あなたの事を考えている
アニメPVと公式の場でカップリングが言及された衝撃で取り急ぎ投稿、新衣装とはなんの関係もない小話
チアイロ仲良し海水浴デートはイベスト実装後に執筆します
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イロハは教室の窓際で、外を眺めていた。脳裏には書類仕事、戦車隊の訓練内容、あとはどうサボろうか思案し、可愛いイブキを思い浮かべて気持ちを和らげる。万魔殿に所属をしていることを示すコートも、帽子も、普通の学校生活の中では邪魔になるだけなので着ていないが、しかし考えることは組織のことであった。
授業中の教室は少し騒然としている。授業内容はプロジェクターで映される映像を見て、レポートを取る。それだけで、担当の教員もいない。実質的に休み時間であり、この後は昼休憩、つまり結構長い時間、自由にできるという訳である。
クラスメイトも皆、気分も上がって、騒がしくなっている。しかし、いつも通りのことだ、わざわざ真面目に授業を受けるような殊勝な心がけの生徒たちでも、多少なりとも気性は荒い。荒れ果てているというわけではないが、かと言って平穏というわけでもない、常識の範疇ではあったが、騒がしい教室の様子から、イロハは隔絶されている。
廊下の方が、なにか騒ついた雰囲気になっているのが聴こえるが、目線は住宅街の奥に佇む、3本の塔のようなビルを捉えている。聞き馴染んだ声がして、やっと目線を教室の扉に移した。
「やっほ!調子どうですか〜?」
高い背を屈ませて、廊下から顔を出したチアキが誰かに訊いた。彼女は別のクラスだが、この時間の授業ははどのクラスも一律で同じ内容を受けるので、教室間での移動も不思議なことではない、ただチアキが来るのは珍しいか、そんなことを一瞬考えた。
チアキもイロハと同じで、万魔殿のコートと帽子を着用していない。細い身体のラインがハッキリと浮き上がっている。
彼女が声を掛けたのはイロハのクラスメイトだが、イロハはあまりその少女のことを知らなかった。少女は元気だと示すようにサムズアップをした。茶色の髪を短く揃えた、目の丸っこい少女で、身長は150もあるのだろうか、かなり小さい体躯をしている。私より小さそうだ。
「やっほ、チアキちゃん、結構いい感じ。チアキちゃんの週刊万魔殿は読んでて元気でるよ」
「うわ〜!ありがとうございます!そういう声聴きたくてやってるところもありますからね!」
相手から飛んできた好評に、チアキは忙しく身体を揺らしながら喜んでいる。自分の制作物が褒められるのは嬉しいのか、口角がしっかりとあがる。今度は横からまた別の少女がチアキに話しかけた。大人しそうな猫背のクラスメイト、前髪を中央から分けており、本を大事そうに抱えている。一目で野暮ったい感じが纏わり付いた。
おずおずとチアキの肩を指で突いて、本を差し出した。
「あの……元宮さん……!この前貸してくれた本返すね……」
「おお!読んでくれたんですね!」
「面白かった……!その……海中を探索するところが凄く綺麗で、とってもワクワクした」
「そうでしょう、そうでしょう!いや〜やっぱりあなたとは合いますね!私もそのシーン大好きなんですよ!」
猫背の少女が返した本に、イロハは心当たりがあった。チアキが自分にも勧めてきた本だ。確か離島に住む医者の主人公が偶然島を訪れた密漁船に乗り込み、航海していく中で船員達と交流をしたり訪れた場所で様々な出来事に遭遇する話だった。私が読んだ本の中でも結構気に入っていてね、笑いながらそう言ったチアキが頭を過る。本が好きそうな相手になら、誰でも勧めるのだろうか。しかし思考はすぐにどうでもいいと判断して流された。
彼女は顔が広く、色んな生徒に親しげに声を掛けた。苗字であったり、名前であったり、チーちゃんとかアキちゃんとか、そんなあだ名であったり、チアキは色々な呼び方をされていた。話しかける人間の属性に偏りはなく、話す内容も多様だ。彼女が誰にでも、分け隔てなく接しているのが分かる、同じクラスのイロハより、余程クラスメイトの事を知っている。
