだ。通してもらおう!」


「ほら、人間の世話は人間がすんのが一番だろ? だから、オレ達が世話係に選ばれたんだよ」


 そう言ってレンとセビルは庭師小屋に入る。コボルト達は小屋の中までは追いかけてこない。

 扉をしめたレンは深々と息を吐いた。


「おっかねー……でも、なんとか誤魔化せたな」


「レンよ、礼を言う。良い機転であった」


 なんだよ、そんなに褒められると照れるじゃねぇか。とニヤニヤするレンにセビルは大真面目な顔で言う。


「わたくしは、犬を見ると躾けたくなるのでな。危うく一喝するところだった。お座り、と」


「…………」


 コボルトをやり過ごし、庭師小屋に入り込んだレンとセビルは、持参したランタンに火をつけ、地下に繋がる階段を降りる。

 案の定、地下通路にも虫の魔物がカサカサと歩き回っていたので、レンはランタンを掲げて己の額に貼りつけた水晶を見せつけた。


「水晶ある! オレ達仲間! 世話係がご飯と着替え届けに来た! 分かる?」


 コボルト相手と同様に簡潔な言葉で言うと、虫達は動くのをやめた。ただ、襲いかかってくる雰囲気はない。

 地下にいる虫の魔物は、人間ぐらいの大きさのカマキリだったり、ムカデだったり、あとはよく分からないウニョッとした幼虫だかミミズのようなものだったり、様々だ。ただ共通して言えるのは、水晶の鋲が刺せるぐらい体が大きいことである。


(そっか、水晶を刺さないと、水晶領域から出られないもんな)


 それはレン達にとって、都合が良かった。小さい虫の魔物が致死毒を持っていたら、それこそ対処のしようがない。

 なにより、大きい魔物の方が比較的知性があるのだ。「水晶を額に貼って仲間の振り作戦」は相手に相応の知性がないと通用しない。


(こいつら、言葉が通じてるかは怪しいけど……水晶刺してる人間は仲間、って認識なのかも)


 虫達がおとなしくしている内に、レンとセビルはあえて堂々と地下通路を進んだ。

〈楔の塔〉の魔術師達は、基本的に魔物を見つけたら即戦闘である。魔物の仲間のふりをして潜入なんてことをしない。だからこそ、魔物達にもこの危うい作戦が通用しているのだろう。

 通路の奥には重たげな鉄の扉があった。鍵はかかっていない。

 セビルが前に出て、扉に手をかける。


「開けるぞ」


 レンを背に庇いながら、セビルが少しずつ扉を開ける。その隙間から光が差し込んできた。

 二人は室内に入り込み、扉を閉める。

 部屋を見回したレンは素直に思ったことを口にした。


「なんか……綺麗な部屋、だな」


「うむ、わたくしは率直に牢獄じみたものを想像していた。〈楔の塔〉はかつては牢獄として使われていたであろう?」


 そう、今でこそ〈楔の塔〉は魔術師の塔と呼ばれているが、かつては罪人達を閉じ込めるための監獄塔だったのだ。

 おそらく、古代魔道具〈楔の塔カリクレイア〉を罪人達の子の命で維持していたのだろう。そのうち、維持する側の魔術師達が集うようになり、いつしか魔術師の塔に変化していったというわけだ。

 大人達の話やティアの話から考えるに、フィーネという少女はここで暮らしていたはずだ。

 だが、この部屋に子ども部屋らしい雰囲気はない。贅を尽くした豪華な部屋とも違う。美しいけれど、華美ではない清潔な部屋。だからレンは「綺麗な部屋」と感じたのだ。


(いや、それだけじゃない……なんか、綺麗すぎて落ち着かなっていうか……作り物くさいっていうか……)


 室内はランタンがなくても、燭台の火だけで充分に明るい。

 ふとレンは気がついた。この部屋、暖炉がないのにちっとも寒くない。今は真冬で、ここは地下だというのにだ。

 レンはしゃがんで、床を観察した。埃一つ落ちていない綺麗な部屋だ。


「……ここさ、魔物に占領されて数日経ってるわけじゃん? それにしちゃ、掃除が行き届きすぎてる気がする」


「フィーネという少女が自分で掃除をしたのではないか?」


「燭台。煤の汚れが全然ないのはおかしいだろ」


 レンが燭台を指さすと、セビルは納得したように「ふむ」と呟く。


「良いぞ、頭脳派美少年。気づいたことはどんどん言え」


「おうよ」


 レンは身体能力も魔力も低い。ローズから預かった切り札の魔法薬ももう使ってしまった。それでも、美少年と頭脳という武器があるのだ。

 室内を眺めている内に、レンは気がついた。


(この部屋……魔女様の家に、似てる……気がする)


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