天智天皇への敗戦奉告
6月10日「時の記念日」には、第38代天智天皇を祭神とする近江神宮(大津市)で漏刻祭が斎行され、各メーカー最新製品の時計が神前に奉納される。正史『日本書紀』によると天智天皇10(671)年に設置された漏刻(水時計)をもとに時鐘が打たれ、その日を現暦に直し大正9(1920)年制定されたものである。折しも『日本書紀』編纂(へんさん)1200年という節目の年であった。
近江神宮は天智天皇の近江大津宮跡隣接地に、日米開戦前年の昭和15(1940)年11月の創建。漏刻祭はその翌年から、絶えることなく現在に及んでいる。そして近江神宮は勅祭社、すなわち例祭に勅使が差遣される特別な神社(全16社)であり、昭和天皇が深く関わっている。近江神宮鎮座から5年も経(た)たぬ昭和20年8月に終戦を迎え、12月15日の神道指令により全国の神社と国家との関係が断ち切られた。まさに神道指令の当日、昭和天皇が近江神宮を最後の勅祭社に治定したのである。