イロハはそのことが、なんだか楽しくなくて、窓の外を眺めてばかりだった、気付けば、大通りの方から黒い煙が昇っている、銃声も響いているのだろうか。教室の方が騒がしくて分からない。
「んじゃ今度カラオケでも誘うね〜」
「はいは〜い!予定空いてたら行きま〜す!……っと、イ〜ロ〜ハ〜ちゃんっ!なに見てるの?」
「別に、何も視てませんよ」
強く、しかし爽やかなペパーミントの香りが、優しく鼻に触れた。背中が急に重くなり、耳元で呼吸が聞こえる。何が楽しいのかも分からずに、チアキはカラカラ笑ってる。イロハの名前を呼んで、身体を擦り付けるように近づける。音がするね、イロハちゃん、誰かグレネードでも使ったのかな、爆発音がする、綺麗な音。
耳をすませても、イロハには後ろから鳴るクラスの騒音しか聴こえなかった。紅い目をどこか遠くを見つめる為に使っている。縦に長い瞳孔が開いているから、きっと遠くを見ている。あの3本の塔を視つめている。
「そんな音鳴ってるんですか、適当言ってません?」
「そんなこと無いよ、イロハちゃんって静かにしてても結構色んな事考えてるでしょ、それはダメ、音を聴きたいならダメだよ、自分のことや、皆んなのことも、何も考えちゃダメ。
友達にさ、棒で高く飛ぶやつしてる子がいるんだけど、その子は走るとき何も考えてないんだって、音だけ聴いてる、音だけしか聴けない、失敗するかとか高く跳べるかとか考えてないんだよ。音しか聴こえなくなると、決まっていい成績なんだって、だから音を聴きたいから何も考えないんだって」
「つまり今のあなたの頭は空っぽだから聴こえるってことですか」
「辛辣〜……まあ、そういう事になるねえ」
チアキは困ったような笑いを浮かべている、すぐにでも離れてくれないかな、イロハはそう願ってから、音を聴こうとした。まず目を閉じた、視界から映る情報で物事を考えないようにした、次に息を止めて、匂いを断つ。
チリチリと鳴る何かが耳を刺激する。遠くで車が走る音がする、チリチリ鳴る音の近くで、チアキが呼吸をしている。暗闇に彼女の輪郭がぼんやりと浮かぶ、チリチリ鳴る音はボリュームを上げる。腕の感触がする。二の腕あたりが肩に置かれて、手のひらはイロハのネクタイをいじっている。暗闇の中で、チアキが微笑する。笑い声が聴こえる、チアキの笑い声が聴こえる。
突如として鼓膜が破れそうなほどの大きな音が、思考を包んだ。イロハは驚いて、目を開いて、呼吸を再開した。チリチリと鳴る音はしない。窓ガラスが音を立てて揺れている。教室の様子は、今の爆音にほんの少しの興味も持っていない。チアキは、後ろから胸に回していた手を上げて、イロハの頬に当てた。どうだった、イロハちゃん?音、ちゃんと聴こえたでしょ。頬を摩る手は上機嫌で、声のトーンが高くなっている。
「驚き、ましたね」
「でしょ〜?」
言葉に詰まりながら返すと、チアキは眩しい笑顔を光らせた。しかしイロハの胸の内には一つ疑問があった、なにも考えていない訳ではなかったのに、なぜ強烈な音が聴こえたのか、そこが釈然としない。
「なんだか納得いってない!って顔してるよ」
「そりゃあ、まあ。今さっき、私は何も考えてない訳でもないのに、音が聴こえましたから」
「ふぅん、もしかしてさ、イロハちゃんさっき私のことだけ考えてたでしょ?」
記者らしいめざとい視線がイロハを突き刺す。そんな視線はあなたには似合わない、なんて考えながらその通りだと心内で肯定する。確かに私は目を閉じ、息を止めて、闇の中で彼女の気配を追っていた。チリチリと鳴る音の正体を探そうと躍起になり、その音の傍らにいる彼女の呼吸、彼女の輪郭、彼女が触れる肌の熱、それらも考えていた。も〜、イロハちゃんは可愛いな〜!イロハは何も答えないでいるのに、チアキはベッタリくっついて来る。
「それよりチアキ、あなた何の用でこっち来たんですか」
「露骨〜」
鬱陶しくて話題を逸らすと、照れ隠しだと言わんばかりの視線がチアキから注がれる。イロハは机の中に入れた本を探すフリをしながら、返事を催促した。
「やかましいです、さっさと答えてください」
