宇宙からの試料が地球環境で急速変化 極地研等、リュウグウ粒子が数週間で顕著な変質

 大学共同利用機関法人情報・システム研究機構国立極地研究所(極地研、東京都立川市、野木義史所長)によると、小惑星リュウグウから地球に持ち帰られた粒子(リュウグウ粒子)は、地球上で数週間のうちに変質が始まり、数か月のうちに周辺へ広がることが判った。リュウグウ粒子に広く含まれる磁硫鉄鉱(pyrrhotite)という鉱物が最初に酸化し、その反応が周囲の鉱物や有機物の変質を引き起こすこと、及び宇宙から持ち帰った貴重な試料の保存には、低温・低酸素・低湿度を組み合わせた厳密な環境が重要であることを実験データから示した。この研究成果は、「Nature Communications」に掲載された。
 広島大学大学院先進理工系科学研究科の宮原正明准教授を中心とする、京都大学、海洋開発機構高知コア研究所、分子科学研究所、大阪公立大学、極地研の共同研究グループは、探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰った粒子について、大気曝露実験と電子顕微鏡・放射光X線分光分析を行い、地球帰還後、数週間のうちに変質が始まり、数か月のうちに変質が始まり、数か月のうちに周囲の鉱物や有機物へ影響が広がることを明らかにした。


硫化鉄鉱を含む炭素質コンドライト隕石の表面に地球風化によって白色の生成物が生じている様子


透過電子顕微鏡観察及び放射光X線分光分析用の超薄膜加工に用いた集束イオンビーム加工装置


 同研究では、リュウグウ粒子中の磁硫鉄鉱が最初に酸化し、鉄・酸素に富むアモルファス変質層を形成するとともに、その反応が周囲のフィロケイ酸塩や有機物の変質を引き起こすことを示した。さらに、磁硫鉄鉱の初期変質速度を約0・1nm/日と見積もり、室温付近・低湿度条件でも変質が進み得ることを示す定量的な指標を提示した。この成果は、リュウグウやベンヌなどの小惑星試料だけでなく、将来の火星の衛星フォボスや火星からの帰還試料の保存戦略重要な示唆を与えるものと注目されよう。
 さて、小惑星や月、火星などから持ち帰られる資料は、太陽系初期の物質の進化や、水・揮発性成分・有機物の起源を直接調べることができる極めて貴重な物質。とくに、炭素質小惑星リュウグウの試料には、含水鉱物や有機物が含まれており、初期太陽系における水質変成や有機化学進化を知る鍵になると考えられている。
一方で、このような試料は水や酸素が豊富に存在する地球環境に対して非常に敏感であり、帰還後の保管・輸送・分析の過程で変質する可能性がある。しかし、どの鉱物が最初に変質し、その影響が周囲へどのように広がるのか、またその速度がどの程度なのかについては、これまで明らかになっていなかった。
 研究グループは、リュウグウ粒子を載せた試料プレートを用い、温度20~23度C、相対湿度30~40%の条件で大気曝露実験を行った。試料を数週間から数か月にわたり追跡し、走査電子顕微鏡、透過電子顕微鏡、放射光X線吸収分光法を用いて、表面及び内部の変化を詳細に調べた。その結果、次のことが分かった。
 ◎数週間で磁硫鉄鉱の表面変質が始まる:リュウグウ粒子中の磁硫鉄鉱は、地球大気にさらされると表面から酸化し、鉄・酸素に富むアモルファスな変質層を形成した。
 ◎数か月のうちに周囲の鉱物や有機物にも変質が広がる:今回の時間スケールでは。まず磁硫鉄鉱が先に酸化し、それに伴って酸性・酸化的な環境が局所的に生じた。その結果、周囲のフィロケイ酸塩が部分的にアモルファス化し、有機物にもナノスケールのバブルや炭素・酸素に富む沈殿層が形成された。つまり、磁硫鉄鉱の酸化が起点となって、周囲の物質の連鎖的な変質が進んでいた。
 ◎初期変質速度を定量化した:磁硫鉄鉱の変質層の厚さから、初期段階の変質速度を約0・1nm/日と見積もった。これは、地球帰還後の比較的短い時間スケールでも、重要な鉱物学的・化学的情報が失われ得ることを示している。
 ◎現在の標準的な保管条件でも変質し得る:乾燥空気中や窒素雰囲気下、室温付近での保管といった、一般的なキュレーション条件下でも、変質が進行し得ることが示された。これらの結果は、帰還試料の保管において、単に不活性ガスを使うだけでなく、低温・低酸素・低温度を一体として管理する必要があることを示している。特に、室温付近ではナノメートルスケールの変質が日単位で進み得るため、試料の保管や分析はできる限り低温・知酸素・低湿度で行う必要がある。
 今後は、より多くのリュウグウ粒子を対象に同様の解析を進め、鉱物の種類や粒子の細かなつくりの違いによって、変質の進み方がどのように変わるかを明らかにしていく。さらに、この研究で得られた知見を生かし、今後予定されているベンヌ、フォボス、火星などからの帰還試料について、より適切な保管・輸送・分析方法の確立に役立てたい考え。
 また、地球外物質が地球環境の中で変質してしまうことは、隕石研究においても長年の大きな課題だった。例えば、リュウグウ試料と比較される炭素質コンドライト隕石は、南極探査によって回収され、キュレーション施設で保管されている。しかし、これらの隕石にも磁硫鉄鉱が含まれており、その酸化によって変質が進み、岩石表面に白色の風化生成物が生じることがあるという。
 同研究は、施設で保管されている試料であっても、条件によっては変質を完全には防げない可能性があることを示しており、地球外試料が本来持っていた重要な科学情報を守るためには、今後さらに厳密な保管条件を検討していく必要があるとした。
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 ※リュウグウ:JAXAの探査機「はやぶさ2」が探査し、2020年に試料を地球に持ち帰った炭素質小惑星。直径約900mの「がれきの山(ラブルパイル)」型天体と考えられている。
 ※磁硫鉄鉱(pyrrhotite):鉄と硫黄からなる硫化鉱物。水との反応性が高く、地球大気中で酸化しやすい。
 ※アモルファス物質:原子の配列に規則性がない物質。
 ※フィロケイ酸塩:層状の結晶構造を持つケイ酸塩鉱物。小惑星や隕石での水の働きを調べる手掛かりになる。
 ※ベンヌ:NASAの探査機OSIRIS-RExが試料を持ち帰った炭素質小惑星。水を含む鉱物や有機物を含み、初期太陽系の物質進化を調べるうえで重要な天体。
 ※フォボス:火星のまわりを回っている小さな衛星のひとつ。火星には「フォボス」と「ダイモス」という2つの衛星が存在する。
 ※走査電子顕微鏡(SEM):試料表面に電子線を当てて、表面の形や凹凸、組成の違いを観察する装置。試料の表面構造を比較的広い範囲で調べるのに適している。
 ※透過電子顕微鏡(TEM):ごく薄くした試料に電子線を通して、内部の微細構造や結晶の状態を観察する装置。SEMよりも高い分解能で、ナノメートルスケールの内部構造を調べることができる。
 ※放射光X線吸収分光法:元素の酸化状態や化学結合状態を調べることができる手法。
 ※キュレーション:試料を汚染や変質から守りながら保管・管理し、研究者に提供するための作業全般。