突き放すような物言いをしても、彼女は怯むどころか楽しげに、より一層密着し、肩に顎を乗せるようにして、机の中を覗き込んでくる。中には教科書と文房具が余裕を持って詰められているだけで、本などない。
「用というかお誘い?一緒にご飯でもどうかなって」
「それはまた急ですね」
「だってイロハちゃんさあ、時々イブキちゃんと一緒に食べる時以外いっつも1人じゃん」
「まあそうですけど……別に気を使わなくたって」
「そういうのじゃないんだよね〜、むしろ、イロハちゃんを独り占めできる貴重な時間!的な?」
チアキはさらに腕を回し、イロハの視界を塞ぐように自分の顔を覗かせた。逆光の中で笑う彼女の表情は、親愛と支配が混ざり合ったような、形容しがたい明るさを帯びている。イロハは観念したように、存在しない本を探すフリをやめて、背筋を伸ばす。
その時横から知らない声がチアキを呼びかけた。浅黒い肌に金髪、何か危なっかしい雰囲気で、目つきが針のように鋭い少女だ。細いながらにがっしりしたつくりをしていて、喧嘩なら負け知らずと言ったところだろうか。
「よっす、チアキやん、元気しとん?」
「はい!もうお陰様で!あ、そういえばこの前話してたネタ、続きあります?」
浅黒い肌の少女に上機嫌に応じて、チアキは顎を肩から退けた。身体にかかってた重さが抜けて開放感を感じる。始まった記事の話は、やがて部活の話に変わり、趣味の話に変わり、気づけば全く関係ない別の話に変わっていた。チアキは身振り手振りで楽しそうに会話している、浅黒い肌の少女の喋り方は訛りが強く、なんだか聴いてるだけで腹がムカムカする。目の前で繰り広げられている会話の中に、イロハの居場所はなく、彼女にとっては気まずい時間だった。
時計を見ると、そろそろチャイムが鳴る時間だった。先に行っても構わないだろう、そう考えた。イロハは無言のまま、音も立てずに椅子から腰を浮かせた。今出れば売店で混まずにすぐに昼ご飯を購入できる、チアキは後でついて来るだろうから、場所だけトークアプリで送ればいい。そう確信して、一歩踏み出そうとした。
だが、その瞬間。制服の袖が強く引っ張られて、動きが止まった。
視線を落とせば、チアキの細い指先が、イロハの袖をしっかりと、当然のような仕草で掴んでいた。チアキ本人はと言えば、浅黒い肌の少女の方を向いて、熱心に喋り続けている、話し相手の好きな俳優が出てるらしい映画の話をしている。こちらには目線一つも、向けていない。
イロハが関わったこともないクラスメイトと楽しげに笑い合いながら、しかしその指は、彼女がこの場から離れることを少しも許していなかった。逃がさないと、言葉にすらだしていない意志が、指先を通じて伝わってくる。
随分と長い事その指を見つめていた気がする。細く白く長い指を見つめ、一体チアキは目の前の他人と話しながら、何を思って私を引き止めているのだろうか。と、そのことをずっと考えていた。実際は秒針が時計を半分進んだくらいの時間しか経っていない。やがて残り半分を秒針が通って、チャイムは鳴った。その音は、はっきりと、すべての生徒の耳に届いた。会話を弾ませていた浅黒い肌の少女にも、当然。
「お、もう授業終わりか、ほな、今度部活にでも来いや、遊んだるで〜」
「了解で〜す!次の休刊日に訪ねますね〜!」
浅黒い肌の少女が去っていく背中を眺めている、視線を向けてくれない彼女の横顔を、ただ、ぼんやりと見つめる。チアキがイロハの方を見つめ返すと、楽しそうに笑って、袖口を掴んでいた指を離し、イロハの手を一方的に握った。その握り方が指と指を絡める握り方だった事にイロハは驚いたが、握り返すことはなかった。
「それじゃあ行こっか!」
「はぁ……面倒臭い……」
イロハは溜息を吐いて視線を床に向けたが、指を絡めている手か綺麗な横顔のどちらかを見つめていなければならないような気がして顔をあげた。気怠げな少女は親友に手を取られて廊下を歩き、校舎はずれの芝生に座って昼食をとるまでずっと、彼女の皮膚一枚の下を流れる思考を知りたくて、チアキの話しかける声や握る力が強くなる手も気に留めず考え込んでいた。